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「名前は何ていうんですかー?」
「桐島、スイ」
「そうですかー。ミーはフランですー」
「…どうも」

さっきとは違い物静かな様子にフランはふぅと溜息をついた。
師匠である骸と、それから彼女の師匠であるマーモンは何やら話があるということで別室へと行ってしまい今はスイとフランの2人がソファで横並びで座っていた。

マーモンがいるところでは感情も豊かだったが彼の姿が見えなくなったと同時に突然顔から表情というものが消えた。
これが本来の桐島スイという人間なのか、自分がいることで緊張してこうなっているのかは初対面のフランには分からなかった。それだけあの10歳程度にしか見えないマーモンと深い信頼が出来ているのだろうか、と自分と骸の間にはほぼ築きあげられたものなど無に等しいそれの存在を考えながら思った。

「…スイはどうしてここに?」
「『どうして?』」
「ミーは10年前、スイの師匠の後釜に選ばれかけたんですー」

その話は知っているらしい。
こくり、と声もなく小さく頷くスイに対しやっぱり昔のクロームに似ているなとフランはおもった。だとしても彼女よりも張られた壁は高く高くそびえたち、冷え冷えとして随分と分厚そうだったが。

「日本人ですよねー?それがどうしてイタリアにいるんですー?」

フランも元は一般人だ。
どこかのマフィアの子息でもなければ立派な術士の子供でも何でもない。誰に習ったわけでもない術士としての力を持て余していたところにヴァリアーと現在の師である骸にスカウトされ今に至る。
自分の力が当時の10年後、つまり今辺りの時期には復讐者をも騙せるほどの精巧な幻術を自在に操られるようになっているのだと皆が分かっていたからこそ10年前のその出来事があった。
だからこそ余計に不思議に思うのは当然だろう。彼女はどこから湧いて出た存在なのかと。
骸は術士についてはやけに詳しく、大体有名な人間とは知り合っていたためフランも何名か術士の知り合いはいたが彼から述べられるその名前の中に当然スイの名前なんて含まれてはいない。
しかしアルコバレーノであるマーモン曰く、そしてクローム曰く”とんでもない力”を持っているというのだ。気にならないわけがない。

「…あんまり、覚えていないの」
「でもこの世界に踏み出したってことはーやっぱりスイも才能があったんですねー」

どうしてこの投げたボールがろくに返ってもこない会話を続けようとしたのかはフランもよくわかっていなかった。
ただ彼女のこの静かで暗く、それでいて苦しそうな表情はどうすれば和らげられるのだろうかと、それだけを考えた。今のこの暗い様子よりも、フードを取ったときのあの驚いた顔の方を見たいと思ったからだ。つまるところフランはスイの事を気に入ったわけで。


「でも、お師匠様の後釜に…なら、フランって、すごいんだね」

その会話を持ち出したのは果たして成功だったのか否か。
それでもマーモンの名前を出したことにより少しだけ安堵したのかようやく彼女はフランの方を向いてぎこちなく、笑む。
花が咲きほころぶ、といえば言いすぎだったのかもしれないがフランにとって初めて己に向けられたソレに心臓がどきりと高鳴った。

フランは術士としてずっと骸達の傍で動いてきた。
彼にとっておおよそ普通の人間と話したことはほとんどなかったが、同じ術士といえどスイという人間はアルコバレーノの下で10年を過ごしてきたにしては一般人という存在に近い。

それに、この儚げで、危うい色気は。自分を見る、静かな瞳は。
異性という異性は骸に連れられた怪しげな集まりや変な集会にいた年増の術士達、ボンゴレの本部に連れられたときの事務員ぐらいで殆ど自分に向けられたことのない視線だった。もちろん生活の場にはクロームというれっきとした女もいたけれど幼いときからずっといる所為か最早姉のような存在に近い。
同世代の女性とはこんなに良い匂いがするものだろうか。ゴクリ、と喉が鳴る。それと同時にどうしてだか身体も顔も熱くなった気がした。目を伏せたフランに対しスイはそんなことを構いもせず、少しだけ身を乗り出して彼へと問いかける。

