マインドコントロール、ランチアさんが骸に施されたもの。それと契約の違いはよく分からないけど、彼が骸に乗っ取られていたというシーンは記憶にない。
つまり契約しているかどうかが分からない。だけどもしも万が一ここでそれが発動されたら私にとってのバッドエンドに繋がってしまう。
最終的に城島と柿本の2人、それからこの黒曜編で新たに骸の武器である変わった形の槍で攻撃を受けた皆に対し憑依したことまではしっかりと覚えている。
だけどその表記がなかったということは彼に対して行っていないのかもしれない。…まああの最後のシーンの時点で彼は柿本の攻撃で動けない状態になってたからなのかもしれないけども。
「……」
黙ったまま三角座り。
あれからランチアさんとはほんの数言話しただけだった。
怖い雰囲気はすっかり薄れてはいるけど彼は彼なりに色々とこちらのことも考えてくれているらしい。2、3人が間に入れるほどスペースを空けて座り直したのは私に対して何もしないという意思表示なのか。
彼にとって私は敵か味方か判別しにくい存在であるというのに発言内容を気をつけるよう気に掛けてくれたりしてくれたのは元来の彼の優しい性格からだろう。骸から私を守るためなのか私が余計なことを言ってこれ以上犠牲を増やさないようにしたのかまでは分からない。
だけど、とてもいい人なのだ。骸に出会うまでは仲間と楽しく生活をしていた、ただのマフィアの人。骸と出会わなければこうも道を逸れることもなかっただろうし日本に来ることもなかったのかもしれない。
その解放も今日。
それでランチアさんがやってきた事が全て白紙に戻るかといえばそうではないけど、少なくともこれから先は悔やむような事件も潰えるだろう。
「…わかった」
突然、そう呟いたのはどれぐらい経った頃だろうか。
ハッとランチアさんの方向を向くと彼はこちらを見ているわけでもなければ私に話しかけているわけではなかった。制服を握りしめボソボソと地面に向かっている様子からして彼が渡されていたそれはただの盗聴器の類ではなく通信機器だったに違いない。
ゴソゴソと視界の隅で動く気配。ゆっくりと立ち上がりランチアさんは私の前で止まった。今の押切ゆうは本来の私よりも背が随分小さいのでいつもより見える視界も少し低く、その所為か見上げると遥か彼方に見えるランチアさんの顔。あ、この角度で見るとやっぱりラスボス感が半端ないな。
「来い」伸ばされる手。どうやら何処かへ移動するらしい。
「はい」
立たせてくれようとしたのだと分かり手を伸ばす。
重ねようとした時にほんの少し彼の手がビクリとしたような気がしたけどそのまま引っ張られ、立ち上がらされる。
ゴツゴツして所々が硬い、だけど温かい男の人の手だった。
悲しきかな今まで男装レイヤーさんとは別として男の人と手を繋いだ事はなく、この世界に来て男の人と手を繋ぐ機会が増えた。
まあどれもこれも私が迷わないように、何処にも行かないよう引率してくれただけではあるけど。
触れたその手は全体的に薄く、長く綺麗な指をしていて、だけど節々の皮が厚くなっている、戦う人の手だった。
例えば私が仕事で出来るようなペンだこのようなもの。彼らにとって武器を持ち続けたことにより出来上がったそれらは間違いなく彼の歴史を示していた。
漫画の一コマのためだけではない。この世界は、この世界の住民は生きて、呼吸をして、思考して、未来へ歩んでいる。
何処かでまだそんな当然といえば当然のことに驚いている自分がいた。何処かでまだ客観的にこの世界を見ようとしている自分がいた。
住民として馴染むことも出来なければ完全に部外者でも居られない。いい加減慣れてしまえばいいものの未だに読者視線で見ているところがあるのはそんな半端な立ち位置の所為かもしれない。
「お前が怯えないのはこの先をすべて知ってるからか」
「…そんな大層な理由じゃないんですよ」
随分とフランクに話しかけてくれるようにはなったけど、私は現状をどうにかできるような力があるわけじゃない。この先に何が待ち受けているかほんの少し知っているだけで岐路を違えないように、彼らの邪魔をしないようにするのが精一杯な私に何もできやしない。
