改めて押切ゆうがただの、普通の人間であることに気付かされる。そう考えるとやはり10代目は非戦闘な世界で生きてたとはいえあの柔軟な思考、適応はマフィアの世界に相応しい。
声も出せず、ただ震えているゆうを宥めながらオレはそんな事を考えていた。
「ごめん、なさい…」
こんな至近距離でこいつを見たのは初めてだった。
変わらない黒髪、黒の眼鏡。相変わらずの地味な…いや、コレは模範的つった方がいいのか。勉強はオレが一番を取っていたがゆうだってなかなか優秀な成績であるということは担任が自慢げに話していた気がする。そんなこいつは今、見たことのないほど顔を青ざめさせてオレのシャツを握りしめ離れることはない。
「良いから」
「でもっ、…」
「良いつってんだろ」
いつものとぼけた馬鹿面はすっかりと鳴りを潜めただ謝るばかりで、だけどオレはこういう時にどうしてやればいいのか分からず10代目が泣きわめくアホ牛をなだめる時のようにゆうの頭をあやすように撫でることぐらいしかしかできなかった。
…今まで、周りにそんな奴が居なかったから。
皆がオレを、オレの取り巻く非凡を、物騒な日常を恐れ近付いて来なかったからだ。だからどうすればこいつの中の恐怖が少しでも揺らぐのか、オレはそんな些細なことですら分からなかった。
守ってやりたいなんておこがましい事だと、この小さな女を抱きしめながらオレは自分の無力さに歯痒さを覚えている。
山本にアレの処理を託したのはオレの力不足だ。
オレじゃ、周りを爆発させるだけでこいつをもっと泣かせ、傷付けていたに違いない。
「はーびっくりしたな」
「……うん」
山本も特殊であるには違いねえ。こういう平穏な生活というものを知らなかったがオレの傍にはいつも10代目や山本が何があってもこういう反応を取るためにオレもすっかりそれに慣れてしまったが今更になって気づく。
平穏な生活をしていた人間が銃を向けられたら。
足元に銃弾を打ち込まれたら。
ダイナマイトを投げられたら。
そんな予想、はたして一般人が出来るかっていわれたら出来るはずもなく結局この押切ゆうの反応こそが正常ってわけだ。
大人しく山本の言葉に頷くゆうはさっきよりは落ち着きを取り戻していた。オレの傍にいることによりこいつが危ない目に合うようであればそりゃもちろんオレが離れるべきだろう。だけど今回は、…今回だけは違っていた。
「どういう事ですかリボーンさん!」
給水塔の上、恐らくいるだろうリボーンさんに声を荒げ呼びかける。最初は敵襲かと威嚇したがそれにしては殺気が感じられなかった。だからこそオレも反応が遅れたところがある。
そもそも、傷付けるつもりはなかったのだろう。
犯人が分かったのは上から落ちてくるダイナマイトが全てオレのものだったからだ。10代目のところに護身用と渡しておいたソレを持ち運び使えるのはリボーンさんしかいない。
「よく見破ったな」
やがてふらりとその影からリボーンさんが姿を現した。
相変わらずの小さな身体に、けれどオレじゃ太刀打ちも出来ない強さを秘めたヒットマン。
10代目を鍛えるためにこんなことをしているのなら分かる。オレや…あまり認めたくないが山本もボンゴレの一員になるのであれば特訓だって必要不可欠であると分かるしオレへの個人的な指導ならそれがどれだけ厳しいものであっても喜んで受けただろう。
が、今回はそうじゃなかった。
今の銃は、今のダイナマイトはオレや山本に対してじゃなかった。あいつの肌を直接傷付けることはなくギリギリのところへ。あいつを驚かせ何か反応を見ているかのようなそのやり方…全てはゆうに向けられたものだった。
「ボンゴレに入れるか迷ってたんだもん」
「もん!じゃねえっすよ!こいつビビって放心状態じゃないですか!」
まだそんな事をおっしゃってたのか。あの時のあの時点でそれはすっかり諦めていると思っていたのに。やっぱりあのバスケットゴールが落ちた事件のことを、それからこいつの身体能力を気にかけていたらしい。
「ハンカチ、サンキューな」
「…あ、うん」
リボーンさんはひらりと山本の肩の上に乗った。それから、オレの腕の中でまだ黙ったままのゆうに声をかける。…ハンカチ、とは。思わず怪訝そうな顔を浮かべたもののゆうもゆうでそれに何の疑問も持たず返事をしている様子を見ると前々から知り合いではあったらしい。
つまり、…リボーンさんもこの記憶に対しての違和感を持っていたということだろうか。それとな、と追加された言葉に嫌な予感がしたのはその時で、オレは思わずゆうを抱きしめる腕に力を込めた。
