CoCoon | ナノ
oCoon


「見ましたー?師匠の髪の毛溶けてましたねー」
「…うう」
「あれは骸さまが悪いから…」

スイの着替えを覗くなんて最低ですー、なんてフランがフォローしてくれてはいるけど言ってもらえればもらえるほどに私は先生に何てことをしたのかと少しだけ後悔をしていた。部屋に鍵なんてついていないけど紙か何かで貼っておけばこんな自体にはならなかった。
着替え自体を見られたことにショックはあるけどそれ以上に先生が動揺してしまったらしい。
結局私が咄嗟に出してしまった幻術をすぐに解除することは出来ず、後からやってきたクロームがすぐに現状を把握してそれを解除、そして先生はクロームに呼び出され長時間の説教タイムといった有様だった。

「…先生禿げたらどうしよう、まだ若いのに」
「エロい奴は禿げないと言いますし平気ですよー」

ポンポン、とフランは私の頭を軽く叩いた。
確かに艶のある綺麗な髪はなかなか禿げそうにはないだろうとは思うけどどうやら私の呼び出す幻術は先生の戦闘スキルである六道輪廻、第3の畜生道で召喚する生物並に殺傷力があるらしい。
直接的な毒ではないにしろ、この世界でキメラに食べられれば精神世界での特訓とは違って当然死ぬ。

先生であれば昔のクロームの内臓を補うように死滅した頭皮を幻術で構築するのは容易い。容易いけど先生ほどの術士が他者の内臓を補う為に使うのか自分の髪の毛を盛る為に使うのかでは随分と差があるし、
恐らく私はともかくフランやクロームぐらいの力を持つ術士なら何処に幻術を用いているかすぐに分かってしまうだろう。術者と同レベル以上の力を持つ人間には術はほとんど効果は無いのだ。
私も前に1度だけ、ふくよかな女術士が大層スレンダーに見えるような幻術を己にかけているのを見たことがあるけど二重にブレて見えていたしフランが悪戯でその幻術を解いた暁には絶叫が響いたものだ。それを先生に当て嵌めようと一瞬考えたけど笑いそうになったから止めておいた。

「けど、最近は暴走も減りましたねー」
「…うん、最初は挨拶する度に暴走してたし」
「あの時はお世話になりました…」

黒曜へやって来て早半年。
お師匠様は今、お師匠様自身に掛けられた呪いについて調べているらしく私とはあまり連絡が取れていないけれどヴァリアーに行った時に面倒を見てくれていた時にお世話になったベルさんがお師匠様の忙しそうな映像や写真を送ってくれるからあまり寂しくはなかった。
ヴァリアーに行った時は本当にひどくて、殺気に充てられては気絶して暴走させたり、ベルさんが暴走しているのを見て私も一緒に暴走させたり、最後の方になればそこの角を曲がれば誰かと当たってしまうんじゃ…なんて思う度に廊下にキメラが闊歩するようになったりと今となったら申し訳ないことの数々を彼らにしてきた気がする。
いつか完全にコントロールできるようになればまた挨拶でもしに行きたいと思う。スクアーロさんには相当嫌われていたとしても、だ。

「けどやっぱりミーとしては少し寂しいですー」

それに比べると最近は気絶もしなくなったり、少し驚いたぐらいじゃ幻術を暴走させることもなくなった。
それもこれも、クロームとフランの激しすぎる毎日のスキンシップで私が急激に人に慣れ始めたということもあるし、私が感情を一定にできるよう配慮してくれているからだという事は当然わかっていて本当にありがたいことだった。
特にフランは私が起きてから、学校、寝るまでのほとんどずっと一緒にいてくれるし学校の中で緊張しようものなら彼がいつの間にか側にいて、私の手を握ってくれる。