骸が私に、私の力に興味を覚えたのは当然だ。
これからゲームをクリアしようとしている中で無料配布の攻略本がちらついたら使うかどうかは別として誰だって手を伸ばす。彼が私に持っている興味はその程度だろう。優先度としては喧嘩の強い人間の歯を抜く作業を中断させるぐらい。…いやそれって結構重要度高い気もするけど。
”でざいなーずるーむ”で応えた内容が彼にとって有利になるものだと判断する材料になっていたのだから仕方ないといえば仕方ない。あの部屋に戻ることができたら速やかにあのウィッグはクローゼットの中に片付けよう。
「元々知っていることと、先を読めることは違うんです。そんな大層な人間じゃない。私は知っているから、それだけで。逃げて、目を瞑ってやって来るだろうと予想できる事態に備えるしか出来ません」
だから今私はここにいる。これだってもしも先を読めたのであれば逃げていたのだろう。
あのツナの家からの帰り道、公園に寄らず家に帰って明日の準備でもしていたのであれば今頃黒曜編が始まったのを教室に着いてから知ることになっていたはずだ。
前回こちらの世界にやってきた時とは随分私の立ち位置というものが曖昧になっているような気がしている。誰かが怪我を負うでもない、私がいることによって何かが変わりそうなものも無さそうで。だけど、だからこそ今からの展開に油断しちゃいけないのだ。
もうこの時になれば彼らの知りたい情報だろう10代目がツナという事実がそろそろ分かる頃合。その後は彼らがここへやって来て、骸を倒し終わる。そういうストーリーだったしそう終わらなければならない。何一つ漏れてはならない。失ってはならない。
だから、ランチアさんにも何も言ってはならない。
「…そうか」
話している間も歩みは止まらない。
廃墟の窓も、ドアも全て壊れていたて靴でジャリジャリ踏んでいるガラス片の音だけがやけに響く。肝試しにはうってつけだけど私は怖いものが苦手だ。朝っぱらでよかったと心の底から思う。
骸さんだ、
──…六道骸さんだ。
ひどく違和感を覚えたのは廊下に黒曜生が沢山居たことだ。
名前を呟かれ畏怖の目を一身に受けているのは紛れもないランチアさん。隣で手を繋ぎ連行されている私にもジロジロと視線が無遠慮に注がれるけど気にしてられず出来るだけ視線を落とし目を合わさないようにし続ける。
十中八九、後で恭弥にボコボコにされる未来は分かっているので心の中でご愁傷様とだけ呟いたのだけが唯一できることだった。
彼らも不良とはいえただの一般人だ。随分恐怖を彼らに植え付けたのだろう、どうにも操られているというよりは恭弥が風紀委員を従わせているのと似ている気がする。いや、彼とはまた別か。この人達と骸の間には信頼関係なんか一欠片もない。
…そっか、イタリアじゃなくここの場であってもランチアさんは六道骸だったのか。
本物は姿を現さずに、もしくは偽名でも名乗っているのだろう。黒曜生にとって骸は名も知らぬただの中学生、ランチアさんこそが六道骸。それはちょっと、悲しいな。
「ここだ」
部屋の前で立ち止まるとようやく手を離される。どうやらこの先、ランチアさんは進むつもりも無いらしい。
ドアを開け、ボロボロのカーテンの場所を指さすと行けとばかりに静かに顎を引く。ここから先は1人で行かなければならないらしいとわかり、私も頷きそれに応える。ジャリ、と靴がガラスを踏む音がやけに室内に響く。
「藤咲」最後に目を合わせた後、呼ばれたその声はとても小さい。
「また会えるか」
「……それはちょっと、分からないです」
「なら仕方ないな」
先読みではないのならと向けられた穏やかな表情は私の言葉を全くもって疑っていなかった。
出来ることなら私だってまた会いたいと思うけど彼にもう会えることはないだろう。…… このまま無事に黒曜編が終わるのならば。
それも口に出すことはできず静かに頭を下げ、私はその頼りないカーテンに手を伸ばしくぐり抜けた。