やめろ、と。
リボーンさんやめてくれ、と。
そう言いたかった。
出来ることならゆうの耳を塞いでしまいたい気にもなったがそれは叶わない。今からリボーンさんが発する言葉をゆうに聞かれたくなかった。それはきっとオレが、オレ達が思っていてもこいつに直接聞けない内容であることがすぐに分かったからだ。だがそう願ったところでヒットマンの行動が制限できるわけもない。
「お前にたくさん聞きたいことがあんだ。主にお前の事と、…それから記憶の事をな」
分かっている。
…分かっていた。
オレだってそこまでバカじゃねえ。こんな皆から記憶を喪失させるという不可解な出来事を起こせる人間がもしもゆうでなかったとしたところで結局こいつの近くにそういう人間がいたということだろ。つまり、こいつは――…ただの女じゃないわけで。
だけどこいつが巻き込まれていただけという可能性も勿論あった。そっちを信じてしまいたいと思ったのはただのオレの願いでしかない。
そいつを普通の人間でいさせてくれ、と。
オレの違和感を肯定しないでくれ、と。馬鹿馬鹿しいと思うか?オレが、ただ一人の女に対してそう願いながら縋るように抱きしめているなんてよ。
「……そうですね」
だけど、ゆうは否定しなかった。何のことだかとしらばっくれることはなかった。身体の震えはいつの間にか止まっている。だからといって空気が変わった訳でも何でもなく、やがて聞こえてくるのはゆうの静かな、落ち着いた声。
聞き慣れたその声が、別の人間のモノであるように聞こえたのはどうしてだろうか。下を向いていたばかりのゆうはようやく顔をあげる。顔は相変わらず青ざめたままだったが、その瞳はただただリボーンさんを見つめ、怯えはそこに含まれてはいなかった。こっちに銃を向けているリボーンさんに対して、だ。
「きっともう大丈夫ですしある程度はお話も…できると思います」
「…ママンのこともある、日曜の夜にでもツナの家に来い。家は後からツナに教われ」
「わかりました」
行くぞお前ら。
当然ながらその中にゆうは含まれて居なかった。オレはそれに従うしか他ない。
腕に込めていた力は自分が思っていたよりも力強いものだったらしく緊張が解けた今でも随分と力がかかってしまった。ようやく離れた手。ゆうの顔が間近にある。その瞳は相変わらず揺れる事もなく、ただ何かを秘めた、そんな強い意志さえ感じられた。
「隼人」小さく、オレの名前が呼ばれる。
オレだって今、どういうことか全く分かっていない状態で、リボーンさんがゆうに伝えたその言葉も言外に何か含まれているかさえ分かってもいない。敵か味方か。ボンゴレに害をなすものか、そうでないのか。
それだけ聞ければオレはこいつが何者だって構わないと、この不思議な出来事だって詳しく知る必要はないとさえ思えてしまう。全てはこいつが、押切ゆうだからだ。それ以上でもそれ以下でもない。だってこいつは、
「ありがとう」
――…『ありがとう』
それは、あの時のゆうの姿と重なった。
「保健室で君に出会えてから、ずっとお礼が言いたかった」
「……」
「私を、いつも助けてくれてありがとう」
ハッとした時にはゆうは立ち上がりオレ達を置いて屋上を走り去ってしまっていた。
…今、何をゆうは言った?保健室で。それはやはりオレが思っていた通りの事だったのだろうか。
『僕の名前はゆう。いつ覚める夢かわからないけれど、もしどうにもならなかったらよろしく』
あれは、やっぱり。
思わずゆうに触れていた手を凝視する。あの時の不思議な感覚は覚えている。
アレは間違いなくヒバリだった。あの目つき、あの殺意、それから声も、体格も。だというのに名乗った名前はゆうで、たしかにヒバリらしからぬ行動だとは思ってオレだってずっと考えることはなかったというのに。
あれが、ゆう。あれが…ゆうの、秘密の一端だとしたら。
「獄寺、お前あいつのこと知ってたのか」
「……いえ」
だけどオレはまだこの違和感を否定していたい。
例えあいつが宇宙人であっても、…例えボンゴレの敵に成り得る人間だったとしても。嘘をついていた目じゃなかった。騙していたという人間の瞳じゃなかった。
絶対は、有り得ない。
そんなオレの考えさえ覆すそれは理論ではなくオレが一番バカにしていた感情論。
ゆうはきっとオレを、オレ達を意図して騙そうとしたわけはないのだと。そういう女じゃなかったと。そう信じようとする自分のその根底にあるものの名前は、まだ気付きたくはなかった。
こすぱに!
