CoCoon | ナノ
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「っつかれた…」

バフンと布団に身体を預けて目を瞑る。
ここ最近充実した毎日を送っているおかげでいつもと同じ時間にはウトウトと眠くなってしまうのは良いことだと我ながら思った。術士の修練は正直言って、とても楽しい。知らないことを覚えていくのは面白いし今まで何となくやってきた事が順序立てて説明が加えられ理解出来たと思ったらもっともっと楽しくなってくる。それ以外にも千種さんに言われた通り身体も少し鍛え始めた事で、筋肉痛というものになったりと身体がビックリしている状態になっていることだって、それすら面白くて仕方がない。

ごろりと寝返りを打って天井を向いた。
晩御飯を終え、皆の集まる部屋から1人、2人と消えていき骸さんと2人きりになったところで気まずくなり私もささっと出てきてしまった。

『僕が君を守ります』

…例の、あの日のことを思い出すと自分も彼の背中に腕を回したことがとても恥ずかしくなってしまう。あれ以来、骸さんと顔を合わせる事が出来ないだなんて彼に聞かれたらきっと笑われてしまうだろうし、子供扱いされてしまうだろう。彼みたいな大人にはきっとクロームのような素敵な女性が似合うわけであって、私はただお師匠様の頼みで受け入れてくれた厄介な暴走癖を持つ術士の卵でしかない。
自惚れちゃならない。
この黒曜にいる人達はとても優しい。きっと私以外のどんな人間がやってきたとしても私のような待遇を受けるに違いないのだから。

ふぅ、と息をつき手のひらを天井に向ける。
今日やった事のおさらいでもしておかなくちゃ、私はまた、彼へ抱いているちょっとした…言葉にしてしまえば、認めてしまえば大きくなってしまいそうなその小さな恋心で張り裂けそうな気持ちになってしまいそうだった。
私はいつ、お師匠様のところへ帰るのだろう。戻りたい気持ちは当然ある。お師匠様のところこそ本来の私の居場所。だからこそ、居心地のいいこの場所からの帰還命令に対して何も感じない間に、否…傷が浅いうちに帰ってしまいたい気持ちも、あるのだ。

『いきますよースイ』
『おねがいします!』

感知の修練はクロームに、そしてフランからは創造と、抑止を習うことになっている。クロームの時は若干実践も入ったけどフランのやり方はどんなものなのだろうと思うと朝から少し楽しみだった。
何しろお師匠様が生きていなかったらしい別の未来というところではフランは何とヴァリアーに所属していて、しかもお師匠様の後釜だったのだ。となるととんでもない強さであったに違いないしその未来では骸さんも復讐者の牢獄に10年もの間閉じ込められていたらしいのだけど彼の脱獄のために幻術を行使し復讐者をも騙したという話を聞いた。私はまだ彼らと会ったことはないけれどとんでもなく強く、そしてお師匠様ですら復讐者を騙せるかどうかは断言しなかったのだからそう考えればフランの力は尋常ではないということになる。

となればヴァリアーの方々はその代わりに入った私に対してフラン並の力を持つことを要求しているわけだけどそれができるかと聞かれれば答えはNOだった。できる、できないの問題じゃない。暴走せずにその場にいられないからだ。
今なら少し成長した、と言いたいけれどその自信も彼らを目の前にするとまたきっと揺らいでしまいそうな気がした。どれぐらい自信があるか、と言われればヴァリアーの廊下をほんの少しだけ走れるぐらいだろうし、ベルさんに話しかけられても泣かない気がする…なんて悲しきかなそんなレベル。

『創造するなら知識を最優先。ということでミーと一緒にお勉強しましょうかー』

今日は何というか、本当に授業で終えた気がする。
確かに術士として必要なことは冷静な心、そして膨大な知識だ。

例えば一人の術士が同じ属性の炎を同じだけ注入した同じリングで、という全くの同条件下で2匹のライオンを作り出すとする。その際、「何だかよくわからないけれど強いライオン」より「尖った爪で皮膚を切り裂き牙を剥き、血肉を啜るライオン」の2つを創造した場合圧倒的に強く出来上がるのは後者の方だ。
つまり創造したとしてもそれがあまり具体的でなかった場合その出来上がったものは力をどれだけ注いだとしてもとても曖昧で、弱い。なのでそれを強固なものにするのであれば知識が必要というわけだった。縦×横の二次元的な薄っぺらいものではなく、そこから×奥行きの三次元の知識。
さらにそれがどう動くのか、性質は何なのか、弱点は何で、それを補うために何か別のものを作り出したりそこを補強したりするのも自分が創造しなくちゃならない。

『まず創造するには当然のことながら知識が必要になってきますー』

そうしてフランの手からふわりと現れたのは小さな私。きょとんとしたその顔はまさに今私が浮かべているような表情に似ている。
それからふわぁ、と小さく欠伸をした小さな私はフランの手の中でごろりと横になったかと思うとフランの手のひらですやすやと眠ってしまった。

