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力を放った後にやってくるのは言い表しようのない倦怠感。腕の中の彼女は使い切ったらしい、精神世界では見たことのないその疲弊ぶりに思わず不安にもなったが今は此処でゆっくりとしている場合ではない。
ディヴィーノの気配は最早見当たらない。恐らくはスイの創り出したキメラによって食され、その生命を終えたのだろう。――…とうとう彼女は非人道的な人間だったとはいえ人を殺めてしまった。これで本当に彼女は所属だけではなく裏の世界の一歩を、歩んでしまったのだ。否、元々ディヴィーノに所属していたその時から逃れられぬものだったのかもしれない。

「スイ、大丈夫ですか?」
「…はい……何とか」

弱々しく己の服の裾を掴む彼女は先ほどとは打って変わった様子であった。激高した彼女もなかなか見ものであったが放たれた力は凄まじく、これはやはり将来が期待出来よう。
変えられてしまった体質はもう元に戻ることはない。
これからも彼女はその香りで霧属性の人間を引き寄せ続けることになるだろう。まだ何処かに潜んでいるディヴィーノに見つかるかもしれない。しかしこれからは違う。彼女はもう十分に戦っていく力を身につけている。暴走も減っていくだろうし、自分よりも、クロームやフランよりも恐らく強い力となるに違いない。

ほぅ、とスイが漸く深く息をつく。
終わったことが未だに実感出来ていないのかまだまだ身体も表情も固まっている。極限までに高められた闘志、そして精神。随分と荒々しくデメリットだらけの修練だったが彼女にとって今日の出来事は確実に力となっていくことだろう。それが少しだけ、残念ではあるのだが。

「…先生、もう私、大丈夫ですよ」

離れようとするスイを逃しはせず、骸はその細い首筋を指で撫ぜる。ここは有幻覚と幻覚。彼女の力で成り立っている場所である。しかし自分もスイも正真正銘本物であり、その首に散らされた噛み痕や鬱血痕もまた、本物であった。

こんな時にと思うだろうか。

否、こんな時だからこそだろう。邪魔者は消え去った。目の前に愛しい女が居るというのに、他の男の所有の証など許してはいられない。

「先生?」

困ったような顔も、何ともそそられる。
今まではこんな事をしてみれば危険なキメラがどこからともなく現れていたというのに今はそんな様子さえ見えない。それは彼女が今は危険ではないと認識しているからだ。骸は絶対に自分に危険な目を合わせないという信頼。そして、ほんの少しの慣れ。
もっとも、もう少し慣れてもらわなければ色々と今後も困るのだが…痕を指でなぞり早く消えないものかと見ていたがどうにも全てはディヴィーノの執着からきたもので深く強く刻まれており暫くは消えそうにない。

彼女はその自分自身の芳香も、それから魅力にも気が付いてはいないのだろう。何とも危なっかしく、目の離せないことだろうか。

「修練でない時は骸、と」
「…骸さん」

頬に手をかけ、視線を合わせるように見上げさせる。こんな状態でも何も分かってはいないこの様子はきっとまだまだ時間を要するのだろう。
しかし今日ぐらいは、今ぐらいは。
そう思ったところは確かにある。このような状態で何も思わぬ程骸もまだ衰えてはいない。寧ろ想いが通じた瞬間に引き剥がされた事によりより一層と言ったところだった。こつりと額を合わせかかる吐息の熱さ、触れあう鼻。突然のことに驚きながらぎゅっと目を瞑る彼女の何と可愛らしいことか。

「わー師匠ハレンチですー」
「…骸様」

邪魔者さえ入らなければ何とも楽しい時間となるに違いなかったのに彼らに遠慮というものはまったくもって感じられない。
暫くの間ずっと彼女の身を案じていたのだからそれぐらいは当然なのかもしれないがそれでも骸はもう少し空気を読みなさいと文句の一つでも言いたくはなる。
残念ながら背後から感じられる殺意は本物で、ちらりとそちらに視線を遣りながら骸は仕方ないとばかりに盛大にため息をつく。

