身体中の空気を奪うような圧迫感のあるそれは首とぴったり合わさっていて思わず手を首枷にやったものの外れる様子はない。
私も出来ることなら横で運ばれ続けるランチアさんのようにお尻で引きずられたかったけど動くこともできない自分に何か出来るわけもなければ復讐者に頼めるほどの度量もなく、うつ伏せになったまま勢い良く引っ張られていく。…いや、本当はそんな運搬方法について言っている場合じゃない。
これ、もしかしなくとも私も復讐者の牢獄につれていかれる流れじゃないか。
物語の進行に何ら関係ないとは言え、これはまずい。無実を訴えたところできっと彼らは私がランチアさんのことを”六道骸”と呼ばなかったことをしっかりと聞いている。ならば先程彼らが言っていたように私が協力者であると思ったとしても仕方のないこと、なのかもしれないけど。
「ぃっ、」
慌てふためいている間にも彼らの足は止まることはない。時折木の幹でドシンと身体が跳ね、私の喉からは悲鳴にも似た声が漏れた。
首に全体重を預けることになったけれどこの痛みの感覚がないということはこういう時に関しては便利なのかもしれない。呼吸は相変わらずギリギリの状態。とめどなく流れる血が引きずられるその道にだらだらと垂れているのを見ながら私はそんなことをぼんやりと思っていた。
意外と早いスピードで移動し、そして見えなくなっていく、木に身体を預け意識を失ったままの山本。彼は連れていかれることはないらしい。そりゃそうだ、眠っているだけだもの。
あの場を見た人間にとっては針が散乱しているし誰かの血が付着しているわけだしなかなかグロテスクな映像になっているだろうけど手を出されることがなくて本当に良かった。
…ということは、だ。
速度が変わることなく私は口に砂が入らないことだけをどうにか避けるべく若干顔を浮かし、復讐者に運ばれながらゆっくりと考える。
ならば、ほとんど全部、黒曜編の通りに話が進んでいるということだ。あとはこの予想外の登場人物である私がどうなるか、ということぐらいか。
ぐにゃり。
その異変が起きたのは随分と長い間移動させられた頃だった。
捕まってからすぐに復讐者の牢獄へと移動させられるかと思いきや森の奥へ奥へとずるずる引きずられている。どういう風にして移動するのかと思っていたけど皆で帰るために合流待ち、だったのかもしれない。
ようやく立ち止まった彼らに私は何が言えるだろう。助けてほしいなんて命乞いか。はたまた今更彼らとは無関係です、なんていう言い逃れか。何も考えは纏まっていなかったけどチャンスはもうこの時以外に有り得ない。もしも牢獄に入れられたならば最後、私はきっと出られることはないだろうから。
「…何だ?」
幸い私はこのリボーンという話を知っている。家庭教師ヒットマンREBORN!という漫画に描かれていた最終巻までの出来事を知っている。ここまでの話はまだ彼らにとっての序盤の序盤、まさに日常編を終えた矢先の、数日で終える一つの事件でしかないことも知っている。
だけど私の記憶は100%正確かと聞かれればそれはそれで自信はない。
既に前回、この世界に来てからというもの漫画を手にするのが怖くて随分と読んでいない。せいぜい把握出来ているのも大体の流れぐらいだ。1コマ1コマ細かいことだったりだとかこのシーンで何を話すかとかそういう細かいことは覚えていないし、また原作の裏側の物語がどうであったかということは当然読者である私には知る機会すらない。
それでも彼らのことはこの黒曜編よりもずっとずっと後に出てくることを覚えているし、彼らがどういう人物であるかということを知っていた。その包帯の下がどんな顔であるかということも、どういう力を持っているかということも。その統括者が誰であるかということも。
それが何か取引材料になるとは到底思えなかったけど、でもこの現状をどうにかするためにも何か言わなければ始まることすらない。このまま骸たちと同じところに入れられたのであれば物語に何もなくても私がまずい。
私は骸たちと違って逃げられるほどの何かを持っているわけじゃない。特例で出してもらえるほどの価値があるわけでもない。ならば牢獄に入れられる前に、どうにかしなければ。
