別れる

 不思議な娘だった、とただそれだけならば自分だって放っておいたのだ。
 確かに自分は刀剣男士として何の因果か審神者が不在のまま顕現し、この厚樫山へと降り立った。何となく自分のすべきことは分かっていた。本来であればこの厚樫山に自分のことを求めた、他の審神者が編成した部隊の人間に声をかけて自分もその群に加わり己のすべきことを為すのが当然だったのだろう。
 それをしなかった理由は、もしかして彼女と出会う為だったのではないかと思えるようになったのはいつの日だったか。

 彼女の持っていた剣は自分の持っている知識では判断はできなかったが随分と異様なものであった。外国のものであると言われれば確かに納得もできたがそれ以上に、自分よりもよほど彼女は剣の化身であると思わずにはいられない。
 あの涼やかな瞳、いつまで経っても警戒を怠ることのない様子、そして時間遡行軍に対するあの目つきと楽しげに敵を屠るあの姿。違う世界からやって来ていたとは本人も言っていたがそれに対してどうこうする手立てはもう残されていないと彼女自身がキッパリと言い切った所為で何も考えてはいなかったが恐らく彼女はずっと戦場に身を置いていたのだと思っている。
 だからこそこんな世界に単身、半ば捨てられるような形でやってきていたとしても全くと言っていいほど慌てていなかったのだ。

 そして、彼女が自分たちと同じなのであれば架月にもやはり前の所有者というものがあったはずで。ならば三日月が彼女を拾った際、何かを呟いたあれは彼女の持ち主の名前だったに違いない。自分達と同じく結構な時間を経た後なのであればきっと死に別れているのだろうが。


「三日月、アレは何だ」
「三日月、コレは食べられるのか」

 まるで親鳥に懐く雛のようだ。そう考えていたのだ。
 最初はあまりに無表情で少し扱いに戸惑ったようだったが元々が刀剣なのであればそのやり方すら知らなかったということ。歩き方も、疲れた時にはどうすればいいかも、眠り方も、…あまつさえ湯浴みも知らぬ彼女と共に泉に飛び込んだことも。一人であれば決してせぬことを、この山の中でそれなりにやってきたつもりだった。

 今では彼女は一人で歩くこともできるし、疲れればそれを三日月に伝え座り込むことも、足がしびれた時にはどうすればいいのかも、寒い時は三日月で暖を取ることも覚えた。戦闘方面に関しては彼女は教わることもなく果敢にもとびかかっていった。それが自分と彼女の差。
 彼女は戦うための剣であった。
 敵を屠ることで誰かを、彼女の所有者を守る剣であった。それに比べると相変わらず三日月は己の心の在り方に忠実にあり、彼女が剣を持ち屠る姿をひたすら見続けた。見届けていた。本来ならば己も剣を抜き、彼女の背を守るべきであったのかもしれない。しかし、三日月もまた戦いにおいては何も知らず、そして今はまだその時ではないと己の中で誰かがそういっていた。自分はあくまでもそれに忠実であった。


「――ここは、」

 ふ、と目を開く。深い水底から押し出されたような感覚で目蓋を瞬かせるとそこに見えるのはいつもの木々ではなく木目の天井。見知らぬ場所であるのはすぐに理解したが何しろ最後の記憶は彼女を守った後、時間遡行軍に刺されたところであったものでこの視界はおかしいということは分かる。ここは、どこだ。死んだ刀剣男士が連れていかれるところなのか。
 ゆっくりと身体を起こすとそこにかけられていたのは薄手の布団。身を縮めこみ眠ってきた自分では考えられない身体の休め方に目を丸くしつつ辺りを見渡すと自分の居る場所にもう一人誰かが居ることに気付く。


「ようやく起きましたか」
「ああ、小狐丸か」

 不思議なことに初めて見たというのに話しかけてきた輩の名前が分かるのはずいぶんと便利なことである。現段階で審神者たちに力を貸そうと顕現している刀剣男士がどれほどまでにいるのかは分からないが、同じ刀派の男士であれば恐らくこうやって名乗らずとも理解できることだろう。
 部屋の端、黙って座り続けていたのは小狐丸であった。もちろんあの厚樫山に居た男士ではないことは知っているし、そもそもここが自然のものとは到底思えぬ。ならば、…連れてこられたのだろう。


「…傷の手当はお前か?」
「いいえ、この本丸のぬしさまです」
「そうか」

 刀剣男士というものは厄介なことに身体は人型を得ているというにも関わらず負った怪我は人間の手、審神者の手でなければ治ることはなかった。その辺りは未だ本体が刀であるということを示しているのだろうが、確かに負ったであろう傷は何一つ残ってはいない。服すら不思議なことに全て元通りで、山の中歩き回った所為で随分と擦り切れ汚れていたものすら元のままだ。

 これが、審神者の力。そして自分はこの目の前にいる小狐丸の主である審神者に拾われたのであろう。
 極々熱心に三日月の事を追い求めていたのだろう、恐らくはあの厚樫山には何度か審神者によって派遣された刀剣男士が何部隊もやって来ていたが彼もまたそれに含まれていたに違いない。


「ぬしさまが、話があるので部屋へと来るようにと」
「そうか。なら行こう」

 取り敢えずは手当の礼を伝えなければならない。そして、…ここに呼ばれたとあればもう三日月の居場所は厚樫山ではなくこの本丸である。それぐらいの覚悟はあったし当然だと受け入れよう。寧ろよく今までああも厚樫山で自由にしておいて死なずに済んだものだと安堵すべきであるし、他の部隊からも見つからずのらりくらりと躱してきたものだ。
 ちらりと周りの気配を探ってみたがやはり彼女はこの本丸には来ていないようだった。さて、ここはどういうところだろうか。どういった、場所であろう。それら全てを知る為に審神者と話す必要がある。

 「小狐丸や」三日月の眠っていた部屋は所謂手入れ部屋であった。まだ弱き者、己の強さに合わない強さの敵と相対した時に連れ込まれ手当てを施される場所なのであろう。新参者の三日月はしばらくこの部屋と付き合いも深くなりそうだったのだが。
 その部屋を出る直前、三日月は後ろを歩む小狐丸に対して声をかける。彼が自分と同じくどこからか連れてこられた者なのか、はたまた審神者によって直接顕現された者なのか分からなかったがそれでも後ろから刺すような事はないだろう。また、自分も逃げるだろうとは思われてもいないに違いない。
 残念ながら声は返ってこなかったのだが三日月はそれでも気にした様子などなく後ろへと声をかける。


「俺の傍にもう一振、居なかったか」
「…ええ、居ましたよ。三日月殿を連れていくよう私へと託し、己はまたあの山奥へと帰っていきました」

 変わった娘ですね、と淡々と聞こえていたが一瞬その声音が震えたことを三日月は聞き逃さなかった。しかし今はそれに対し何かを言っている場合ではない。
 「そうか」と一言告げ、それ以降黙するとやがて眼前に迫った審神者の居る部屋の扉をゆっくりと開く。
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