気が付けば周りの世界はまた変化を遂げていた。
先ほどまでのおどろおどろしい風景ではなく此処は黒曜高校の体育館だろうか。元凶であるあの男が消えたことにより創造した世界の維持が出来なくなったのだろう。
ようやく、終わったのだ。
間もなくディヴィーノによって広められた、霧の炎の人間を誘致する香りも薄れゆくことだろう。もちろんこうやって近くにいるのならば変わりなく誘惑されてしまうのだけれど。
彼女にようやく平穏が訪れるのだ。

「「あ」」

しかしただで終わらないというのがお約束。
重なるフランとクロームの声にまだ何かやり残した事があっただろうかと彼らの視線を振り向けばそこに立ち並ぶのは何処かで見たようなキメラの数々。グルルと呻りながら睨んでいるのは間違いなく骸に対して。
何故、今彼らが現れたのか。その原因は自分の腕の中にいる桐島スイにあった。

「スイ?…おやおや、気を失って」

誰のせいなんだかと背後から突っ込まれたような気もするがそれはそれ。
力を使い切った故の疲弊なのか、恥ずかしさから意識を飛ばしてしまったのかは分からなかったが取り敢えずは聞いていない振りを決行する。
顔を赤らめたまま気絶している彼女の白い額に口付ければ一層沸き立つ殺意は心地良く、この一連の流れから自分達の関係が変化したことを感じ取ったクロームから感じられる感情は一段と激しい。

何はともあれ彼女が気を失ったことにより現れてしまったキメラは彼女を起こし自分で解除させるか自分達が彼らの相手をして壊してしまうしか方法はない。
随分と久しぶりであったが確かにこれらは彼女が黒曜に来てからの自分達の作業であった。

――…つまり、彼女は黒曜に来てから何の進展も進歩もありませんでしたと堂々と依頼主であるアルコバレーノに報告することが出来るというわけで。

「クフフ、こんな様子ではまだまだ帰せませんねえ」
「だめ。スイはまだ、黒曜にいるの」
「ミーも賛成ですー」

疲れきった彼女を起こすような選択肢は端から用意してはいない。ならばと目を向け対峙するキメラは15体。どれもがご丁寧にも人を喰い殺すのに特化したような牙や爪、それから大きな目玉を持っておりこれらも一段とパワーアップしているような気もしないでもない。

やはり起こした方がいいのかもしれない。

そう思ってしまうのも仕方ないほどにあちら側は至って元気に臨戦モードであった。
ひくりと頬を引き攣らせたのは恐らく骸だけではないだろう。だけどこの暴走だって今後を考えれば愛おしいものだ。
もっとも彼らを愛せるかと聞かれればそれはスイの出した創造物であったっとしてもお断り物件でしかないのだが。

「…この様子をアルコバレーノに見せましょうか」

そして何も変わっていないので延長しますと。何なら彼女を貰っていきますと。

後ろで2人の術士が珍しくも骸の提案に対し力強く頷いているのを確認しこれで自分達に敵う者などいやしないと笑みを乗せる。意向さえ合えば正直誰であっても負ける気だってしない。否、フルパワーのスイには押し潰されるかもしれないがそれはその時、きっと彼女もこの自分たちの決定に嫌な顔はしないだろう。

「いきます!」

三叉槍を振り回しキメラを確実に屠るクロームと、懲りもせず自身の囮となるムクロ人形第489号を創り出すフランと。彼らは誰に似たのか自分の欲望のためにであれば先ほどの疲弊など物ともしない。力とは思いの強さ。それが欲望に塗れていたとしても変わりはしないのだから。
もちろん、それは骸だって同じである。
彼らの後ろで自身も残り僅かの体力と力を確認し彼女を離しはしまいと力を込めながら、それでいて空いた方の手で三叉槍に創造の力を込める。愛おしい彼女に休息を与える為に。その場所とは当然イタリアでもなければディヴィーノの巣窟などではなく。

「では、帰りましょう。僕達の家へ」

そうして骸はまた普段通りの日常に戻るべく楽しげに力を振るうのだ。


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end


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