こすぱに!

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「ガハハ!やーいツナこっちまでおーいでー」
「いい加減にしろランボ!」

 今日ばかりはもう温厚といわれるオレだって我慢できなかった。
 ランボのそのどうやって伸ばし続けてきたか分からないモジャモジャ頭の中はすでに容量を大きくオーバーしているみたいで最近になると10年バズーカーの端っこが見え隠れしている。
 そもそもこれどうやって収納されているのか不思議ではあったけどもうツッコミなんてしないと決めてある。要はちょっと汚い四次元ポケット的な感じだろう。だけどこれじゃいつ他の人を巻き込むか分かったものじゃない。

 オレが恐れてるのは当然10年バズーカー。
 たまたま誰かに当たったとしたらと思うと恐ろしすぎてあんまり想像もしたくなかった。ランボ自身かイーピンぐらいしかまだ見たことはないけどオレの周りの人に当たったりしたら。
 例えば獄寺くんの10年後なんてきっとダイナマイト振り回すようなめちゃくちゃ凶悪そうな人に違いないし山本の10年後は…あ、どうなってるんだろう野球選手とかになってるのかな?なんてその辺りはサインもらおうかなとかちょっと興味は覚えたし、京子ちゃんの10年後なんてきっとモデル並に可愛いんだろうななんて思ったけどやっぱり皆に迷惑はかけてられない。
 こんな時にリボーンがいたら、なんて思うけど肝心のアイツは母さんの買い物について行ってる最中で今は家にオレと獄寺くんと山本しかいなかった。


「待てランボ!」

 というのに走って追いかけてもランボはなかなか捕まらない。
 足の長さはオレの方が…ってそりゃ子供と比べて悲しくなるけど間違いなく長いし、だけど俊敏さはランボの方が上だった。捕まえようとした瞬間鼻水飛ばしてくるなんて卑怯すぎるだろ!
 ついでにアッカンべぇ!なんて煽られている有様で、これにはオレの課題を手伝いにきてくれた獄寺くんにも火が付いてオレの家で何故か鬼ごっこが始まってしまった。山本に至っては「元気なのなー」なんて楽しそうにこっちを見ているばっかりで手伝ってくれそうにない。いざという時は山本にも頼ろう。こんな狭い台所で男3人がランボと追いかけっこなんて情けなさすぎる。


「てめえアホ牛が!10代目に何てことを…っ」
「キャー!」

 遊んでくれると勘違いしたままのランボは台所をどたばたと駆け回り、とうとう何も無い場所で蹴つまづくことで不毛な追いかけっこは終わりを見せたのだった。
 っておいおい今おもいっきり棚の端っこに頭ぶつけていた気がしたけど大丈夫なのかそれ。


「…うう」

 本人はそれより膝から血が出ていることが問題だったらしい。あーあーもう言わんこっちゃない。
 膝を折ってランボの前へしゃがみ込むと怪我を確認した。そんなに大きな傷じゃないけど血が止まらないのは厄介だ。このままばい菌が入っても困る。
 えっと、救急箱はどこだったかなー。
 怪我をすることは結構あっても最近は使うことのなかったそれを取り出そうと記憶を頼りに「絆創膏絆創膏」と近くにある棚を漁りながら呟いているとまさかのランボが涙と鼻水を垂らしながらあっ!と大きな声を出す。


「バンソーコーならランボさん持ってるんだもんね!」
「え」

 そしてランボはおもむろに自分の髪の毛の中に手を突っ込んだ。
 そのままその小さな手が手榴弾を取り出すとギョッとしたけどどうやらピンを引き抜かないと爆発しないものらしく投げ捨てられる前に取り上げて獄寺くんへ。コクリと大人しく頷くと獄寺くんもそれを机の上に慎重に並べる。次にお目当ての10年バズーカー、何かのゴミ、パズルのピース、鉛筆、オレの部屋にあっただろう漫画、…とにかく色々なものが出てきてそれを獄寺くんへ、そして机の上がいっぱいになったら山本にも手伝ってもらって椅子の上へ。

 あれでもない、これでもない、と自分から取り出すものの数々にたかだかランボの髪の毛なのにどれだけ入るんだよ!とさっきの決意も忘れツッコミを入れたくもなったけど四次元ポケットに底なんてないに違いない。
 そうだこのまま絆創膏が出てくるまでに全部を取り出させてこのままついでに風呂へ入れて髪を洗ってやれば万事解決だと思いながら最後に出てきたものを手に取った。が、


「…ランボ、こんな飴何で持ってんだ?」
「んー?」

 確かランボが好きなのはブドウとアメ玉だったはずだ。そういう自己紹介を聞いたことがあるしランボが泣き出した時は大体それで誤魔化していたから記憶にある。
 だというのに、ふと最後に受け取ったソレはあまりにもランボには不似合いなものだった。何で、こんな。誰かが好きだという話も聞いたことないし母さんがわざわざ買うものでもない。知らない人に餌付けでもされているんじゃと顔をしかめたその時、「ゆうだよー」と何でもなかったのような声が返ってくる。
 それが人の名前であると自分の頭が判断した後、ズキン、と何かに貫かれたような痛みが全身を襲った。


「っ!」
「ツナ!?」

 頭が、痛い。何かに刺激されるような。
 何かに、つつかれるような。

 突然の痛みに頭を押さえると山本が慌ててオレのところまで寄ってきて背中を擦ってくれた。
 違う、違うんだ。オレの体調が突然悪くなったわけじゃないんだ。今の、その、ランボの答えが。
 そういいたいのに頭の痛みはとれることはない。むしろそれは強くなっていくばかりで。いつもならオレのところに一番早く駆けつけてくれる獄寺くんはその単語に固まってしまって身動きをとることはなかった。

 そんなオレ達の様子に気付いているのか、いないのか。
 ようやく絆創膏を出してご機嫌そうな顔をしたランボはいつもの悪戯を思いついたような顔をしてオレの顔を覗き込む。


「あららのらー?ツナはゆうを知らないもんね?」
「…ゆう?」

 からからに渇いた、獄寺くんのその声。引っかかりを覚えたのはオレだけではないらしい。背中を擦ってくれていた山本の手もそこでピタリと止まる。
 そんな中、オレの後ろで爆弾がガシャリと音を立てて落ちた。幸いにも引火するものはなく、不発に終えたようだけど。痛む頭を押さえながら獄寺くんの方を振り向くと彼は無表情のままもう一度その単語を口にする。間違いなく、「ゆう」と。


「ランボさんのー子分でー愛人でーどっかいっちゃったんだもんねー」
「…押切、ゆう」



 突然入ってくる膨大な量の何か。画面。声。忘れていた何か。喪われていた何か。
 無言になったオレ達を不思議そうな顔でランボは見ていた。

 塩味の飴玉入りの袋が、オレの手の中でぐしゃりと音を立てる。

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