願う

「怪我はないか」
「…まあ」
「架月は強いのだな」
「それなりに、生きてきたから」

 あの異形の化け物を時間遡行軍というらしいことは倒してから後に知った。身体の動かし方というものをようやく覚え始めたというのに今度は知識としてこの世界の事を学ばなければならないのだということに架月は頭を抱えずにはいられない。

 さて、色々と三日月によって教わったことをそろそろまとめ始めなければ元々は破妖刀である自分の頭が爆発するような気がしてきている。
 三日月というこの男もまた、刀剣であるらしい。馬鹿なとも言いたくなったが紛れもなく自分だってそうなのだ、この世界にやって来たらそれが当然なのだろうか。
 ともかく彼らは元々遥か昔に存在してあった刀であり、本来は彼らが人の姿を取ることは当然ない。しかしそれを人型として顕現させる術を持っているのが”審神者”と呼ばれる人間で、本来その審神者なる者についていき時間遡行軍を倒さなければらならないのだという。


「…むずかしい」
「はっはっは、そうだろう。俺もよく分からん」
「私も戦うのかな」

 三日月がそうであるのであれば、同じ国で生まれた訳でもなければ時代も、そもそもガンダル・アルスという世界すら知らぬという自分であってもそういう役割が存在しているのだろうか。
 当然といえば当然のその疑問は三日月にも答えることは出来なかった。自分が剣であることをこぼせば「やはりか」と言っただけでそれ以上深く言及することがなかったのはありがたかったことなのだが。

 ならば自分はどうすればいいのだと。

 闇主にこちらから連絡をすることは出来ないだろう。架月にそのような力はない。だからといってあちらの、元の世界に戻ったところで架月の本体はすでに折れている。本来あるべき破妖刀は闇主によって恐らく既に棄却されている可能性の方が高いので戻ったと同時に魂がガンダル・アルスの地に霧散することだろう。
 この訳の分からない世界で生きるか、自分や相棒の死した世界へ戻り従来の死を迎えるか。選択したところでどうせ架月に何か変えられるような力は持っていないことは明白でありどうしたものだかと思わずにはいられない。

 もしも今まで通り、ただの刀剣としてこちらにやって来たのであればこの身が雨風に曝され錆びるまで自分の生命はあっただろう。もちろん誰かに使われることがなければ動けることもないしその寿命はさらに短くなる。
 しかし人型を得た今なら少し歩けば足が痛くなるし、夜になれば身体の動きは鈍くなる。動き続けると腹が鳴る。何とも厄介な身体ではないか。その代わり自分の意志を持って自分の本体を、破妖刀を使い他者を屠ることができる。残念ながらこの身になった際、少し彼らの弱点である生命の詰まった場所がどこであるか嗅ぎ取る力は薄れてしまっているような気もするのだが…これはこの世界の異形と自分の世界の異形の在り方が違うのかもしれないので割愛するとして。


「どう在るつもりかは分からんが自由にすればいい」
「自由…一番こまる」
「そうか」

 持ち運ばれ、魔性の生命を屠ることだけを目的に作られた自分に意志を持てと言う方が酷だろう。三日月はその点理解しているのだろうがそれはこの世界に顕現したときに知識として色々得たからであって架月にはそれがない。他人からの知識だけではこの辺りが限度であった。


「ならば俺ともう少し一緒にいるか」
「…三日月はそれでいいの?」
「時折俺を呼ぶ声が聞こえる気がするが別に急ぎはせん」
「……そう」

 三日月を連れて既に数度、単体で歩みまわる時間遡行軍を倒していた。その都度屠るのは自分であり三日月は後ろで見ているのだが何とも呑気というべきか、本当に剣なのかと問いたくなるほど随分とのんびりとしていることに最近は架月が先陣をきって歩むことが多くなっている。

 何故彼らが現れるのか、どこへいくのか、どんな目的を持っているのかまでは知らなかったが彼らのいる場所には時間差で時間遡行軍ではない5、6人の男達が隊を成してこの山を散策することを架月は理解していた。
 どうにもその彼らを統制しているのが審神者であるらしい。ならば彼らに連れ帰ってもらった方が良いのではないかと思うのだが、そうするとゆっくり出来ないだろう?と三日月は笑う。彼らはどうにも三日月を一生懸命探しているようだったのだが当の本人がこうでは暫く会うことは敵わないのだろうと同情せざるを得ない。


「俺のぼでぃーがーどで雇ってやろう、架月。お前は俺と在るか」
「護衛は得意」
「はっはっは、それは心強い」

 惜しいことに時間遡行軍は魔性とは違い、殺せばすぐにその身体は消え去ってしまっている。ごちそうが消え去られるのも何とも悲しいものだと思う大食漢は三日月のその言葉に当然とばかりに頷き、彼もその返答を満足気に聞き遂げ、架月に手を伸ばす。
 大きな手であった。そして何の意図か分からなかったが取り敢えず同じように手を伸ばせば架月の小さな手などすっぽりと包み込む温かい手。

 手の感覚は好きだ。自分を握り続けた相棒の手でないことだけは少し残念だけど三日月のこの手は、嫌いではない。


「私も三日月と一緒に、在りたい」
「よろしくたのむ」
「こちらこそ」

 それは一種の契約。本来あった世界を忘れた訳ではない。傷が癒える訳でもなければ何かが変わる訳ではない。しかしそれであっても三日月と共に居る理由があればそれで良いではないか。それに彼の手は、心は、どうにも温かい。
 ぎゅうと込められたその手の強さに気付いたか否か。おやとばかりに三日月は一瞬身体の動きを止めたがそのまま目を細め、彼もまたその手の力を強めたのであった。
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