CoCoon
「解せぬ」
確かに私は昨夜みたいな寝方は困るとオブラートに包んで伝えたはずで、2人は私の訴えをカレーを食べながらきちんと聞いたうえで頷いてくれたはずだった。
もちろん私達には一つずつベットがある。一番新参者である私にすら用意されてありがたいと思ったもののそう言えばここへ来てからずっと私は1人で寝た試しがない。
昨夜から何が変わったというのか。いや、敢えて言うのであれば彼らの位置が変わっただけだ。昨日は上を向いて寝ていたわけで右にクローム、左にフランだった気がする。
今日は何となく横を向いて寝ようと思えば突然ギシリとベッドが軋んで何事かと思えば後ろに目の前にクロームがやってきた。柔らかい胸が顔に遠慮なく押し当てられて視界的にはとてつもなく美味しいけど、何で、どうして。
驚きに声を出さずにいると今度は後ろから気配がして、抵抗する間もなくフランもベッドへと入り込み私の背中に頬を摺り寄せながら腕を回してお腹のところに彼の両手があるという何ともクラスメイトが見れば発狂しそうな体勢にあった。
ガッチリホールド。身動きが完全に、取れそうにない。
「1人で寝させるという選択肢はなかったの…」
「今日は、特に駄目」
静かな声でクロームが返すと後ろからぎゅうとフランも抱き着いてきた。結構力強く内臓が押しつぶされそうな錯覚に囚われる。
何か返そうと思ったけどクロームの必死な顔を見て把握した。
…なるほど、そういうわけね。
「いつもごめんね」
「ううん、好きでやってるから」
「スイ、終わったらキスしてくださいー」
「…」
「クローム怖いから落ち着いて」
2人のある意味重すぎる愛を感じながらわたしは静かに目をつぶる。今日もきっと悪夢は来ない。
*
―――コポリ。
次に目を開くと私は水の中にいた。慌てふためくことは無い。コレは私を傷つけるものではないのはよく分かっている。
矛盾しているだろうけれど、水中でふぅと息を吸って、呼吸を整えた。それからゆっくりと力を開放する。
私たちにとって想像は力。想像し、それにそっと自分の持つ力を添えるだけ。
「イメージは湖。」
私は先に口にする癖がある。
本来は減点対象だろうけどこの水の中というのが厄介で、…というのも私が水は苦手だからだ。心の中でごめんなさい、と謝りながらその続きを創造する。
湖。
薄暗い水中には日が差し込み色とりどりの魚が力強く泳いでいる。私は青空の下に広がる陸へ上がり、その緑の草原に沢山敷き詰められた花を踏みしめることのないように、また足が汚れないようにその場に少し浮かび上がっている。近くの木々からは小鳥のさえずりが聞こえ、この世に私を害するものは1人として存在しない。そんな平和な世界。
近くには木で出来た小屋があり、きっとそこには大きなベッドが一つ。クロームとフランの2人がそこでくうくうと寝ているはずだ。もちろん、私が寝ているだろう真ん中を大きく開けて。
風は心地よく、彼らの睡眠を妨げるものだっていない。
そこまで考えてふぅ、と一息をつくと自分の創造に力が加わりただのイメージではなくそれはこの世界において本物に変わったことを感じた。
「…これは、なかなか」
「こんばんは、先生」
満足げな声が聞こえたと同時に世界は暗く染まり、私の想像した柔らかな雰囲気の中にある湖が一瞬で凍りついた。厚い氷で張られたその下は恐ろしい形をした水魚が餌を求め弱肉強食の世界を繰り広げている。
私の想像した草木はいつしか枯れ、蛇が私の足元に絡みつき、やがて近くに落ちている髑髏へと入り込み爛々と目を輝かせながら私を睨んでいる。
小鳥の声が聞こえなくなったと思えば目のところが漢数字で描かれた白い骨のようなものに覆われた鴉によって無残にも引き裂かれ死体や内臓は近くの木々につるし上げられ周りは一気に黒と赤が支配する阿鼻叫喚の図へとなっていた。
なかなか、どうして。