『これはミーがスイをずっと見ていた観察の成果ですー。本当は等身大でも出来ますけどー…まあこれって意外と力も使いますし取り敢えずスイはもう少し”生きたモノ”を研究していきましょうかー』
『フラン、分かったからその子の服装をこの前のバスタオル姿に変えるのはやめてね』
『……はーい』


――…なんて事があった所為で、私の修練の一つに動物や人間をもっと観察する、という具体的なものが加わった。

フランの教え方は最もだ。知らなければ創造の仕様がない。
例えば私がクロームを創造して目の前で作り出そうとしてもどうしても二次元的な、奥行きのないペラペラとしたものが出来上がってしまうような気がする。…流石に、人間を創造するなんて思っても見なかったけれど。でもこの前お風呂でクロームの全裸どころか色んな場所を間近で見たから今なら結構生々しいものが作れるかもしれない。ちょっと流石に全裸の彼女を創造するのは変態すぎるのでいつもの服を着せて、と。

「…」

上に向けたままの手のひらに力を込める。
術士の力は想像で創造。頭の中で思い浮かべるのは彼女の髪色、吐息、丸くて大きな瞳。ほんの少し赤く染まる頬。細い指。それから、

「っひゃっ!」

考えにふけっていたその最中、手が暖かいものに包み込まれベッドに縫い付けられたのはその時だった。

「こんばんはー」

折角練っていたものが一気に吹っ飛び、だけどすぐに視界に映ったエメラルドグリーンにホッと息をつく。

気が付けば私の上に、フランの姿があった。
いつもの格好ではなく眠る前の、真っ黒の寝間着。そうかフランの姿が無かったと思ったらお風呂に入っていたのか。彼とクロームの前では緊張もしなくなったというのもあり少し驚かされたぐらいではキメラを出すことも随分と減ったおかげで今も何もなかったことに安堵する。
これもきっと、お師匠様が見たら褒めてくれるかもしれない。

「いくら何でも戸締まりしないのは不用心すぎますよー」
「あれ、そうだっけ」

ドアも開けっ放しだったのだろう。流石に考え事をしていたとしても誰かがドアを開けた音ぐらいは気がつく筈なのだから。
この黒曜ランド内は安全だという安心感からか少しだけ不用心であることは否めない。「ごめんね」と小さく謝るとフランは私の手を離し布団の中に入ってきてもぞもぞと私へとぴったりくっついた。お風呂上がりの彼は皆と同じシャンプーの匂いがする。
生きた毛布が私を包み込む。確かにホカホカと温かいけれど…もしかして、これって。

「…フラン?」
「一緒に寝に来たんです」

悪戯っ子のような声が横からかかる。完全にホールド。ぎゅっとくっつかれてしまうともう身動きも取れることがなく、私も考える事を放棄する。

最近ではクロームも自分の部屋で寝るようになったから誰かがこの部屋に来るのは随分と久しぶりな気がした。そもそも彼らが一緒に寝てくれていたのは私が骸さんとの精神世界での修練中に肉体が何らかの不調が起きた場合叩き起こしてくれる用であったり精神世界に一緒に侵入する為だった…っていうのがクロームから聞いていたっけ。
確かに最後にやった修練ではそのお影で助かったところもあるし私、クローム、フランの3人で戦うことは骸さん1人にボロボロにやられたもののなかなかいい経験だった。次に彼と精神世界で戦う機会があるなら、あれから鍛えた分の成果も是非見てもらいたい。

「さっきは何をしようとしたんですかー?」
「クロームを…ちょっと、創造してみようと思って」

昼間のフランが言っていた通り、人間を創造するということは力を必要とすることが分かった。簡単なものを適当にポンッと出すだけとは全く違う。
骸さんによって引きずり込まれる精神世界では少し創造しただけで安易にそれが実現できるように設定されているけれどこの世界は皆に平等だ。それにいざ彼女を創造しようにも部分部分でここはどうだったっけ?と思うところが幾つかあった。もう少しクロームを観察するしかない。フランにはとてもいい試練を与えられたと改めて思う。

「ミーの事は創造してくれないんですかー?」
「…え」

後ろから抱きついていたフランの声色がほんの少し変わった、ような気がした。ちょっとだけ低くなったような…眠いから、なのだろうか。

「!」

ぐるりと視界が反転したのはその時で、隣の壁を見ていたはずの私はいつの間にかフランに肩を捕まれ目の前に彼の顔がある状態だった。
近いその距離に慌てて後ろに下がろうとしてもすぐ背中のところには壁があって下がりようもなく、私の足の間にフランの足が入り込んでいて身動きがとれなくなっている。
この、様子は少しだけ身に覚えがある。前に皆でお風呂に入りにいったあのクロームの時と、ほんの少しだけ似ている気がする。逃げないと、と思っているのに既に逃げ場なんてものはとっくに撤去されていた。フラン、と呼んだその声は掠れてしまって聞こえたかどうか自信はない。ただ、間近にある彼の瞳に吸い込まれてしまいそうな、そんな変な感覚に陥る。

