人生に堂々巡りの犠牲は付き物だ




「すいません聞こえませんでした」
「良いよ良いよ、何度でも言うし」
「しつこい人間は嫌われますよ」

 ピリリ、ピリリとしたこの現状に果たして何人が耐えられるだろうか。
 残念ながらこういったことに慣れていると思っていた、または過信していた獄寺隼人ですら胃の痛む思いを感じていた。表情にすら出すことは無かったが先程から考えていることはたった2つ。どうか早く時間が過ぎてくれ。そしてどうか早く出ていってくれ。別段何もそこまで難しいことではない。だというのに時間ばかりが経過していくだけで現状が変わることもない。獄寺の胃痛の原因である男は相変わらず読めぬ笑みを浮かべ沢田を見遣っていた。

 彼らは敵同士ではない。それは確かではあったのだが、しかしこの状況においてそのような事を言われたところで信じる者も居なかろう。こんな状況下であっても絶えることもない両者の笑みの応酬、だがその表情とは裏腹に少しでも気を抜こうものならば相手の空気に飲まれてしまいそうな威圧感。……明らかに獄寺はこの場の空気に飲み込まれていた。このただならぬ雰囲気を平気で受け止められる者と言えば今はこの場に居ない山本ぐらいだろうか。あいつが居れば少しはマシだっただろうかとは思うが残念ながら彼は今遠方の任務に出かけており叶うことはない。
 ちらりと助けを求めるかのように隣を見れば自分が10年付き従ってきた沢田綱吉がにこにこと笑みを浮かべ続け呼び出した男に気さくに声をかけている。それに対しかけられた方の男はその口に確かに笑みを乗せているものの酷薄としていて見る者を不安にさせる何かを持ち合わせていた。


「えー骸に嫌われるのはオレ嫌だなあ」
「痴れ言を」

 こちらを睨むのは赤色の右目、青色の左目。所謂オッドアイのあまり見られぬ色合いの双眸に、すっと通った鼻筋。髪は長く靡かせてあり、その背格好から明らかに男であると分かっていてもどことなく中性的な容姿の所為でそれすら曖昧であった。
 名を六道骸という。
 かつては自分達の敵であった男がいつの間にやらこのボンゴレの霧の守護者として選ばれ、それ以来かれこれ10年程になるだろうか。自分が沢田と出会った時とほぼ変わらない時期であったように記憶はしているがそれであっても自分達とは違いこの距離は、この冷えた関係は一切揺らぐことはなかった。つまり、…いつまで経っても平行線な訳なのである。今、目の前で繰り広げられている通り。

 ここまで変わらないのは最早奇跡とでも言おうか。もちろんその原因は沢田の方にある訳ではないことを獄寺は知っていた。どう歩み寄ったって寄せ付けぬのは骸の方なのだ。
 しかし一応沢田の話に対し耳を傾けるようになった辺りは多少丸くなったというのか何というべきか。それでも10年だ。10年という長い月日でようやくこれだけの成果。これだけの歩み寄り。

 前述の通り昔は敵としてやってきた彼と対峙したこともあるし、共闘したこともある。彼の実力は折り紙つきであることを誰もが知っている。
 だが如何せん信頼たる人物かと言われれば素直に頷くことは出来ず、何度か霧の守護者には六道骸ではなく違う人間をと進言したこともある。何ならかつてその代役を務めたクローム髑髏の方でも構わないから彼を外すようにと言ったことだってある。
 しかしその度に、沢田は否定するのだ。彼女は絶対にそれでは引き受けることはないからと。その上で「じゃあ代わりになれそうな人はいる?」と聞かれれば術士なんてものはロクな人間が居ないことを知っている獄寺も沈黙せずにはいられなかったのである。そしてその結果彼に代わる者が現れることなく今に至る。そういう訳であった。


「簡単な依頼じゃないか」
「君が直々に頼むものほど厄介なものはない」

 沢田綱吉といえばボンゴレファミリーの10代目。まだ年も若く歴代のドン・ボンゴレより引き継いだ数多の同盟ファミリーを束ね、且つ以降のボンゴレの動きを初代であるジョットの時代のような自警団へと戻そうという試みに対し四苦八苦しているという現状で、自分達にはまだまだ大きな壁がある。大きな問題が山積みとなっている。
 そんな中、骸を呼び出したのは獄寺としても驚くことだったのだ。彼が一番、扱いにくい人間であると分かっているので。

 どれだけのやり取りが行われたのか獄寺も分かってはいなかった。時間にすればまだ10分も経過していないと言ったところだったのだが、何しろこの部屋の空気と言えば最悪である。


「大丈夫だって。元々骸がやらかした事の後始末だし」

 とうとう、と言うべきなのか。一歩、切り込んだのは沢田の方だった。
 その一言を聞いた瞬間先程まで比較的穏やかであった骸から明らかな殺意が漏れ出るがそれもまた沢田の狙い通りだろう。敢えて彼の神経に触るような言葉を選ぶということにより。反射的に懐からダイナマイトを取り出し沢田の前へと飛び出たがそれ以上彼は、また沢田も動くことはない。

 普段であればそんな事に引っかかる骸ではなかったが今回ばかりは彼も自覚はあったように見える。言葉は紡がれることもなく随分と長い時間、沢田を、沢田の手にあるモノを見ていた。元凶はまさにそれだった。それさえ受け取ればこの部屋から出られるというのに。骸さえ是と頷けばこの空気はなくなるというのに。
 キリキリ、ギリギリ、ギリリリリ。
 段々と胃が締められているような感覚になっていくのが自分でもよく分かっていた。早く受け取れ。早く出ていけ。何度そう願ったことか。何度そう心の中で命じたことか。
 やがて折れたのは骸の方であった。ふぅ、とわざとらしい大きな溜息をつき額に手をつく。


「これは僕の失態ではないですが仕方ありませんね」
「ごめんね骸!じゃあこれが終われば暫く休みは確保しておくからさ」
「良いでしょう。それで、これを一体何処に?」

 ああ、やっと終わった。これでやっと解放される。
 沢田から例のものを受け取り部屋から出ていく骸の背中を見届け、獄寺もまた大きく息をついた。


「ごめんね獄寺くん」
「いえ。…ところで先程言っていた新人の件ですが」
「ああ、うんそうだったね。配属先はもう決まっていて、」

 骸がやって来る前の話題へと戻すと沢田もまたいつもの笑みを浮かべデスクの上に広げられていた書類の話題へと戻っていく。
 恐らくこれでしばらく骸は顔を出すことはないだろう。互いにとってそれが一番いいことなのかもしれない。そう思いながら獄寺はさっさと先程までの胃痛を忘れ去ることにし、直近の問題について思考を巡らせていく。

  
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