引き攣りながら視界を後方へ。次に崩されるであろうと考えていた小屋はやっぱり阿修羅のような男が大きな鉄の棒を持って振り回していたけれどそこの小屋だけはどうしても壊せないようで一心不乱に体当たりをしている。
「……先生、趣味、悪いって言われません?」
「クフフ、そうですかねえ?なかなかいい世界だと思いますが」
凍った湖の上にあるのは蓮の花。
禍々しい刺は刺さったら痛いだろうなあなんて考えながらずっと見ているとようやく先生が姿をその中から現した。
「少し見ない間に精錬された技ができるようになりましたね」
「…はい、一応少しは落ち着きましたから」
いい子いい子と頭を撫でられ何とも言えない気分になった。
ここは、夢の中であり精神世界。本来私ひとりで行けるようなところではないけれど、この人なら私1人を呼出し彼の世界へと繋ぐ事に何ら苦はないだろう。私の先生、……六道骸には。
久しぶりに見た先生は相変わらず美しく、さらりと流れた柔らかそうな髪の毛が揺れているのをぼんやりと見ていると先生はクフフ、と例の笑みを浮かべて私の顎を掴んだ。
「寂しかったですか?」
「いえ、全然」
あ、後ろの鴉が消えた。
そういう作戦ではなかったはずなのに、少なからず動揺したらしい。この世界においては心の強さがすべて。先生ほどの術士であってもそれは一緒だ。
「…」
「嘘ですちょっと寂しかったです」
私よりもいくつも歳上の先生はこう見えてなかなか寂しがりだ。何を考えているのかは分からないのは元々だったけど最近はそれが少しだけわかってきた。
ショックを受けた表情を浮かべたものだから慌ててことばを真反対に変更すると嬉しそうに私の頬を撫でるものだから何だかんだ彼はあの子達の師匠なんだなあと漠然と思う。弟子は師匠に似るのだ。良い意味でも、悪い意味でも。
「さて、再会の喜びはもっと身体で表現したいのですが時間はそんなにありません」
「…結構ですのでどうぞ修行をお願いします」
「…」
あ、氷がパリンと大きな音がして割れた。
…ああ、もう!どうして皆揃ってそんな顔をするのだろうか。クロームもフランも、それから今の先生もどこか捨てられた子犬のように見えてしまうのはどうしてなんだ。
仕方ない、とひとつ大きな溜息をつくと背伸びして先生の頬に軽く唇を押し付けた。極めて自然に腕を回され、身体を少し離されるとオッドアイが僅かに揺れている。
…おかしい。失敗だ。
クロームの時みたいにこれで機嫌が治ると思ったのにそんな様子は全く見られない。
「もう一度です」
「はい?」
「スイ、…もう1度」
いつの間にか寂しがり先生は何処かへ消え去り、気が付けば何やら違うスイッチが入ってしまったようだ。
ぐぐっと力を込めてもその腕の中から出る事は容易じゃない。
あ、これもしかしなくてもヤバいやつ。
楽しげに目を細められた先生の整った顔がそんな慌てている私なんて無視で次第に近付き、彼の吐息が肌で感じられるところまでやってきた時だった。
「師匠、抜け駆けはズルいですー」
「……骸様」
「おやおや」
先生の後ろにいつの間にか現れた2人が幻覚ではないということぐらい分かっているのだろう。私だって驚いた。小屋に寝ている幻覚のはずの彼らはいつの間にか本人に変わってしまったのだから。
これの為にきっと彼らは現実世界で私に引っ付いていたのだろうと思うと今はとっても心強い。
するりと腕から抜けて距離を置きこの世界でのみ使えるリングに炎を灯す。
何故か少し怒りを帯びながらやる気に満ち溢れた先生を見るのは久しぶりだけれど私だってそこそこやれるところを見て欲しい。
「…クフフ、良いでしょう。3人纏めてかかってきなさい」
あ、やばい先生これ本気モードじゃない?横でフランがごくりと生唾を飲んだ。
え、これ大丈夫?クロームもやや呆れ半分、それでいて本気の様子に私も力を解放すべく構えた。
……私たち現実世界に戻れるだろうか。ああどうか3人とも無事五体満足で帰れますように!
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