こすぱに!

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 ひどく長い夜が明けた。
 まずオレが起きてまず呟いたのは終わったんだなっていう何とも捻りのない感想。でもそれ以外に何か別の言葉で表現できるかって言われたらそれは難しかった。あまりにも、ひどい事件だった。今までの生活からすると考えられないほどたくさんの関係ない人が傷ついた、血が流れた忘れられない日になるだろう。
 皆ボロボロの状態で、オレだけが細かい傷はあったものの結局致命傷といえるものは情けなくも筋肉痛。いやでもこれほんとにめちゃくちゃ痛いんだって。大して運動してきたことのないオレがあれほどに体を酷使した結果なんだし、むしろこれであいつを倒せたんだから贅沢なんて言ってられないんだけどさ。


「なあ、リボーン」
「なんだ」

 他の人達はそのまま並盛中央病院に運ばれたわけだけどオレはさっき言った通り筋肉痛。そんなので入院させてくれるはずもなく、一人だけ後に家に送られた。って言っても結局は身体のあちこちが痛くて動けなかったしランボがそれを笑ってオレの耳元でうるさいし。あーオレも病院で静かに過ごしたかったな。
 あそこにはヒバリさんもいるだろうからあの時の二の舞になるかどうかと比べれば非常に悩むところではあったけど。


 …これで、終わったんだよな。

 未だズキズキと痛む身体、手を伸ばし天井に向かって手をかざしながら近くで横になっているリボーンに声をかけた。
 この家庭教師が来てからオレの人生は、日常はめちゃくちゃだった。よくよく考えればそもそもオレがボンゴレの10代目だの何だのっていうのがなければ骸たちだって来ることはなかった。それについては今更言えることでもないし、言ったところで何か変わるわけでもないし…これがなければ山本や獄寺くんと仲良くしてる日常だってあり得ないわけだし文句は言うつもりない。でも終わったことだし良いか、とぶん投げるぐらいまでにオレは大人になったつもりも、ない。まだモヤモヤとしたものを抱えながらオレはきっとこれからも進んでいくのだろう。いつかこれが晴れる日がくるのかは、わからないけど。
 でもそれよりも今は気になるところがある。今回の件で解決していない事がある。まだ、納得できていない事がある。


「…本当に、オレ達以外誰も居なかったんだよな?」
「ボンゴレの奴らが皆で手分けして探したが特に手がかりはなかったみてーだぞ」

 何度も聞いた話題にしつこいと珍しくリボーンが切り捨てることなく答えを返してくれるのもまた、こいつも可笑しいと思ったところはあったに違いなかった。

 あそこにはやっぱりオレ達の他には誰も見つかることはなかったらしい。オレも黒曜ヘルシーランドの建物の外に出て確認した。だからこそ不可解なところを目にしたんだ。
 あの血塗れの山本の服は。
 その手前、本来ランチアさんが眠っていたところにバラバラと落ちてあった針は。
 …何かに引きずられたような、あの跡は。
 
 調べてもらったところ、山本の服にべったりと付いていた血は山本のものじゃなかった。じゃあ誰かって一番考えられたのは近くにいたはずのランチアさんだったけどランチアさんもそんなに血に塗れるほどの怪我じゃなかった。…毒針だったけど。


「薬、早くランチアさんに……」

「……」

 ならば、と考えて浮かぶのはたった一人。
 あの時の光景を、オレは誰にも言えずにいた。小言弾を受けて、ゆうちゃんが走っていたのを見たことを。針を握りしめて、ランチアさんの元へと走っていたことを。あれは、あれこそがゆうちゃんがいた証拠だった。オレはそう信じている。

 でも何故かと聞かれればそれに見合う答えはなかった。リボーンもオレが気絶した後、一緒に眠ってしまったらしく、それはボンゴレの医療班の人から聞いたらしい。引きずられたような跡、誰かの血の跡は2つ。恐らくランチアさんが連れていかれたのだとリボーンは言っていたけど残り1つは誰のものか判断できなかった。もしかすると近くで倒れていたはずのバーズだったのかもしれないしМ・Мだったのかもしれない。
 とにかく2人、あの場から強制的に連れていかれた痕跡。
 それは森の中でプッツリと途絶えていたらしく、まるでそこで消えたような、…そこから移動したかのように以降の調査が出来なかったと聞いた。