つまり契約しているかどうかが分からない。だけどもしも万が一ここでそれが発動されたら私にとってのバッドエンドに繋がってしまう。
最終的に城島と柿本の2人、それからこの黒曜編で新たに骸の武器である変わった形の槍で攻撃を受けた皆に対し憑依したことまではしっかりと覚えている。
だけどその表記がなかったということは彼に対して行っていないのかもしれない。…まああの最後のシーンの時点で彼は柿本の攻撃で動けない状態になってたからなのかもしれないけども。
「……」
黙ったまま三角座り。
あれからランチアさんとはほんの数言話しただけだった。
怖い雰囲気はすっかり薄れてはいるけど彼は彼なりに色々とこちらのことも考えてくれているらしい。2、3人が間に入れるほどスペースを空けて座り直したのは私に対して何もしないという意思表示なのか。
彼にとって私は敵か味方か判別しにくい存在であるというのに発言内容を気をつけるよう気に掛けてくれたりしてくれたのは元来の彼の優しい性格からだろう。骸から私を守るためなのか私が余計なことを言ってこれ以上犠牲を増やさないようにしたのかまでは分からない。
だけど、とてもいい人なのだ。骸に出会うまでは仲間と楽しく生活をしていた、ただのマフィアの人。骸と出会わなければこうも道を逸れることもなかっただろうし日本に来ることもなかったのかもしれない。
その解放も今日。
それでランチアさんがやってきた事が全て白紙に戻るかといえばそうではないけど、少なくともこれから先は悔やむような事件も潰えるだろう。
「…わかった」
突然、そう呟いたのはどれぐらい経った頃だろうか。
ハッとランチアさんの方向を向くと彼はこちらを見ているわけでもなければ私に話しかけているわけではなかった。制服を握りしめボソボソと地面に向かっている様子からして彼が渡されていたそれはただの盗聴器の類ではなく通信機器だったに違いない。
ゴソゴソと視界の隅で動く気配。ゆっくりと立ち上がりランチアさんは私の前で止まった。今の押切ゆうは本来の私よりも背が随分小さいのでいつもより見える視界も少し低く、その所為か見上げると遥か彼方に見えるランチアさんの顔。あ、この角度で見るとやっぱりラスボス感が半端ないな。
「来い」伸ばされる手。どうやら何処かへ移動するらしい。
「はい」
立たせてくれようとしたのだと分かり手を伸ばす。
重ねようとした時にほんの少し彼の手がビクリとしたような気がしたけどそのまま引っ張られ、立ち上がらされる。
ゴツゴツして所々が硬い、だけど温かい男の人の手だった。
悲しきかな今まで男装レイヤーさんとは別として男の人と手を繋いだ事はなく、この世界に来て男の人と手を繋ぐ機会が増えた。
まあどれもこれも私が迷わないように、何処にも行かないよう引率してくれただけではあるけど。
触れたその手は全体的に薄く、長く綺麗な指をしていて、だけど節々の皮が厚くなっている、戦う人の手だった。
例えば私が仕事で出来るようなペンだこのようなもの。彼らにとって武器を持ち続けたことにより出来上がったそれらは間違いなく彼の歴史を示していた。
漫画の一コマのためだけではない。この世界は、この世界の住民は生きて、呼吸をして、思考して、未来へ歩んでいる。
何処かでまだそんな当然といえば当然のことに驚いている自分がいた。何処かでまだ客観的にこの世界を見ようとしている自分がいた。
住民として馴染むことも出来なければ完全に部外者でも居られない。いい加減慣れてしまえばいいものの未だに読者視線で見ているところがあるのはそんな半端な立ち位置の所為かもしれない。
「お前が怯えないのはこの先をすべて知ってるからか」
「…そんな大層な理由じゃないんですよ」
随分とフランクに話しかけてくれるようにはなったけど、私は現状をどうにかできるような力があるわけじゃない。この先に何が待ち受けているかほんの少し知っているだけで岐路を違えないように、彼らの邪魔をしないようにするのが精一杯な私に何もできやしない。
