それは突然の出来事だったのだ。
 元々ヴァリアーはスカウト制である。ベルのように自分の元いた場所をぶち壊してまで志願する者は稀であったが、基本的にはこのヴァリアーに所属しても問題ない程度の実力者を呼び込んでくるというのが通例であった。


「…何、あの変態が呼んだってことは強いワケ?」
「一般人だ」
「ハァ?」

 その中でもやはり好き嫌いというものは存在する。
 例えばルッスーリアが呼んだ人間とならば体格の良い肉弾戦を得意とする男ばかりであるし、スクアーロが連れてくるのは剣士ばかりだ。といったところで結局は属性ごとの幹部が統括するもので、それは誰であっても例外ではない。嵐部隊にルッスーリアのお気に入りが入ったことでむさ苦しくなり苛立った結果ハリセンボンの刑にし、彼の野太い悲鳴がヴァリアー邸内に轟いたのはまだ記憶に新しい。
 そしてベルに至っては基本的におもちゃになりそうな人間を連れてきては数日内に殺してしまうということもあり、彼の選択はほとんどイコール死ぬと思っても間違いではない。

 ならばというべきか、当然というべきか、結局汎用性のある優秀な人間を選んでくるのはレヴィだった。
 あれは色々と性格に難はあるが雷撃隊の穴埋めに使えそうな人間を連れてくることもあれば、優秀な人材を見つけることに関しては長けている。忘れ去られようとした事であったが、決して頭は悪くはない。裏切ることもない人間を探し出し、勧誘する。その単調かつ地味な作業は全てボスであるXANXUSのために行われているのであり、その為ならあの人間は寝食を削ることなど何ら苦ではないのだ。

 そんな男が選んだ新しい人間が一般人などという事実にベルは思わず頭大丈夫かと呟かずにはいられなかったし、それに対しスクアーロも全くだ、と返さずにはいられない。
スクアーロだって先程教えられたその内容に一度聞いてみたがあの男は平常と変わらぬ様子で「問題ない」と言い放った。
 そして連れてこられた人物は現在、そのスクアーロとベルの会話を聞いているのか聞いていないのか黙って壁によりかかりぼんやりとしている有様である。


「…こいつ語学できんの」
「ええ、一応できます」

 小さく呟いたベルの独り言を拾い、件の人物はようやく彼らの話が終わったのかと顔をあげた。
 何故ここに居るかと聞かれればこの人間もまた、嵐部隊だったからだ。だからこそスクアーロは若干どころか随分と心配で仕方がない。

 新人は日本人の女だったのだ。
 レヴィが任務で日本へと単体で行ったような記憶もデータも残ってはおらずこの女とどうやって知り合ったのかは闇に包まれているが間違いなく使えるのだと豪語するだけで何の実績もまったく見当たることはない。
 しかも元はどこぞの一般企業の会社員だったらしく、戦闘経験は全くと言っていいほどにない。ならば事務員として使えるかと言われれば精々パソコンを少し触ることができる程度であり、特に必要としているものでもない。

 非常に扱いに困っているというのが正直なところだった。

 独断でのスカウト制も考えものである。
 だとしてもこのヴァリアーに1度連れてきてしまった以上、この屋敷から出るには死して喋らぬ身体となるしかもう方法はないのだ。今ここで殺すのも女の為にならないこともない。それをこの女は本当に知ってやって来たかどうかですら定かではなく、レヴィも何を血迷ったのかと思っても仕方のないことだろう。
 ふうんとベルは僅かに興味を抱いたようで女の方を見る。背はまだベルの方が高かったがこの女は日本人にしては高い方だろう。ヒールさえ履いてしまえば彼女の方が高くになるに違いない。


「オマエ名前は」
「蜜柑、と申します」
「そっか、蜜柑な。オレはレヴィみたいに甘くねーから取り敢えず死なねーよう気をつけな」

 背後にとか、さ。

 不味いと思ったのはその瞬間だった。
 最早直感と言っても差し支えはない。ベルの行動などある程度読める程度に彼らの歴は長い。サッと振り上げられる手が見えたのと同時にスクアーロは蜜柑の前へと立ち、慌てて剣を振りかざしナイフを全て弾いていく。


 ――…キィンッ!

 部屋に響く金属質の音。
 ベルの統括する嵐部隊の執務室は何故壁やデスクにナイフやワイヤーの激しい痕が残っているのかその原因を改めて知るのだが冷や汗をかいているスクアーロとは違いベルは楽しげに「ザンネン」と笑っただけであった。


「う゛お゛ぉい!お前今ついでにオレも刺そうとしただろうがぁ!」
「しししっ当たった方が悪くね?」

 別に蜜柑をどうのこうのと思ったから庇った訳ではない。
 スカウトされた者は取り敢えず管轄することとなる幹部と共にボスであるXANXUSの部屋へ行き、最初に挨拶をすることとなっている。今からまさにそのXANXUSの所へ行くというところなのにその前に死んでしまっては色々と面倒なわけだ。主に死体処理的な意味で、だったが。

 ちらりと後ろを振り返ると蜜柑は彼らのやり取りを本当に見ていたのかと思ってしまうほどに先程と態度がまったく変わっていなかった。あと数秒、スクアーロが遅ければ。気が変わったスクアーロが彼女を庇い立てすることがなければ間違いなくそのナイフは彼女の身にダーツの的の如く刺さっていたということなど誰の目でも明らかであるというのに。
 ある意味肝が据わっていると言って良いのだろう。それに至るまでには一応覚悟はあってのこと、というべきなのか。


『蜜柑はボスの為なら死ぬ覚悟はある』
『…それがどうしたぁ』
『土台があればそれなりに動くだろう』

 先程までのレヴィのやり取りはこれのことか。ここで死んでしまえば何の意味も成さぬのだが、まあそれぐらいの覚悟があるならば最悪爆弾一つ持たせて相手ファミリーのところに走らせるぐらいには使えるか。
 若干の違和感を覚えたことは確かであったがそれ以上特に言うこともなければベルに伝えることもない。どうせこの女、今スクアーロが考えたような死に方か、或いはベルのオモチャにされ数日以内に死ぬのだろうから。


「じゃー行くか蜜柑」
「はい、お願いします」

 ありがとうございました、とここまで連れてきたスクアーロに対し礼儀正しく頭を下げた蜜柑の表情は未だ変わらない。身体の震えもなければいつベルが振り向きナイフを投げてくるかという恐怖に警戒している様子もさらさらない。
 どうせすぐ死ぬに違いないと分かりながら、それならば抱いてしまうのも一手だったなと思ったのも仕方のないことだろう。彼女の胸は、肢体はなかなかに柔らかそうだったので。


 しかしスクアーロのその思惑はその一週間後、彼女が存命であるということ、そしてベルが直接的にXANXUSへと掛け合い彼女をXANXUS直属の秘書としたことであっさりと裏切られることとなるのである。
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