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生まれてから全ての記憶を失ってしまっているわけじゃない。
お師匠様にお願いし、封じてしまったのはあくまでも当時の自分が一番恐れ、力の暴走の発端となってしまう一部分だけだ。全てを忘れてしまい真っ白な状態から始めることも選択肢の一つにはあったけどそれを選ぶと今度は記憶を失った自分が何も知らない事に怯え、使い方も知らないままこれも暴走してしまう事になる。

親の記憶は、ある。
いつも相手にはしてもらえなかったけどそれでもほんの少しの休みの時間になれば外に出ることはなかったものの共に過ごしていた事も覚えている。大して苦痛だと思わなかったのはそれが生まれた時からの私の世界であり、それが当然であると思っていたからだ。他の子どもとだって仲良くできた。

白衣を着た両親以外の大人は怖かったけど、それでも何かされるわけでもなく、時々身体の測定をされたぐらいで暴力を受けたりだとかそういうことは一切なかった。その理由は今となって、あのファミリーから離れお師匠様に教わることによって理解した。

体内に流れる属性は遺伝する。

いずれ結婚し子を成すのであればその子は両親の持つ属性を有することになる。大空属性は滅多にないとしても地球上の殆ど人間が何かしらの属性を持っている。
単一属性になることは奇跡に近い、というのは親が複属性を持っている以上絶対に有り得ない事であり、例えメインになる属性が1つだったとしてもその他の属性も微々たる量であれ体内を巡っていることになる筈だからだ。
そしてそれら複属性を身体の中に持った子どもが、7つの属性のうちどういうバランスで結局表面上に出てくる属性がどれになるかというのは正直、生まれてみなければ分からない。技術はそこまで進んではいない。

そんな中で私が全くの複属性を持たず霧属性のみを持っている事に関しては…ただの偶然だと思いたかったけどディヴィーノに所属している以上、恐らく自分に何らかの実験が為された結果なのだとは思っている。
だけどそれを悔やむことも恐れることも何もなかったのは私には何の痛みも苦しみもなかったから、それだけだ。私が私としている限り、他の子と違って良い結果を残さなかったとしても生きているというそれだけで過大すぎる評価がされていた。

『スイはすごいねえ』

親がその度褒め称えられることは寧ろ喜ばしいことだと幼いながらに思っていた。
普段から恐ろしい表情浮かべていた彼らが手放しで自慢するほど、それだけ生存率の低い何かが私にあった。
それぐらいは私にだってわかってはいるけどだからと言って私に出来る事と言えば親の為、ディヴィーノの為、それから自分の為に生き続けること、それだけだったのだから。

「落ち着きましたか、スイ」
「…はい」

泣き疲れたという事もあり気が付けばもう昼だった。頭が痛いのは寝すぎた所為だろう。すっかり登校時間も過ぎていてぼんやりとしていると骸さんが飲み物を持って入ってきた。
どうぞ、とテーブルへと置かれるカップへと手を伸ばし中に入っていた甘いチョコレートドリンクを口に含む。どうやら最近の骸さんのお気に入りの店のものを買ってきてくれたらしいとわかったのは先日いただいたケーキと同じ店名の描かれていた袋が横目に見えたからだ。ごくりと嚥下。甘い甘いそれは喉に絡まることもなくゆっくりと私の中へ入っていく。

「…美味しい」
「それは良かった。では今度、僕と一緒に行きましょう」

聞かなければならないことは沢山あった。
クロームが先に知っていたあの事、私の体質に関しては恐らく骸さんやフランにも伝えられたことだろう。私は沢山の事を黙ってここにやって来た。追い出される事だって覚悟をしている。その決定を、私の今後を決めるのはここの主である骸さんであり誰であってもそれを覆すことは出来ないだろう。
わかっているからこそ、その約束に含まれた真意を理解できない。だからこそ頷く事が出来なかった。彼の一言で私の今後は容易く左右されるのだから。
この甘い飲み物でほんの少し身体の緊張が解けた。ゆっくりと飲み干すとテーブルの上に空のカップを置き、これからの判断を仰ぐべく彼を見上げる。