フランが一緒にいてくれる安心感は半端ではなく、他の女子からの視線にも耐えられるようになったしたまには少し緊張もするけれど何かあればフランがすぐに察して宥めてくれたり暴走してもいいように人気のないところに連れていってくれたり。お世話になりっぱなしだったけどそのお陰で近頃はとんと減った。
減ったけど、その代わり先生の前では精神世界での修行をし過ぎた所為か彼に対してのみ遠慮をしなくなってしまった。少し油断しただけで暴走とまではいかないけど何かが産み落とされ先生を襲うという大惨事。海外から戻ってきていてもそれはどうやら変わらなかったらしい。
意識下のことだから仕方ないよとクロームは言うけれどこれもいつか治さなければならない。

「…あ、」
「?どうし、」

精神世界の話で思い出した。
エメラルドグリーンの髪の毛を掻き分けて、フランの額に唇を押し付ける。突然日本に帰ってきた先生のことですっかり忘れてはいたけど、寝る前に終わればキスをするっていう約束をしていたんだっけ。クロームも一緒に助けてくれたし約束は守らなければ。
珍しくフランが顔を赤くして固まっているけれどそれ以上にクロームからの熱烈な視線が送られてきていることに気付きクロームの額にも同じ事を。
するりと彼女の柔らかい腕が私の背中に回ってきてお返しに頬へとリップ音を鳴らして口付けられると目を合わせて笑った。本当に、嫉妬深く可愛いクロームだ。

「おやおや可愛らしい戯れで」
「…先生」

フランに後ろからくっつかれたまま、クロームからは手を握られたまま声のする方へと顔を向けると先生と千種さんが手に土産を持って部屋へと入ってきていた。
どうやら犬さんはお腹が空いているみたいで先にリビングへと行っているらしい。

「…スイ、先ほどはすいませんでした。まさか君が着替えているとは思わなくて」
「こちらこそ、髪の毛……」
「師匠ーパイナップルの部分ちょっと減「黙りなさいフラン」」

そういえば何となく、少しだけ房の部分が小さな気もしないでもない。それでも幻術で補わなきゃならないぐらいまでは溶かされていなかったらしくて安心した。
そんな、安堵した私のことが分かったのだろうか。先生はゆっくりと私の足元に片膝をつく。黒曜に来る際、ジェットの中で手にキスをされたことを思い出すと思わず手を後ろに隠す。ここで、暴走させるわけにはいかない。
先生にもしっかり私が成長したところを見てもらわなくてならないのだから。

「どうすれば許してくれるか、考えたのですが」

私の決意に気が付いているのか、いないのか。
先生はじぃっと色の違う両目で私の事を見上げる。クロームと髪型は同じなのに、この人は全てが美しい。まるで彫刻のようだと思うけれど力の強い術士だ。そしてこの造形。たとえ力を使わずとも女性はたくさん寄ってくるんだろうな、とも何となく思った。
フランといい、先生といい、お師匠さまもだけど術士の男性は中世的で綺麗な人が多い気がする。私も静かに先生の目を見返すと彼はようやく口を開き、

「……僕も脱げばよろしいですか?」

至極真面目な顔をして言う言葉に、思わずぴしりと固まった。
わなわなと身体が震えたのはその後のことで。さすがに少し、悪い気がして反省していたというのにこの人ときたら何も反省してやいなかった。先ほどの謝罪は何処に消えたというのだろう。

「あ、またキメラ」
「スイ!冗談ですから怒らないでください!」
「全てが嘘と冗談で済ませられたら警察も復讐者も不要なのです!」

いけキメラ!なんて心の中で念じるとどこぞの深海生物みたいな顔をした魚は先生に対し一直線に宙を泳ぎ向かっていく。それを見て囃し立てるフランと、もう助ける様子を微塵も見せずクスリと笑うクローム、慌てて距離を取り力を行使する先生。

やれやれ、と視界の端で千種さんが肩を竦めたのが見え私もついつい口元に笑みを浮かべる。
随分と久しぶりに会ったというのに驚くほどいつもと同じ、見慣れた風景だった。

prev / next
bkmtop
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -