諦める

「三日月」
「何だ」
「あれは何だ」
「俺にも分からん。が、見つかっては不味いとだけ覚えておくが良い」
「……分かった」

 三日月と共にこの山―厚樫山と言うらしい―を彷徨い幾日が経過していた。
 慣れぬ足を、手を動かし歩いては筋肉痛。これが人型になった証なのだろうと思ってはいるもののどうにも慣れることはない。

 人間とはこれほどまでに面倒なものだったのか。

 架月は元々破妖刀であった。
 この世界にやって来るまでは1人の破妖剣士の相棒として、彼の振るう破妖刀として名を馳せていた。だから名前が無いというのは嘘にもなる。彼女の、剣としての、武器としてのものであるがそれは恐らく三日月宗近――…彼も同じ条件であるならば名乗るべき名前は確かに一つ、有していた。

 月蒼夜。
 それが架月の元々居たガンダル・アルスの世界で彼女につけられた名前である。
 元々は無名の鍛冶屋が寝食を忘れ自分達の街を襲った妖主を倒せるようにと生命を削り没頭した最期の剣で、だからこそ破妖刀としての力が宿ったのだとされていた。
 柄の部分が蒼く、剣は銀色をしていたが魔性から心臓を、そこに詰まっていた命を屠る度に夜色に染まり仲間内では目立つ色合いとして魔性の王たる妖主の生命を屠ったとされる伝説の破妖刀・紅蓮姫とは別の意味で有名となっていた。他の破妖刀は持ち手を選ぶ。それが通例とされているにも関わらず月蒼夜という破妖刀に限り誰も選ばなかったのである。
 お陰で魔性を倒すことの出来る人間ばかり集まる浮城において彼女は大人気だった。誰でもいい上に、暴走などすることはなく確実に魔性の生命を屠るとして。

 しかしながら人間からの評価とは比例し、護り手や同じ破妖刀からは最低と罵られていた。
 恩知らずだのプライドが無いだの、言葉悪い連中に言わせればビッチとまで言われ続けたが彼女は何一つ気にすることはなかった。作られた経緯が経緯であるからだろうか、月蒼夜という破妖刀は常に飢えていた。
 ただひたすら喰らいたかった。ただひたすら、あの魔性共が憎たらしかった。この手で殺せるのであれば自分を扱う者は何でも誰でも良かった。
 最後に自分と組んだ人間は、そういう意味では一番架月の想いと同調してくれていた。彼もまた、自分の住んでいた街を魔性の戯れに潰されてしまったのだ。自分を握るその手に憎しみが感じられ、架月もまた安堵していた。それは一種の共依存にも近かったのだがそれでも初めて幸せだと思えたのだ。それがいつまでも続くことがないというのはもちろん、知っていたのだけれど。

 そんなあの時の空腹が、今どうしてだか湧いて出ていた。だから三日月に問うたというのに彼はアレに近寄るなと言う。


「三日月は」
「何だ」
「…いや、なんでもない」

 …アレを、美味しそうとは思わないか。
 そう聞いたところで恐らく是とは返ってこないだろう。それどころか自分の事を異端だと距離を置かれてしまうかもしれない。
 人型になってまだ間もなかったが、人間と組んできた期間はなかなかに長い。人の感情を理解することは剣にとっての自分には安易ではなかったがそのお陰で一つ回避出来たらしい。

 「腹が減ったか」また、これもいつもの調子。何故だか自分の事を子どものように見ているのか何かと甘やかしてくれているのは知っていたのでうん、と大人しく頷くと朗らかに三日月は笑った。


「…悪い輩?」
「さあな。ただ、此方に攻撃してくる可能性は大いにある」
「私達では倒せない?」
「彼奴らが1匹であれば…どうだろうなあ」

 ゆらりと1匹、実際目の前にあらわれてしまってからの会話としてはのんびりとしすぎだっただろう。ははは、と優雅に笑われてしまったが恐らく彼に戦闘経験は然程ない。

 ――…致し方ない。

 取り敢えず今回は喰うつもりもないが、喰われるつもりだって毛頭ない。三日月の前に身を乗り出し剣をゆっくりと引き抜いた。現れる鈍色、これをまさか自分で使う日が来るとは。ふ、と小さく息を吐き己の本体を確実に掴むと低く構え疾走した。

 響き渡る金属質の音、相手の身体の倒れる音、それから夜色に変色する剣身。
 「ほう」と背後で三日月の感心した声を聞きながら、世界が違えど自分には戦うしかないのだとぼんやり思っていた。
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