「オレは分からないです」
せめて、全てが分かるだろう日曜日が来るまでは。
声も出せず、ただ震えているゆうを宥めながらオレはそんな事を考えていた。
「ごめん、なさい…」
こんな至近距離でこいつを見たのは初めてだった。
変わらない黒髪、黒の眼鏡。相変わらずの地味な…いや、コレは模範的つった方がいいのか。勉強はオレが一番を取っていたがゆうだってなかなか優秀な成績であるということは担任が自慢げに話していた気がする。そんなこいつは今、見たことのないほど顔を青ざめさせてオレのシャツを握りしめ離れることはない。
「良いから」
「でもっ、…」
「良いつってんだろ」
いつものとぼけた馬鹿面はすっかりと鳴りを潜めただ謝るばかりで、だけどオレはこういう時にどうしてやればいいのか分からず10代目が泣きわめくアホ牛をなだめる時のようにゆうの頭をあやすように撫でることぐらいしかしかできなかった。
…今まで、周りにそんな奴が居なかったから。
皆がオレを、オレの取り巻く非凡を、物騒な日常を恐れ近付いて来なかったからだ。だからどうすればこいつの中の恐怖が少しでも揺らぐのか、オレはそんな些細なことですら分からなかった。
守ってやりたいなんておこがましい事だと、この小さな女を抱きしめながらオレは自分の無力さに歯痒さを覚えている。
山本にアレの処理を託したのはオレの力不足だ。
オレじゃ、周りを爆発させるだけでこいつをもっと泣かせ、傷付けていたに違いない。
「はーびっくりしたな」
「……うん」
山本も特殊であるには違いねえ。こういう平穏な生活というものを知らなかったがオレの傍にはいつも10代目や山本が何があってもこういう反応を取るためにオレもすっかりそれに慣れてしまったが今更になって気づく。
平穏な生活をしていた人間が銃を向けられたら。
足元に銃弾を打ち込まれたら。
ダイナマイトを投げられたら。
そんな予想、はたして一般人が出来るかっていわれたら出来るはずもなく結局この押切ゆうの反応こそが正常ってわけだ。
大人しく山本の言葉に頷くゆうはさっきよりは落ち着きを取り戻していた。オレの傍にいることによりこいつが危ない目に合うようであればそりゃもちろんオレが離れるべきだろう。だけど今回は、…今回だけは違っていた。
「どういう事ですかリボーンさん!」
給水塔の上、恐らくいるだろうリボーンさんに声を荒げ呼びかける。最初は敵襲かと威嚇したがそれにしては殺気が感じられなかった。だからこそオレも反応が遅れたところがある。
そもそも、傷付けるつもりはなかったのだろう。
犯人が分かったのは上から落ちてくるダイナマイトが全てオレのものだったからだ。10代目のところに護身用と渡しておいたソレを持ち運び使えるのはリボーンさんしかいない。
「よく見破ったな」
やがてふらりとその影からリボーンさんが姿を現した。
相変わらずの小さな身体に、けれどオレじゃ太刀打ちも出来ない強さを秘めたヒットマン。
10代目を鍛えるためにこんなことをしているのなら分かる。オレや…あまり認めたくないが山本もボンゴレの一員になるのであれば特訓だって必要不可欠であると分かるしオレへの個人的な指導ならそれがどれだけ厳しいものであっても喜んで受けただろう。
が、今回はそうじゃなかった。
今の銃は、今のダイナマイトはオレや山本に対してじゃなかった。あいつの肌を直接傷付けることはなくギリギリのところへ。あいつを驚かせ何か反応を見ているかのようなそのやり方…全てはゆうに向けられたものだった。
「ボンゴレに入れるか迷ってたんだもん」
「もん!じゃねえっすよ!こいつビビって放心状態じゃないですか!」
まだそんな事をおっしゃってたのか。あの時のあの時点でそれはすっかり諦めていると思っていたのに。やっぱりあのバスケットゴールが落ちた事件のことを、それからこいつの身体能力を気にかけていたらしい。
「ハンカチ、サンキューな」
「…あ、うん」
リボーンさんはひらりと山本の肩の上に乗った。それから、オレの腕の中でまだ黙ったままのゆうに声をかける。…ハンカチ、とは。思わず怪訝そうな顔を浮かべたもののゆうもゆうでそれに何の疑問も持たず返事をしている様子を見ると前々から知り合いではあったらしい。
つまり、…リボーンさんもこの記憶に対しての違和感を持っていたということだろうか。それとな、と追加された言葉に嫌な予感がしたのはその時で、オレは思わずゆうを抱きしめる腕に力を込めた。
やめろ、と。
リボーンさんやめてくれ、と。
そう言いたかった。