「…クロームに先を越されましたが」

隣に座った骸さんは私と同じものを同じ早さで飲み干すと、私の頭を撫ぜた。
そういえば彼と2人になるのは随分と久しぶりであるような気がする。…私が、避けていたから。恭弥さんと並盛で会い、帰りの車内で骸さんに抱きしめられてから。
これから大事な話をしなければならないというのに私の身体はどうにも素直にできているらしく、顔が赤くなっているのはもう隠しようがなかった。穏やかな表情を浮かべ骸さんはそのまま言葉を紡ぐ。

「君が決めるといい」
「…え」
「スイ、君が帰りたいと言うのであればアルコバレーノに連絡し迎えに来させます。僕達を、霧属性の人間を怖がるのであれば…あまりお勧めはしませんが本部に住まわせ修練の時に僕達が出向くことも可能です」

突然提示された選択肢に思わず目が点になる。
ここで私に強制的に帰れという内容のものがなかったということに。この状況を厭い帰りたいなら帰ればいいと、私のこの体質で自分の身の危険を感じるようであれば本部へ行けばいいと。骸さんが本部へ足を運ぶ事を相当嫌がっている事は前回の件で知っている。それでも尚。
――…それでも、全てが私を思っての選択肢であることに戸惑いを隠せなかった。

「私が、…この体質が、気持ち悪くないんですか」
「クフフ、この程度の香りに僕達が負けるとでも?」

近寄れば近寄るだけ、霧の属性が強い人であればあるほどその人達の理性を飛ばしてしまう特殊な体質であるとお師匠様に教えてもらった。
クロームもフランもずっと抱きついて、大事にしてくれているのはその所為だと思っていた。

そうじゃないと、昨夜ようやく知った。
私の体質を知っても尚、怖がらず気持ち悪いと詰られることもなく接せられる理由が私には今ひとつ、分からなかった。それが怖くて、恐ろしくて…だけど聞くことは出来なかったのは私が臆病だからだ。

「スイを大事にしているのはあのアルコバレーノだけではないということです」

驚きがある一定のところまでくると何の反応も出来ないのだと身をもって体験することになった。
会ったばかりの、此処へ来て半年程度の私がそうも大事にされる理由が。そんな、説明の出来ない気持ちで片付けられてしまう。そんな事があって、いいのかと。

「骸さん」
「は、」

また涙が出そうになり、どうにもいけないなと思ってもこればかりはどうしようもない。
骸さんの肩に自分の額を押し付けると彼の身体が僅かに強張ったような気がしたけど拒絶はされなかった。やがて私の背中に腕が回ってくることだって分かっていたのだから私は狡い。甘えてばかりの自分は、とても、狡い。
だけど縋ってしまいたくなるほどにこの人の身体は、心は、手はどうしてこうも温かい。

「此処に、居たいんです」
「スイ」

以前の骸さんの言葉を返すようじゃない。だけど、

「私、此処に、…皆の、骸さんの側に、」

彼に言われたように守られたい訳じゃない。
私だって皆に負けないぐらい強くなって、力を得て。修練を、此処に来た目的を忘れている訳じゃない。
だけど、…骸さんの側に居たいと思ったのは彼と初めて会った時から囚われていたからだろう。あの美しい瞳に。その柔らかい物腰に。

私にそんな権利なんて無いと何度戒めたことだろう。思い上がるのも甚だしいと何度叱咤した事だろう。
だけど心は、嘘をつけなかった。気付かない振りなんて出来るはずはなかった。

だって分かってしまったから。

「――…誰にも、渡しません」

強く掻き抱かれるその腕は、耳元で呟かれるその声は決して私の体質にまやかされているものではないと。
ああどうかこれが夢でありませんように。これが幻術ではありませんようにと祈ることは術士として失格でしょうか。

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