「――…あ、ガッ、」
「こいつ、」
そう思って何とか彼らに話しかけようと息も絶え絶えな状態のまま口を開いたというのに私に突然襲い掛かる尋常じゃない違和感。ひゅ、ひゅと漏れ出る声は最早私、いや人間とは思えないようなもの。
ぶわっと冷や汗が流れ、ガタガタと震え始めた私に対し復讐者も何か異変に気がついたらしい。私の行動を抑制すべくグッとさらに鎖を引っ張られた所為で首枷に圧迫され、だけど始まってしまったそれを止める術は、誰にも持っていなかった。
さっきと同じ…いや、それなんかとは比べ物にならない寒気。身体が更に重くなってきているのに私を身体から引き剥がすかのように、上へと引っ張られているような気もする。じわりじわりと私の意志ではない、まるで第三者からによる干渉。
そんな何かが抜け出していくような感覚に、愕然とした。これは、今度こそ間違いない。私はこの正体を知っていた。
「一体、何だこいつは!」
復讐者の戸惑いに、疑問に答えることも出来ず私はまさか彼らにこの自身の異変を見られるとは思ってもみないまま呼吸をすることだけに専念する。
…また、なのか。
始まりは身体の内側からの痙攣、止まらない手足の震え。ただでさえ冷え切っていた私の身体の内側を何かが蝕んでいく。
理由は分からない。どうしてそう感じたか分からない。だけどこれがタイムリミットの合図だ。前回と全く同じだからこそ、恐怖として叩き込まれていたからこそそれを漠然と理解する。
物分りが、諦めが良すぎる?ううん、そうじゃない。そういうわけじゃ、ない。
こんな状態になれば何もしなくても元の世界に戻るのだろうということが分かったのはやっぱり2度目だから。足掻こうとしとも何を棄てようともしがみついても、強制的に戻らされるその先は本来の私の世界。分かっている。その後、元の世界に戻った私が後悔することも、悲しみに暮れることも。…これが、初めてじゃないから。
異端者は、異邦者は元の世界に戻る。分かっていたけれど、実際こう目の当たりにすると…何だか、なあ。
「約束して」
「ゆうの帰る場所はここだから」
「……き、」
――――…恭弥、
彼の名前すら発することもできず、残された体力も時間もあと僅かであることを知る。
目を瞑れば簡単に思い浮かぶ彼の顔。さっきまでの彼との会話、彼の温もり。私、これまで誰との約束も破ったこともないというのに、この世界ではそれを逆に守れた試しがないや。…また君との約束を守れそうにない。
それどころか今回こそ何もしてなかった、な。前回待っていてと言われたあの体育館裏に足を運んだだけ。一緒に、学生生活を今度こそ過ごせるかなと思っていたけど。…忘れられていなければ、前回君に伝えてもらった言葉の、返事を言えるかなと思っていたけど私の考えは甘かったらしい。
何も言えないまま終わる。
何もできないままに、私は終わる。
メールで伝える時間もない。私はこのまま帰る。…前と同様、私を忘れてくれれば、――…特に彼には忘れてもらわないと咬み殺されるだけじゃ済まないね。
きっと3度目、またこの世界に来れるなんて思ってもいない。悔いのないように、いたかった、のに…なあ。
再度開いた視界はややブレ始めていた。ああ、またこれか。これが、これから始まるのか。喉から迫り上がる気持ち悪さに何か吐き出すと目の前にはおびただしい赤黒い血溜まり。あーあ、私こういうシーン苦手なんだけど、な。
ぼんやりと映す視界はリボーンの世界と私の居た世界、見えているのは”でざいなーずるーむ”のすぐ外、廊下。
どうやら今回はそこで倒れていたらしい。ということは骸に会うあの直前、”でざいなーずるーむ”に入る前に戻るのか。物語を変えてしまうぐらいならば早くこの世界から離別した方が良いのだろう。どうやったら元々居た世界の方に比重が傾くのかはわからなかったけれど私は復讐者がこれ以上何も干渉してくる様子が見えないことを意識しながらその時が来るのを覚悟して待つ。
「……」
もうこれ以上誰かのお荷物にも負担になるのも、ごめんだった。
だけどこのまま何も出来ず復讐者の牢獄に突っ込まれるよりは、マシなのかもしれない。
帰りたくないけどそうなるぐらいならば早く帰ろう。身勝手だと怒られても、仕方ない、…ね。