出来ることならゆうの耳を塞いでしまいたい気にもなったがそれは叶わない。今からリボーンさんが発する言葉をゆうに聞かれたくなかった。それはきっとオレが、オレ達が思っていてもこいつに直接聞けない内容であることがすぐに分かったからだ。だがそう願ったところでヒットマンの行動が制限できるわけもない。
「お前にたくさん聞きたいことがあんだ。主にお前の事と、…それから記憶の事をな」
分かっている。
…分かっていた。
オレだってそこまでバカじゃねえ。こんな皆から記憶を喪失させるという不可解な出来事を起こせる人間がもしもゆうでなかったとしたところで結局こいつの近くにそういう人間がいたということだろ。つまり、こいつは――…ただの女じゃないわけで。
だけどこいつが巻き込まれていただけという可能性も勿論あった。そっちを信じてしまいたいと思ったのはただのオレの願いでしかない。
そいつを普通の人間でいさせてくれ、と。
オレの違和感を肯定しないでくれ、と。馬鹿馬鹿しいと思うか?オレが、ただ一人の女に対してそう願いながら縋るように抱きしめているなんてよ。
「……そうですね」
だけど、ゆうは否定しなかった。何のことだかとしらばっくれることはなかった。身体の震えはいつの間にか止まっている。だからといって空気が変わった訳でも何でもなく、やがて聞こえてくるのはゆうの静かな、落ち着いた声。
聞き慣れたその声が、別の人間のモノであるように聞こえたのはどうしてだろうか。下を向いていたばかりのゆうはようやく顔をあげる。顔は相変わらず青ざめたままだったが、その瞳はただただリボーンさんを見つめ、怯えはそこに含まれてはいなかった。こっちに銃を向けているリボーンさんに対して、だ。
「きっともう大丈夫ですしある程度はお話も…できると思います」
「…ママンのこともある、日曜の夜にでもツナの家に来い。家は後からツナに教われ」
「わかりました」
行くぞお前ら。
当然ながらその中にゆうは含まれて居なかった。オレはそれに従うしか他ない。
腕に込めていた力は自分が思っていたよりも力強いものだったらしく緊張が解けた今でも随分と力がかかってしまった。ようやく離れた手。ゆうの顔が間近にある。その瞳は相変わらず揺れる事もなく、ただ何かを秘めた、そんな強い意志さえ感じられた。
「隼人」小さく、オレの名前が呼ばれる。
オレだって今、どういうことか全く分かっていない状態で、リボーンさんがゆうに伝えたその言葉も言外に何か含まれているかさえ分かってもいない。敵か味方か。ボンゴレに害をなすものか、そうでないのか。
それだけ聞ければオレはこいつが何者だって構わないと、この不思議な出来事だって詳しく知る必要はないとさえ思えてしまう。全てはこいつが、押切ゆうだからだ。それ以上でもそれ以下でもない。だってこいつは、
「ありがとう」
――…『ありがとう』
それは、あの時のゆうの姿と重なった。
「保健室で君に出会えてから、ずっとお礼が言いたかった」
「……」
「私を、いつも助けてくれてありがとう」
ハッとした時にはゆうは立ち上がりオレ達を置いて屋上を走り去ってしまっていた。
…今、何をゆうは言った?保健室で。それはやはりオレが思っていた通りの事だったのだろうか。
『僕の名前はゆう。いつ覚める夢かわからないけれど、もしどうにもならなかったらよろしく』
あれは、やっぱり。
思わずゆうに触れていた手を凝視する。あの時の不思議な感覚は覚えている。
アレは間違いなくヒバリだった。あの目つき、あの殺意、それから声も、体格も。だというのに名乗った名前はゆうで、たしかにヒバリらしからぬ行動だとは思ってオレだってずっと考えることはなかったというのに。
あれが、ゆう。あれが…ゆうの、秘密の一端だとしたら。
「獄寺、お前あいつのこと知ってたのか」
「……いえ」
だけどオレはまだこの違和感を否定していたい。
例えあいつが宇宙人であっても、…例えボンゴレの敵に成り得る人間だったとしても。嘘をついていた目じゃなかった。騙していたという人間の瞳じゃなかった。
絶対は、有り得ない。
そんなオレの考えさえ覆すそれは理論ではなくオレが一番バカにしていた感情論。
ゆうはきっとオレを、オレ達を意図して騙そうとしたわけはないのだと。そういう女じゃなかったと。そう信じようとする自分のその根底にあるものの名前は、まだ気付きたくはなかった。
こすぱに!
「オレは分からないです」
せめて、全てが分かるだろう日曜日が来るまでは。
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