「誰か当てがあるのか」
「…そうじゃないけどさ」

 嘘をついているわけじゃない。だってこれはオレの想像でしかないし、間違えている可能性もあればオレの気の所為だったっていう事もありえる。
 じゃあアレはどうだった?じゃあコレはどうなった?色々な疑問が浮かんでは答えも見つからずに消えてなくなる。ランチアさんの言っていた藤咲さんも、オレの見間違いじゃなかったらゆうちゃんも、どちらも助けてあげなきゃと思ったのに探しても見当たらなかった。
 それどころかランチアさんはボンゴレの医療班に解毒されたあと復讐者に連れていかれたみたいだし、それならゆうちゃんは何も出来ずに終わっているはずだった。あの針が柿本の遣っていた毒針だったなら、ランチアさんは今頃生きてはいないはずだから。

 だけどもしも、連れていかれたのが、…あの血の持ち主がゆうちゃんだったならと思うとオレはゾッとする。でも復讐者はリボーンが言っていた通りならマフィア界の掟の番人。法で裁けない人ばかりを裁くのならあの子を連れていくはずがない。押切ゆうちゃんは一般人で、平穏な生活を送っていた、ただのクラスメイトのはず。

 だからこそ見間違いであってほしいと願わずにはいられなかった。
 だからこそオレの勘違いであってほしいと思わずにはいられなかった。

 だってオレはあの子を傷つけてばかりだったから。
 例えゆうちゃんが他の世界に来たっていう嘘を何らかの理由でついたとしても、オレ達はだからといって人数で責めたてる権利はなかった。
 弱い者いじめは最低だと今までのダメツナが一番よく分かっているはずだったていうのに。人に決めつけられて、指をさされて、…仲の良いと思っていた人に冷たく言われたら。オレは今のところその経験はまだないけど、骸によって憑依された獄寺くんたちの事を考えるとあの時のゆうちゃんの気持ちも分かる、つもりだった。
 誰かが味方をしてあげなきゃならないのにオレは何も知らずに、気付かずに泣きそうになりながら去っていったゆうちゃんの背中を見届けただけ。それは、…いちばん、卑怯なことなんだ。

 もしも今回、アレが見間違いじゃなかったとしたら。骸に操られていたりしたのならばあの子はずっと、被害者だったということになる。あの日学校に来なかったのもオレ達によって巻き込まれたとするならばどう償えばいいんだ。


「オレさ、ゆうちゃんに謝ろうと思う」
「……それがお前の判断ならオレは止めねえ」
「うん」

 難しいことなんて考えず、謝ろう。許してもらえるか、分からないけど。
 傷付けておいてオレたちの勘違いでした、これからも仲良くしてほしい、…なんて、そんな都合の良いこと許してもらえるか分からないけど、何も言わずにこのままだなんてオレは嫌だった。
 勝手だねと笑われたとしても、オレは謝りたいし、できれば仲の良かった獄寺くんとも笑いあってほしかった。今までずっと仲良くしてきたっていうわけじゃない。だけど間違いなくオレや獄寺くん、山本にとってもクラスメイトだったんだから。

 …ゆうちゃんは、無事だろうか。
 あの日登校していなかったのが今更になって気になる。だから皆の怪我が治って学校にやってくるまでに、一番軽傷で終えたオレがゆうちゃんと話さなきゃ。


「ランボさんもねーゆうに会うんだもんねー」
「…そうだな」
 
 ランボといつ会ったのか知らないけど、オレ達が忘れてしまっていたゆうちゃんのことを覚えていたのならしばらく会っていなかったってことになる。…先生に怒られないように連れていってやるか。

 きっと明日からまたいつもの日常が待っている。
 早く皆の怪我も治って、…できれば仲直りもして、オレは今までの平穏な日常に戻りたい。リボーンにそこまで告げるとあいつはもうとっくに眠っていたらしい。何だよ、やっぱり大人っぽいことを言ってたり異常に強かったりするけどまだまだ赤ん坊だな。
 思わず笑いながら、だけどその振動ですら今はまだ全身筋肉痛の身には痛い。
 明日は早起きだ。珍しいと母さんには言われるだろうけど、明日は早く学校に行こう。そう願ってオレは強く目を瞑る。

 だけどそれから先。
 1日、2日と経っていくごとにオレの内にあの時と同じ、…押切ゆうという人間を忘れていた時に感じていた胸の痛みが日々、強まっていくことになる。

 ――ゆうちゃんは以降、登校することがなかったんだ。

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