「ミーの事、ちゃんと見てください」

そう言うとフランは私の手を取り、自分の頭へと誘導した。
柔らかいそのエメラルドグリーンの指通りを確かめると少しだけ降りて、温かな彼の頬へ。何でこんなことになったのかわからないけど創造する為に必要なのがこの観察ということ、なのだろうか。
困った事に修練の一環なのかもしれないと思ってしまうと今度こそ抵抗する事もできなくなってしまって、フランの手に誘導されるがままに彼の瞼、鼻、唇へ。
どこもかしこも柔らかく、そして日本では滅多に見られることのないその色彩。一発で頭に叩き込まなければという気持ちに駆られ私はフランの顔をゆっくりと、撫でた。

「…スイ」

私が撫でたのと全く同じスピード、強さで私の顔をフランの手が這った。が、彼の頬で止まった私の手とは違いフランの大きな手はゆっくりと、そのまま下へと降りていく。
ビクリと身体を震わせるとフランは楽しげに口元を緩めながら「真似してください」と私へ告げる。
それは命令なんかではない。くすぐったさに身をよじりながら私もフランの言う通り、自分の指を彼の顎、そのまま喉仏、首筋、鎖骨へ。くるり、とその場で指が弧を描く。思わず声が漏れたけどフランは笑うどころか同じようにするように促し、もう声が出ないよう唇を噛みながらそれを真似た。
途中から自分が何をしているのか分からなくなりつつも、それでも彼と同じように触れていく。気が付けば彼の心臓の音を手のひらで感じ、そのままさらに下へ。

「…っ、ん」

心臓が壊れてしまうのではないかと錯覚してしまいそうなほどの勢いで鳴っていた。完全に自分の許容範囲を超えたその行動は未だに意図も掴めず、だけど止められる様子は全くもって見当たらない。
腰まで降りてきたその手がようやく止まって安堵したのは一瞬だけだった。ごそごそと探っているかと思えばいつの間にかひんやりとしたその手が私の肌を這い始めるとハッとして服の上からフランの手を止めようとするも空いた片手が私の両手を拘束し上へ上へと上がっていく。その触り方は先程の、例えば私の実体が此処にちゃんとあるだろうかと思われるようなしっかりと確認するようなソレではなく何と言えばいいのだろうか、撫ぜるような。擽らせる為のような。

「…フラン、も、やめよう?」
「スイ、」

ゾワゾワとするその感覚にもう、頭がいっぱいいっぱいだった。この先は、怖い。フランがフランじゃないような、そんな気にもなって見上げると彼の目はいつもと違うことに気付く。クロームがお風呂の時に見せたそれに近い。
泣きそうになりながら彼へ懇願する。暫く黙ったかと思うとフランはズイッとこちらへ近寄り、額に口付けた。それから片方の手はまだ私の服の中にいれたまま、もう片方の手は私の頬に置く。息が浅いのは私だけじゃなかった。そしてフランも、彼の心臓の鼓動は、早かった。「スイ」ともう一度私を呼ぶ声はどこか、焦っているようなそんな雰囲気でもあって。
ゴクリ、と息を呑んだのはどちらの方か。肌を這う手は止まっているものの少しでも動けば身体が反応してしまう。

「ミーと気持ちいい事しません?」

駄目だ逃げられない。この状態から逃れられる方法なんて私は知らない。
ただでさえ近いフランの顔。それがゆっくりと近付いてきて、

ああもう、飲まれてしま、いそ――…

「させる訳ないでしょう」

ガバッと布団が取り上げられひんやりとした冷気が私達を襲う。ハッと我に返ると自分でも驚きの速さでベッドから起き上がって壁へ背中を預けた。
そこで新たに私の視界に入った人は、

「…むく、ろさん」
「大丈夫でしたか、スイ。危うくこの愚弟子に食べられるところでしたね」

どうしてだろうか、少しだけその声に刺々しさが含まれているような気がしたのは。
布団を引剥してポイッと私の膝の上へと投げかけると骸さんは私にこれ以上視線を遣ることはなくフランへと向く。それに対し何の返事も反応も出来ず骸さんの行動を見ていれば私の近くで変わらず横になっているフランが口を尖らせていた。

「師匠ー良いところだったのにー」
「黙りなさいおチビ。お前は今からクロームからお説教です」
「ゲロゲロー」

…一体、何だったっていうのだろう。
フランの首根っこを掴んだ骸さんは部屋から出る瞬間、僅かに眉根に皺を寄せちらりと私を見たかと思うとすぐにいつもの笑みを浮かべ「おやすみなさい」と述べた後、私の返答を聞くことなく扉がしっかりと施錠されたのだった。

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