こすぱに!

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 リボーンさんに先導され敵の本拠地へ向かう足取りは重く、オレは無言を貫いていた。
 それは決してこれからの戦いに怯えていたり、身体がだるかったり、横にいるアネキが嫌でそういう態度になった訳じゃない。そういう場合かと聞かれればきっと違うんだろうがオレの中では今、後悔でいっぱいだった。

 この有様は間違いなくオレの招いたミスだ。あの時メガネヤローにトドメをしっかり刺していれば10代目を危険な目に合わせずに済んだのに。
 オレがもっと早く倒していればメガネヤローに10代目の顔が割れずに済んだのに。……オレがもっと、強ければ。
 結局並盛に危害を加えた野郎の所へ向かうのが決まっていたとしてもオレは自分の非力さに嘆かずにはいられない。山本がいなければあの時はオレどころか10代目も危なかったのだ。

 情けねえ。

 今までも1人でやってこれた。だからこれからもそうであるべきだと思っていたしなれる自信もあった。それがこのザマだ。


「おまえの相手はオレだろ?」

 今もまた、アニマルヤローと山本が戦っているのを上から見ているばかりで自分の無力さを痛感するばかりだった。
 こんな不安定な場所でオレがダイナマイトをぶっ放したところで山本も、それからリボーンさんに蹴り落とされた10代目まで生き埋めになっちまう。オレは、あまりにも無力だった。見ているしかできないこの不甲斐なさ。オレが降りたところで邪魔であると分かっているからこそ動けはしなかった。リボーンさんだって止めただろう。適任は確かに、山本だった。オレじゃない。

 山本が強いことは知っている。
 さっき移動中にリボーンさんから教わった並盛のケンカランキング。あのフゥ太が作ったランキングは幾度も戦闘経験のあるオレよりも山本が上であることを示していた。それが、事実。あのアニマルヤローの標的は2位の山本。その下で3位のオレがメガネヤローの獲物。
 オレは誰も、守れやしない。火をつけることもできなかったダイナマイトがオレの手の中で折れた。そうだ、オレはいっつもそうだ。何も考えず突っ走ろうとして、何も考えず発言して。
 この手で守れたモンなんてなかっただろう。


『お前、…本気で言ってんのか』

 ――…傷つけてばかりじゃねえか。
 こんな時だってんのにあいつの顔が思い浮かんだのはやっぱりあの件の事が気がかりだったからなんだろう。

 押切ゆう。

 恐らく今目の前にあるこの事件の所為で優先度は随分下がってしまっているだろうがこいつの事を皆、疑問に思っているだろう。至って一般人だと思っていたあいつのことを。
 リボーンさんの試験に落ち、落とされたダイナマイトに身体を震わせて怯えたあいつは何者なのかと。オレはあいつの一端を知っている。あの時、ダイナマイトを見て驚いたゆうが”何かを”しようとしたことを。それが何だったのかは結局あの場は危ないと判断しゆうを抱きとめて回避したがオレが動かなければ何かをやらかしていたんじゃないかと思っている。
 それがリボーンさんにとってボンゴレに入れる条件に満たされるものか否かは別として、だ。


『きっともう大丈夫ですしある程度はお話も…できると思います』

 だからこそあいつが黙ってきていた秘密とやらを聞くのが恐ろしかった。それがリボーンさんに認められ、将来ボンゴレの役立つものだと判断されたのであればあいつはもう非日常に足を踏み入れることとなるからだ。
 だが話される内容はオレの予想を裏切った。

 違う世界から来た?
 違う世界のオレ達を知っている?

 短い話だった。短くて、それでいて途方もない話だった。聞いた後、誰も反応が出来なかったし、それがどうしたのかとリボーンさんは聞かなかった。最初はよく分からなかったがオレ達全員のことを知っているのだと、リボーンさんを見て言ったあいつの視線と、リボーンさんがあいつを見たその視線が非常に気になった事は印象的だった。
 しかしこいつは少なくとも頭が悪い訳じゃない。学校にいる時はまた違った雰囲気を醸し出していたゆうの話を笑い飛ばせる奴は誰一人として居なかった。

 ――もしも違う世界であったとして、オレ達が同じような事をしていたら。

 恐らくリボーンさんが考えているのはそういうところだろう。ただオレ達が普通の中学生をしているのであればそれでいい。懸念しているのはボンゴレまでがそっちにあった時の話。
 情報は最大の武器だ。10代目が10代目であることを知っていたら。それを万が一他のマフィアに売り飛ばすようなことがあったら。ゆうに限ってそんな事はないと思いたかったが可能性はゼロじゃない。


