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「っててて…」

枕元にある目覚まし時計が鳴っているというのに完全に身体が硬直していて動かすのにかなりの時間を要した。
それはクロームもフランも同じことだったらしく目は開いているものの、誰もがなかなか身動きをすることはなく目を合わせて笑う。

「…骸さま、容赦なかった」
「だから言ったんですー男の嫉妬なんて見苦しすぎて悲しくなってきますー」

夢の中での修練の結果は現実世界に持ち越されることはない。じゃなければフランの目玉なんて何度も無くなっていることだし、クロームも圧死させられているに違いないし私も首が何度も飛んでいることになる。

肉弾戦派じゃなくて良かった、と思うところはここだろうか。
例えばお師匠様が所属しているヴァリアーで私が体術を会得しようと修練を受けようなら生身の身体で戦闘しないと意味がない。身体を動かし、筋肉を鍛え、そして腕や武器の振り方を身体で覚えないと力がつかないからだ。
もしも私たちが幻術ではなく剣を扱う剣士だったら既に誰かは死んでいるだろう。

「今回ミーの最期は蛇に丸呑みでしたー」
「……うわぁ」

その辺りが術士は異端だ。
私たちは例え今からどんな強化プログラムを受けたとしても術士としての力が増えるわけではない。多少は力の使い方を覚え、術を強固にする手段ぐらいは得られるかもしれないけれど根本的なところでパワーアップという概念はない。

『いいかいスイ。よく覚えておくといい』

知識は財となるとお師匠様はよく言っていた。
彼に初めて教わったのは個人に宿る炎の最大量はおおよそ、生まれた頃から決められていることだ。そしてそれがいつ表面に出てくるかは個人差によるものらしく、私は遅かったということ。

『結局はこの世に産み落とされた時点である程度は決められているんだよ。これは誰であっても抗う事はできないのさ』

この時代における術士が必要なものは霧属性であること、そして術士としての才、力。他の属性でも術士を目指すことだって可能だけど炎の性質上、霧属性が圧倒的に有利だ。
特にリングを使うほどの大きな術をこなしたいのであれば”構築”を司る霧の炎を持った人間が一番適していることはもう誰しもが知っている事実。構築の性質が身体に流れているのであればその力がいかに弱くてもリングにより力を増すことも出来るし、何とかならないこともない。

術士とは霧属性をメインに持つ人間が当然のように目指す職ではあるけどそこに才能が見出されなければ意味は成さない。
多少の修練をこなせば自分の持つ炎の最大量が若干増えるかもしれないけど後は己の覚悟でどれだけ引き出せるかにかかっている。

本来炎はどんな人であれ結構な炎量、炎圧を持っているけれどそれを引き出すことは容易じゃない。例えば普段の戦闘時であっても常に100%の覚悟を有して戦える人間なんて早々いない。
漫画のヒーローがここぞという時に考えられない力を出すあのシーンは大体、突然加わった新たな力ではなく元々持った力を最大限まで引き出せただけに過ぎないのだ。

『努力は才能に負けるんだ、結局はね』

結局は才能と炎の両方が必要ということ。どれだけ覚悟を有し炎を100%引き出すことができたとしても術士としての力がなければ意味はないということだ。
それらどちらも十分に引き出すことが出来れば名の通る術士になれるだろう。
もちろんそんな簡単にはいかないけれど私の周りには今、それが出来る人物がもう何人もいる。お師匠様みたいに群れずに一人で過ごす術士が多い中、先生とクロームやフランみたいにチームを組む人は珍しいらしい。

『スイ、君は異常に近しい力を持っている。炎も、術士としての力もね』

お師匠様に褒めてもらったそれは、私が術士となるために生まれてきたようなものだと言っている様なもの。生まれた頃は持っていなかったけど、突然開花したタイプらしい。…らしい、というのは初めて幻術を使ったときのことはあまり覚えていないからだ。

でもこの力を野放しにしていると色々と面倒なことになるということでお師匠様に拾ってもらったことだけは、しっかりと覚えていた。
私も暴走させっぱなしはよくないと分かっている。だからこそこうやって、皆に囲まれながら修練の毎日を送っている、わけだけど。