私も出来ることなら横で運ばれ続けるランチアさんのようにお尻で引きずられたかったけど動くこともできない自分に何か出来るわけもなければ復讐者に頼めるほどの度量もなく、うつ伏せになったまま勢い良く引っ張られていく。…いや、本当はそんな運搬方法について言っている場合じゃない。
これ、もしかしなくとも私も復讐者の牢獄につれていかれる流れじゃないか。
物語の進行に何ら関係ないとは言え、これはまずい。無実を訴えたところできっと彼らは私がランチアさんのことを”六道骸”と呼ばなかったことをしっかりと聞いている。ならば先程彼らが言っていたように私が協力者であると思ったとしても仕方のないこと、なのかもしれないけど。
「ぃっ、」
慌てふためいている間にも彼らの足は止まることはない。時折木の幹でドシンと身体が跳ね、私の喉からは悲鳴にも似た声が漏れた。
首に全体重を預けることになったけれどこの痛みの感覚がないということはこういう時に関しては便利なのかもしれない。呼吸は相変わらずギリギリの状態。とめどなく流れる血が引きずられるその道にだらだらと垂れているのを見ながら私はそんなことをぼんやりと思っていた。
意外と早いスピードで移動し、そして見えなくなっていく、木に身体を預け意識を失ったままの山本。彼は連れていかれることはないらしい。そりゃそうだ、眠っているだけだもの。
あの場を見た人間にとっては針が散乱しているし誰かの血が付着しているわけだしなかなかグロテスクな映像になっているだろうけど手を出されることがなくて本当に良かった。
…ということは、だ。
速度が変わることなく私は口に砂が入らないことだけをどうにか避けるべく若干顔を浮かし、復讐者に運ばれながらゆっくりと考える。
ならば、ほとんど全部、黒曜編の通りに話が進んでいるということだ。あとはこの予想外の登場人物である私がどうなるか、ということぐらいか。
ぐにゃり。
その異変が起きたのは随分と長い間移動させられた頃だった。
捕まってからすぐに復讐者の牢獄へと移動させられるかと思いきや森の奥へ奥へとずるずる引きずられている。どういう風にして移動するのかと思っていたけど皆で帰るために合流待ち、だったのかもしれない。
ようやく立ち止まった彼らに私は何が言えるだろう。助けてほしいなんて命乞いか。はたまた今更彼らとは無関係です、なんていう言い逃れか。何も考えは纏まっていなかったけどチャンスはもうこの時以外に有り得ない。もしも牢獄に入れられたならば最後、私はきっと出られることはないだろうから。
「…何だ?」
幸い私はこのリボーンという話を知っている。家庭教師ヒットマンREBORN!という漫画に描かれていた最終巻までの出来事を知っている。ここまでの話はまだ彼らにとっての序盤の序盤、まさに日常編を終えた矢先の、数日で終える一つの事件でしかないことも知っている。
だけど私の記憶は100%正確かと聞かれればそれはそれで自信はない。
既に前回、この世界に来てからというもの漫画を手にするのが怖くて随分と読んでいない。せいぜい把握出来ているのも大体の流れぐらいだ。1コマ1コマ細かいことだったりだとかこのシーンで何を話すかとかそういう細かいことは覚えていないし、また原作の裏側の物語がどうであったかということは当然読者である私には知る機会すらない。
それでも彼らのことはこの黒曜編よりもずっとずっと後に出てくることを覚えているし、彼らがどういう人物であるかということを知っていた。その包帯の下がどんな顔であるかということも、どういう力を持っているかということも。その統括者が誰であるかということも。
それが何か取引材料になるとは到底思えなかったけど、でもこの現状をどうにかするためにも何か言わなければ始まることすらない。このまま骸たちと同じところに入れられたのであれば物語に何もなくても私がまずい。
私は骸たちと違って逃げられるほどの何かを持っているわけじゃない。特例で出してもらえるほどの価値があるわけでもない。ならば牢獄に入れられる前に、どうにかしなければ。
「――…あ、ガッ、」
「こいつ、」
そう思って何とか彼らに話しかけようと息も絶え絶えな状態のまま口を開いたというのに私に突然襲い掛かる尋常じゃない違和感。ひゅ、ひゅと漏れ出る声は最早私、いや人間とは思えないようなもの。
ぶわっと冷や汗が流れ、ガタガタと震え始めた私に対し復讐者も何か異変に気がついたらしい。私の行動を抑制すべくグッとさらに鎖を引っ張られた所為で首枷に圧迫され、だけど始まってしまったそれを止める術は、誰にも持っていなかった。
さっきと同じ…いや、それなんかとは比べ物にならない寒気。身体が更に重くなってきているのに私を身体から引き剥がすかのように、上へと引っ張られているような気もする。じわりじわりと私の意志ではない、まるで第三者からによる干渉。
そんな何かが抜け出していくような感覚に、愕然とした。これは、今度こそ間違いない。私はこの正体を知っていた。
「一体、何だこいつは!」
復讐者の戸惑いに、疑問に答えることも出来ず私はまさか彼らにこの自身の異変を見られるとは思ってもみないまま呼吸をすることだけに専念する。
…また、なのか。
始まりは身体の内側からの痙攣、止まらない手足の震え。ただでさえ冷え切っていた私の身体の内側を何かが蝕んでいく。
理由は分からない。どうしてそう感じたか分からない。だけどこれがタイムリミットの合図だ。前回と全く同じだからこそ、恐怖として叩き込まれていたからこそそれを漠然と理解する。
物分りが、諦めが良すぎる?ううん、そうじゃない。そういうわけじゃ、ない。
こんな状態になれば何もしなくても元の世界に戻るのだろうということが分かったのはやっぱり2度目だから。足掻こうとしとも何を棄てようともしがみついても、強制的に戻らされるその先は本来の私の世界。分かっている。その後、元の世界に戻った私が後悔することも、悲しみに暮れることも。…これが、初めてじゃないから。
異端者は、異邦者は元の世界に戻る。分かっていたけれど、実際こう目の当たりにすると…何だか、なあ。
「約束して」
「ゆうの帰る場所はここだから」
「……き、」
――――…恭弥、
彼の名前すら発することもできず、残された体力も時間もあと僅かであることを知る。
目を瞑れば簡単に思い浮かぶ彼の顔。さっきまでの彼との会話、彼の温もり。私、これまで誰との約束も破ったこともないというのに、この世界ではそれを逆に守れた試しがないや。…また君との約束を守れそうにない。
それどころか今回こそ何もしてなかった、な。前回待っていてと言われたあの体育館裏に足を運んだだけ。一緒に、学生生活を今度こそ過ごせるかなと思っていたけど。…忘れられていなければ、前回君に伝えてもらった言葉の、返事を言えるかなと思っていたけど私の考えは甘かったらしい。
何も言えないまま終わる。
何もできないままに、私は終わる。
メールで伝える時間もない。私はこのまま帰る。…前と同様、私を忘れてくれれば、――…特に彼には忘れてもらわないと咬み殺されるだけじゃ済まないね。
きっと3度目、またこの世界に来れるなんて思ってもいない。悔いのないように、いたかった、のに…なあ。
再度開いた視界はややブレ始めていた。ああ、またこれか。これが、これから始まるのか。喉から迫り上がる気持ち悪さに何か吐き出すと目の前にはおびただしい赤黒い血溜まり。あーあ、私こういうシーン苦手なんだけど、な。
ぼんやりと映す視界はリボーンの世界と私の居た世界、見えているのは”でざいなーずるーむ”のすぐ外、廊下。
どうやら今回はそこで倒れていたらしい。ということは骸に会うあの直前、”でざいなーずるーむ”に入る前に戻るのか。物語を変えてしまうぐらいならば早くこの世界から離別した方が良いのだろう。どうやったら元々居た世界の方に比重が傾くのかはわからなかったけれど私は復讐者がこれ以上何も干渉してくる様子が見えないことを意識しながらその時が来るのを覚悟して待つ。
「……」
もうこれ以上誰かのお荷物にも負担になるのも、ごめんだった。
だけどこのまま何も出来ず復讐者の牢獄に突っ込まれるよりは、マシなのかもしれない。
帰りたくないけどそうなるぐらいならば早く帰ろう。身勝手だと怒られても、仕方ない、…ね。
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