『嘘はもう少し上手くつくんだな。帰っていいぞ』

 結局あの日、リボーンさんは判断しきれず押切ゆうを泳がせることにした。
 嘘である。嘘つきであると公言し、あいつの動きをみる事にした。オレはその意図をすぐに汲んだ。だからあの時の自分の行動は、ボンゴレの為だと信じてやまなかったし悔いはない。切り捨てるようにして、吐き捨てるようにしてわざと言葉を投げかけた。なのに、どうしてこんなにも痛い。

 その翌日にこんな事になった。押切ゆうは学校に来なかった。つまり、…そういう事だったのかと思っていたというのにリボーンさんは此処に人質が居るのだという。それが誰なのか言わなかったがあいつの可能性だってありえるという訳で。
 もしもあいつの言葉が真実で、あいつは敵ではなく本当に、何の因果かこちらの世界に来て利用されたとしたら。
 何も知らないまま、戦えもしないのに捕らえられて、ひどい目に合っていたとしたら。
 例えリボーンさんの意志だったとしても自発的に動いたオレはゆうにとって加害者だった。あいつを泣かせたのは間違いなく、オレだったからだ。


『シャマル』

 ずっとわだかまっていた。ずっと、モヤモヤしていた。だからどうしていいのか分からず、オレはメガネヤローの毒にやられ倒れた時。10代目と山本によって保健室まで連れて行ってもらい目を覚ました時、オレは自分自身の身体のことよりも先に問いかけた。


『何だ?オレはもうお前の治療はしねーぜ』
『女を、』
『ん?』
『女を泣かせてしまった場合どうすりゃいい』

 それが予想外の質問だったのだろう。シャマルはさっきまでの雰囲気とは一転、ムカつくほどニヤニヤし始めやがった。こいつに聞いたのが悪かったと一瞬思ったがオレの周りに女の扱いに長けているのはこいつぐらいしかいなかった訳で。
 リボーンさんは押切ゆうを警戒している。かといってオレ達に近付くなとも言っている訳じゃねえが望んだ答えを出してくれるかと聞かれればそうじゃないとあの雰囲気を見ていれば分かる。
 
 そりゃお前、答えは一つだろう。顎に手を遣りながらベッドで寝転がったままのオレを見て百戦錬磨のナンパ野郎は答えを告げる。


『誠心誠意謝るこった。お前がこれからもそのカノジョと仲良くやりたいんだったらな』

 シャマルの答えは尤もだった。当然だった。…どうやらそのやらしい言い方に少し勘違いをさせたようだったが。オレとあいつの関係はそんなんじゃない。そんな、ものじゃない。まだ何も始まった訳でもなければ、寧ろあいつを傷つけた事で終わってしまったのだ。もう今後あいつと今までのように話せる訳がないとは分かっている。
 だけど。修復を願ってしまうのは。泣かせたあいつにかける言葉を考えてしまうのは。オレはただ、あいつの泣き顔を見たくねーだけだっていうのに。


『ま、オレはその子オススメしねーけどな』
『?』
『フツーの子がいいと思うが、……まあ人の恋路を邪魔するほど野暮じゃねえつもりさ』
『ちげーよ!』

 ――…しょうもない事まで思い出してしまった。今はそんな事を考えている場合じゃねえ。
 オレの真下、山本が腕1本犠牲にすることで得た勝利。オレ達はこのまま進み、一刻も早く今回の事件を片付けなければならないのだ。


「これでよしっと」

 アニマルヤローが目を覚ます前にとリボーンさんの指示で下にあった大きな岩にくくりつけ、どうにかこうにか山本と10代目を引き上げる。
 やっと1匹目。山本の腕は負傷、10代目に怪我はない。メガネヤローはまだ眠っているらしい。オレ達の前から立ち去ったとは言え結構ボロボロだったはずだ、しばらくは起きてこないだろう。となると残りはもう六道骸のみ。思ったよりも早く済みそうだった。
 そうだ、早く終わらせて10代目の前に降りかかる火の粉は払わねばならない。それから、

 あいつに今度こそ、聞きたいことがある。
 
 だけどそれはもちろんゆうに謝り、許してもらってからのことではあるが。
 ズキズキと痛いのは頭なのか、胸の内なのか。そんな事を気にかけている余裕なんてないというのに何故だかオレの心の内は、思考はそこから一切切り替わることはなかった。

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