「ミーは全く動けませんー」
「……同じく」

フランの言葉に我に返り、会話に加わった。
修練中、私たちの身体は精神が身体から抜け先生の支配する精神世界へと飛んでいる。精神のない身体はその間、仮死状態に近い。
精神と身体は切り離す事はできず、だからこそ圧倒的な力を持つ術士に夢の中で手酷くやられ敗北を感じ、さらに『自分は死んだ』なんて認識してしまえば精神はそこで崩れ去り、最悪肉体も死に至るわけだけどそこはさすが先生と言うべきか手は抜いてくれているらしい。

じゃあ私たちが何故こんなに身体を痛めているかというと、ただ身体をぴくりとも動かさずに長時間同じ体勢でいるため、痺れたというだけのことだった。
けれど侮ることはできない。この痺れはしばらく治りそうにないことは過去の経験上よく分かっていた。私の頭の下に腕を敷いて後ろから抱きしめていたフランの腕は青くなっているし、クロームはもう動くことを諦めたのか何も言わずにだらんと力を抜いている。

私の状況は、と言うと同様の痺れに加え、やる気満々だった先生に対し一緒に戦ってくれた2人が先に精神世界を追い出されてからも修練の続きが行われたため身体のだるさに襲われているといったところだった。一番被害は小さく済んだらしい。

夢の中で先生と修練する上での利点は現在仕事で海外を飛び回っている先生といつでも修練が行えるという事と、もちろん死なないということだろう。
圧倒的な力を前に、全力を出して相手に対峙できる。常に死ぬ気で、全力で。それと私が暴走しても先生の支配する世界であれば誰にも、何処にも影響なく鎮めることができるというところも付け加えなくちゃならない。さすがに暴走して、皆が住む黒曜ヘルシーランドを壊すわけにはいかない。

手を閉じて、開いて。そろそろ動けそうだと分かるとグッと力を込めて身体を起こす。

「…よし、先に着替えてくるよ」
「ミーも動けたらすぐにいきますー」
「うん、まだ学校は少し早いからゆっくり来てね。クロームも」
「分かった」

昨日先生が容赦なかったのは私より2人へだったのかもしれない。
フランもクロームも、あれだけの強い力を持ってしても先生に敵わないのだから先生の異常な力が恐ろしいと思う反面、少しだけお師匠様と先生の戦いが気になってしまうのも無理はなかった。
…ちょっとだけ、今度お師匠様と話す機会があったらお願いしてみようか。

「ご飯、作って待ってるね」

私たちの部屋は今、3人で1室になっている。
さすがに着替え中は絶対に覗かないこと、という約束はフランには厳守させているけれど同じ部屋で着替えながらそれを言うのは無理難題ということぐらいは分かっているから着替えを持って空いた部屋へと身を滑らせた。
少しだけ汗をかいたから風呂へも入りたいけど時間がないから仕方がない。

「早く、着替えて…ご飯つくって……」

今日さえ行けば明日は休みだ、なんて考えながら上の服を脱いだのと、扉が開いたのは同時だった。
もうクロームが動けるようになったのかなと思いながら服を半分被りつつ後ろを振り向くとそこには一番予想もしていない人が立っている。

「ただいま帰り……おや、」
「っ!」

固まる私。ぞわりとざわつく空気。
先程まで笑顔だった先生は私と目が合うや否やがさりと両手に持ったどうも土産だろう袋を足元に落とし、そのまま若干顔を青ざめながら私の方へと近寄ってくる。違う、先生こっちに寄ってきちゃ……っ!
それでも先生は私に対して何か一生懸命言い訳をしたいらしく私の言いたい事は読み取ることがなかったようで。

「違います、スイ!これは僕としてはたいへん嬉しいことですが事故でクハッ!」

とうとう現れたキメラが先生を丸呑みした。暴走ではなく、私の一瞬の感情の高ぶりが呼んでしまった産物だ。「あ」と言ったもののもう遅い。
モシャモシャと先生を口に含むキメラは心なしか不味そうな顔をしているけど見ていない振りをした。

毒があるタイプじゃないし先生だって術士だしきっと、大丈夫。きっと。

「……私は悪くありません」


03.慎ましやかに動きましょう
「師匠見損ないましたー」
「……白でした」
「!」

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