頼る

「架月」
「…却下」
「俺の言いたいことが分かったか」

 こんな現状で分からぬ者が居てたまるものか。
 己が破妖刀をすらりと抜き放ち三日月の前に出る。敵は2体、どちらもガッシリとした体躯で今まで架月が屠ってきた者達とは明らかに違っていた。きっと自分の元相方の破妖剣士であったならばここで「馳走だぞ月蒼夜」と自分の事を楽しげに呼んだことだろうが今はその相手すらいない。それどころか今はほぼその己の本体である刀を抜くこともなく生きてきた刀剣が控えている。自分の実力を驕ることもないが恐らくは架月一人であれば何とかできるだろう。

 ”月蒼夜”それが自分の本当の名前。自分の手元にある剣の名だ。
 何年も破妖刀として人間に使われてきたからこそ己の技量を、実力を、剣の性能と限界を知っている。今ならばガンダル・アルスで一番破妖刀を扱う人間として君臨することが出来るだろう。
 だからこそ分かるこの戦闘の結果。恐らく一撃は受けることとなるが死ぬこともなく屠ることが可能となるだろう。だが、その傷の結果次第では折れることになるかもしれないしそうとなるなら残された三日月に万が一があれば助けることも出来やしない。


「私は残念ながら獲物から逃げるつもりもない。逃すつもりもないよ」
「やれやれ、お転婆すぎると嫁の貰い手も居なくなるぞ」
「その時になったら考える」

 相手は当然のことながら意思の疎通も図れぬ時間遡行軍、架月達の会話など待ってくれるはずもなく無言で飛びかかってくる。三日月は架月を逃がそうとしていたし、また架月も彼を逃がすつもりであった。がこうなれば早く片付けてしまうしかない。

 ――…貰い手、か。
 その単語は随分と昔に聞いたことがある。もちろん自分に対してではなく月蒼夜の持ち主である自分に相方の破妖剣士に対し、浮城の連中が言ったものであるが。彼らとて不思議な力は持っていたものの人間である。ならば伴侶たる人間を持ってもおかしくはなかったというのにあの破妖剣士は豪華に笑って答えたのだ。「要らない」と。
 あの破妖剣士は架月の事を決して雑に扱うこともなかったし依頼で他の街に行ったとしても力なき街人の言葉を無碍にすることはなかった。しかし長い間彼と組んでいた架月は彼に声をかけたこともなかったが知っていた。

 あの男は恨みの力で生き、果たすことなくその最中で死ぬことを。

 もちろん架月が話しかけたとしても彼に聞こえることはなかっただろう。
 破妖刀が使い手を選ぶ。架月があの男を選んだのはそんな彼の怨恨の気持ちに気付いたからだ。それが心地よいと思えたからだった。架月はこの世界にやってくるまではただの刀。しかし己を作り出した鍛冶屋がずっと訴えていたのだ。

 恨めと。
 すべてを破壊せよと。
 
 そんな気持ちを込め、生命を投げ出し作り出された存在。それが月蒼夜、自分である。その声に従いやってきたがこの世界ではもう彼もいない。鍛冶屋の恨んだ敵ではない。では今、ここで剣を振るう意味はと問われればそれに見合う答えはない。
 だが今は。


「頼りにしているぞ、架月」
「!」

 そう言われてしまえば、負けるわけにはいかないではないか。そうだ自分は三日月の”ぼでぃーかーど”なのだ。自分は今、月蒼夜ではなく名を呉れた男が後ろにいるではないか。生きるか死ぬか分からぬというのにいつもと同じ調子で己に生命を預けた三日月宗近が居るではないか。
 自分の内に宿る怨恨を果たすためにあるわけではない。契約を交わした相手が背後にいるというのにそれを破るということは浮城随一の悪食たる月蒼夜の名が廃る。


 ――…キィン!

 響き渡る金属質の音。しかし次の瞬間には咆哮をあげることもなく消え去る相手。あれらに心臓はなかったがそれでも姿が消えた数秒は己の剣身はその名の通り夜色に染まる。
 続いてもう一体。振り向けば何も構えず自分達の戦闘を見ている三日月に対し剣を振り上げているところだったがそれも慌てることなく無防備な背に突き刺した。肉体を斬っているはずなのにまるでするすると紙のように斬れていくのはこの世界であっても自分の破妖刀たる力が若干通ずるということだろう。ぶわりと黒い靄と共に消えていくそれらは一体何処からやって来て何処へと消えるのか。


「架月」
「な、」

 手を引かれ何事かと思うと気が付けば架月の身体は三日月の腕の内にあった。一体何が起きたのか。一体、何があったというのか。
 2体を屠りまだゼエゼエと息をしていたというところで抗うこともなかったが突然のことに何の反応も出来ることはない。しかし、


「…みか、づき、おまえ」

 手にぬるりとした感覚。
 架月を抱きしめたその三日月の肩越しに見えた、先程よりは随分と小さな、しかし禍々しいオーラを纏ったそれは紛れもなく時間遡行軍。架月であれば恐らく軽傷で済んだというのにこれまで刀を振るうこともなく鍛えられたわけでもない彼にとっては致命傷であるというのに。
 此方へと寄りかかる重心、共にぐらつきながらもそのまま三日月の腰に提げられた刀を抜きそれを大きく振るうと小さな敵は簡単に沈んでいく。他に敵が居ないことを確認すると三日月の大きな身体を引きずり近くの木の下へと運ぶ。

 三日月は重傷であった。
 とどまることを知らず広がっていく血溜まり。はっはっと笑う声すらひゅ、ひゅという息と共に吐き出されていく。このままでは不味いということは分かっている。しかしどうすればいい。自分は生命を奪うことには慣れていてもその逆は知らない。その逆の方法を全く知らないというのに。ただ布を傷に押し当てる架月に三日月はいつものように目を細めた。
 

「流石、架月のようには上手くいかん、な」

 が、お前が無事でよかったという小さな声に何故庇ったとすら文句も言うことすら出来ず、架月を見ていた穏やかな瞳が閉じられていく。架月の頬に触れていた手がぱたりと力なく地に落ちる。

 声なき悲鳴が誰も居ぬ厚樫山に轟いた。
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