「やるじゃんお前」
「…それは、どうも」

 銃撃が激しく飛び交う戦場、こちらは10名あちらは30名を優に超えている。つまるところ1人3人殺ればいいってことだろ?部下からの報告にあっさりと言い放ちナイフを弄るベルの横で「…3人か」と嫌そうに呟いていたあの彼女は何処に行ってしまったのか。
 蜜柑の足元で倒れている、きっかり3人。いずれもナイフで首を掻ききったその死体を見ながらベルは楽しげに笑った。


 確かにベルはあまり自分以外の事には無頓着であった。
 何も考えていないという訳ではなく心の底から他人の事など興味はない。あるとすれば自分が楽にできるような駒であったり、見ていて飽きないような人間であったりと目をつけられた本人からすれば勘弁してくれと言いたくもなるようであったがつまるところそういう人物を見つけることにはこの王子様は非常に長けている。


「なあ蜜柑」
「はい、何でしょうかベルフェゴール隊長」
「お前ちょっと実力見せてくんね?」
「実力、…ですか」

 スクアーロに連れてこられた女は、レヴィがスカウトしたという女は至って普通の女だった。後ろを歩く蜜柑は振り向いたベルの笑みの意図に気付くことなく小首を傾げる。確か一般人の女だったか。それにしては度胸があるということなのか、ナイフを首に突きつけられてもスクアーロが目の前で剣を振るったとしても動じなかったそれだけは認めてやってもいい。
 だが嵐隊に配属となればそれだけでは不要だった。ベルが求めているのはあくまでも自分が怠惰に過ごすために必要な駒。自分の自由度をあげるものでなければ要らない。というよりはやはり一般人がこんなところに来るのは他人に興味がないと豪語するベルにとってもやはり気に食わないところでもあるし、こんな人間と自分が同じところに所属しているというだけで苛立つところもある。


「今から俺、任務なんだよね」
「?はい」
「お前も行こうぜ。取り敢えずそっから」
「…分かりました」

 そこで死ぬようならばそこまでの女だったということだ。このあまり表情が代わり映えのない女であればナイフを振りかざして追いかけ回したところで自分の求めるような悲鳴や恐怖の顔を浮かべることはないのだろう。それならば自分が手がけることも面倒くさい。
 ならばヴァリアーを志願したのであればさっさと栄えある1度目の任務で散らした方がいいに違いない。無駄な人間に割いている時間も労力も煩わしい。自分が殺したとあらば色々と問題になるだろうが任務であれば仕方ないと言い切ることができる。
 とまあこんな事を考えられているなんて思ってもみない蜜柑を任務地に強引へと連れていくことにしたのだ。


 そうして今に至る。
 正直彼女には最初から何も期待はしていなかった。まあ自分の邪魔をしなければ取り敢えず使ってやろうかという精々その程度ぐらいで。
 怯えることは相変わらずなかったがどちらかと言うと慎重派。混乱に陥ることもなければ臆病風に吹かれ逃げ惑うこともなかったしベルの言う通りに動くことは出来た。
 体力はまあ無いにしろそんなに全力疾走するような任務なんてそもそもない。それにどういう場面であれ落ち着いて自分の言った通りの場所に爆薬やワイヤーを括り付けてくるような簡単な事はきっちりと守ってやってきた。

 他の幹部の連中はどういう考えなのかは知らなかったがこの嵐隊のある意味特殊なところは、この嵐隊で生き残るために必要とされるのはどれだけ人を殺す事ができるか、ということではなく統括者であるベルを如何に立てることができるかということ、邪魔だてしないかということにあった。


「…お前、流石に素手でワイヤーは触らねえようにしろよ」
「今度はあの、手袋とか用意しておきます」
「しししっそーしてくれっと良い…な!」

 ベルの指1つの動きでハッと気付いたのか何処を確認することもなくしゃがみ込むと蜜柑の背後を狙って突撃してきた男の肢体がワイヤーによって分断される。びちゃりと飛び散る血。蜜柑の白いワイシャツが真っ赤に染まるがそれでも彼女の表情が変わることは一切なかった。
 嵐隊で、と前置きするならばある種合格点と言ったところか。

 どうにも使えなさそうだと思ったがこの女は観察力には優れているらしい。どれもが蜜柑の独断というわけではなく自分の連れてきた他の嵐隊の人間の行動を見よう見まねで動いているようだった。ちらりと動く視線、これはこうすればいいのか。ベルがこうすればこう動けば良いのか。そういうことを一切説明を受けることなく動くそのスキルは大したものだろう。それは認めざるを得ない。…これは、思っていたよりもなかなか。

 しししっとベルが笑った時は流石にどうしていいのかわからないらしい。若干困ったようにしてベルの後ろへと戻る蜜柑の腕を掴み、己の真下で半分死にかけた獲物を見るように促す。