骸が私に、私の力に興味を覚えたのは当然だ。
これからゲームをクリアしようとしている中で無料配布の攻略本がちらついたら使うかどうかは別として誰だって手を伸ばす。彼が私に持っている興味はその程度だろう。優先度としては喧嘩の強い人間の歯を抜く作業を中断させるぐらい。…いやそれって結構重要度高い気もするけど。
”でざいなーずるーむ”で応えた内容が彼にとって有利になるものだと判断する材料になっていたのだから仕方ないといえば仕方ない。あの部屋に戻ることができたら速やかにあのウィッグはクローゼットの中に片付けよう。
「元々知っていることと、先を読めることは違うんです。そんな大層な人間じゃない。私は知っているから、それだけで。逃げて、目を瞑ってやって来るだろうと予想できる事態に備えるしか出来ません」
だから今私はここにいる。これだってもしも先を読めたのであれば逃げていたのだろう。
あのツナの家からの帰り道、公園に寄らず家に帰って明日の準備でもしていたのであれば今頃黒曜編が始まったのを教室に着いてから知ることになっていたはずだ。
前回こちらの世界にやってきた時とは随分私の立ち位置というものが曖昧になっているような気がしている。誰かが怪我を負うでもない、私がいることによって何かが変わりそうなものも無さそうで。だけど、だからこそ今からの展開に油断しちゃいけないのだ。
もうこの時になれば彼らの知りたい情報だろう10代目がツナという事実がそろそろ分かる頃合。その後は彼らがここへやって来て、骸を倒し終わる。そういうストーリーだったしそう終わらなければならない。何一つ漏れてはならない。失ってはならない。
だから、ランチアさんにも何も言ってはならない。
「…そうか」
話している間も歩みは止まらない。
廃墟の窓も、ドアも全て壊れていたて靴でジャリジャリ踏んでいるガラス片の音だけがやけに響く。肝試しにはうってつけだけど私は怖いものが苦手だ。朝っぱらでよかったと心の底から思う。
骸さんだ、
──…六道骸さんだ。
ひどく違和感を覚えたのは廊下に黒曜生が沢山居たことだ。
名前を呟かれ畏怖の目を一身に受けているのは紛れもないランチアさん。隣で手を繋ぎ連行されている私にもジロジロと視線が無遠慮に注がれるけど気にしてられず出来るだけ視線を落とし目を合わさないようにし続ける。
十中八九、後で恭弥にボコボコにされる未来は分かっているので心の中でご愁傷様とだけ呟いたのだけが唯一できることだった。
彼らも不良とはいえただの一般人だ。随分恐怖を彼らに植え付けたのだろう、どうにも操られているというよりは恭弥が風紀委員を従わせているのと似ている気がする。いや、彼とはまた別か。この人達と骸の間には信頼関係なんか一欠片もない。
…そっか、イタリアじゃなくここの場であってもランチアさんは六道骸だったのか。
本物は姿を現さずに、もしくは偽名でも名乗っているのだろう。黒曜生にとって骸は名も知らぬただの中学生、ランチアさんこそが六道骸。それはちょっと、悲しいな。
「ここだ」
部屋の前で立ち止まるとようやく手を離される。どうやらこの先、ランチアさんは進むつもりも無いらしい。
ドアを開け、ボロボロのカーテンの場所を指さすと行けとばかりに静かに顎を引く。ここから先は1人で行かなければならないらしいとわかり、私も頷きそれに応える。ジャリ、と靴がガラスを踏む音がやけに室内に響く。
「藤咲」最後に目を合わせた後、呼ばれたその声はとても小さい。
「また会えるか」
「……それはちょっと、分からないです」
「なら仕方ないな」
先読みではないのならと向けられた穏やかな表情は私の言葉を全くもって疑っていなかった。
出来ることなら私だってまた会いたいと思うけど彼にもう会えることはないだろう。…… このまま無事に黒曜編が終わるのならば。
それも口に出すことはできず静かに頭を下げ、私はその頼りないカーテンに手を伸ばしくぐり抜けた。
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