「…捕虜、ですか?」
「ちげーよ、お前にプレゼント」

 ナイフを一振り彼女に手渡せばこれからどうすればいいかなんて言わずとも分かるだろう。他の嵐隊がこの光景を見ていれば珍しいベルの態度に腰を抜かす人間も現れるに違いなかった。あの怠惰の王子が、己の快楽を最優先させるベルフェゴールが入ったばかりの新人へ獲物を譲ったという事実に。
 しかしベルはただ死にかけの敵を譲っただけではない。これはベルなりの挨拶であり、新人を歓迎する儀式でもあった。
 
 ここがヴァリアーの日常の始まりのラインである。
 ここが蜜柑の今まで過ごしてきた日常の終わりのラインである。

 それが分からぬ女ではないだろう。その白すぎる手が初めてナイフを受け取った時に蜜柑の表情が揺れ動く。果たして知識としてこれをどうするかということぐらいは分かっているだろうがちゃんと使えるか否か。
 …出来ないだろうなと静かにベルは誰に言うこともなく心の中で賭けた。まあそれが当然の反応だ。とはいっても取り敢えずは合格ライン。これから嵐隊で使うことになるとそうXANXUSに報告しておくか。


「サクッと殺っちまった方がこいつの為にもなんだぜ」
「この場合、やはり首…ですか?」
「お前の力じゃ難しいかもしんねーけど、心臓よりは首だな。血飛沫だけ気ィつけろよ」

 それは別に彼女の身を案じた訳ではなかった。ベルの中では既にもう今日一日の予定が頭の中で練られている。
 明日にも楽しい任務があるのだから今日はそんな悠長にしていられやしない。それにこの任務前にスクアーロにも言われたのだから一応面倒臭いが命令には従わなければならないのだ。


「これが終わったらそのままボスんとこ行くんだから、さ」

 グシャリと聞こえたのはベルが言葉を発し終える前だったか。
 そもそもこの女、こんな場であっても緊張感の欠片もなかった訳であるしベルや嵐隊が何人殺そうが首を刎ねようが何も驚くこともなければ怖がった様子もない。そこからしてどうにも普通一般枠ではない外れ者であるということは分かっていた。
 しかし、この人を殺すという行為は己の中にある倫理観、理性、これまで彼女が築いてきたありとあらゆる感情や常識と戦うことになる。子供である時からその道であるベルは知らないが、恐らくそれは大人になってからヴァリアーに入った方が苦しむことになるということはかつて自分の下についていた人間を見ていればよく分かる。

 さてしかしこれはどうだ。

 響き渡る異音にん?と視線を向ければ何ともまあ、面白くもなく躊躇うことなく突き刺さっているナイフ。遠慮なくぶちかませといったのは確かに自分だが何も深々と埋め込んでしまえとは言っていない。血脂で斬りにくくなったらどうしてくれる。ベルがそんな文句を言う前にさらにズブズブと埋め込み、それからゆっくりと引き抜いていく。噴水とまではいかないがそれとなく吹き出す血を頭から被ることのないよう避けながら彼女は死体のシャツで血を拭った。
 「これで」蜜柑は初めて自分から口を開く。


「これで、ボスに紹介していただけますか?」
「…しししっ、良いぜ。あと2人な」
「了解です。このまま、お借りしますね」

 嵐隊の人間が異常性に気付いたのはその時だった。彼女は今まで日本の一般企業に務めるただの女だったはずで、今までこんな場面にも出会ったこともないはずだった。人を殺すことなんて絶対になかっただろうし、ナイフの握り方もワイヤーの持ち方も、人の殺し方もてんで素人。
 しかし、それでいて人を殺すことに何の躊躇もなかったそれは。彼女の中での常識と戦っていた時間もそうなかった。ここで怖いと躊躇えば間違いなくベルによって殺されていたので一番賢い選択であることには違いなかったのだが、一体これは何なのだ。

 この女は一体、何者なのだ。

 ベルはそんなどよめきを聞きながら2人目の獲物を探しナイフを握る蜜柑を見て笑わずにはいられない。何て面白い人間をレヴィは呼んできた。何と楽しい人間を連れてきたのだ。これはただの女じゃない。

 XANXUSに会えるというそれだけで全てをあっさり捨ててしまえる女など、ただの人間ではない。この真価、恐らく自分では全てを引き出すことはできないだろう。この異常は間違いなくXANXUSの前にて初めて発揮する。
 2人目、3人目。ベルの命じた通り手こずりながらギコギコとノコギリの要領で3人目の首を斬り絶命を確認し「終わりました」と蜜柑が報告した時にはベルの中で1つ楽しみが増えていたのである。
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