「フラン、はこの力、何に使いたい?」
「?」
「私はね、突然使えるようになったの。……お師匠様に拾われたあの日からお師匠様のためだけに使いたいとおもって、修行してきたの」
「後天的なタイプですかー」

霧の…術士としての力は勉学をすれば増える知識のようなものではない。そして遺伝でもない。死ぬ気の炎は確かに遺伝性ではあるが極上の遺伝子を継いだとしても結局死ぬまでその才を出せずにいた者だっている。
つまりは死ぬ気の炎の反応がインディゴ、つまり霧の属性を持ち、さらにその上、術士としての力を持つ人間というのはそう多くはない。たまたまフランの周りはそういった人間が多かったがこれはこれで奇跡に近い。

「…術士の力は想像で創造。術士の根底の力の源は生まれつき…遺伝じゃない、突発的な、異端な、」

がくがく、と突然少女の唇が、身体が震え始めた。
どうしたのか。様子がおかしい。その揺れる瞳はもはやフランを映すことはなく、どこか遠くを見ている。何かまずいことを言ってしまったのか。
何かを思い出してしまったのか。

「…スイ?」
「いや、…いや!私はもう…っ!!」
「スイ!」

ガッとその白く細い手を握り締めたことが、引き金となった。
目尻に涙を浮かばせたスイはとうとう大きな声を出してフランの方へ身体をくたりと預け、気を失ってしまったのだった。

「…師匠のところに、」

呼ばなければならないことは分かった。だというのに、どうして、何故。
真っ白で何も無い部屋だったのに、スイが気を失ったと同時に真っ黒い洞窟めいた場所へと変貌し何事かと目を瞠る。

辺りに目を配らせるとその洞窟の壁と思われるところにボッ、ボッと藍色の炎がゆっくりと灯る。
その先には逆十字を置いた祭壇が現れ、その手前には白い台。…フランは経験をしたこともなかったので分からなかったがそれは手術台のようなものに違いなかった。
その上には真っ赤な拘束具が用意されており得体も知れない肉の塊がドクンドクンと脈打っている。
気が付けばその逆十字の前には1人の赤髪の男がカチンカチンとメスをまるでフォークとナイフのように行儀悪く鳴らしながら立っている。ひゃひゃひゃ、ヒャヒャヒャと楽しげに嗤う男はその肉の塊を物欲しげに見ており、まさかと思う前にグジュリと塊に突き刺した。瞬間、何処からか赤ん坊の泣き声が響き渡る。
おぎゃあおぎゃあと庇護を求め泣き叫ぶ声、そしてにんまりと笑った男はその塊を突き刺し口に含みながらフランの方をまっすぐに見やった。

その口端からは何かの贓物と思われるものが、血がボタリボタリと垂れている。

「……ゲロゲロー」

術士の勝負とは互いの感覚をのっとるものである。
ここまで精巧に、冷たい冷風や得も言えぬ不快な匂い、音…全ての感覚がこれが本物であるかのように訴えかけてきている。幻術の一端であるのには違いないというのに妙に現実に近く、そして不快感はとめどなく押し寄せた。
フランでなければ、…いやフラン以上の術士でなければこの誰もが想像し得ない幻術に飲み込まれて気でも狂っていたに違いない。
あまりの気持ち悪さにさすがのフランもせり上がる何かを感じながら気絶したスイを抱え、広がり続ける幻術の中、何とかその恐ろしい幻術の端から覗き見えている『Go to heaven』と書かれたドアを目指して走り出した。

『お前は一生逃げられませーん!』

ヒヒャヒャヒャという不愉快で身体を震わせる甲高い笑い声を背中に受けながら。


「…意外と師匠と趣味合うんじゃないですかー」

この幻術の類はなかなか、お目にしたくないタイプだったとその時のフランは語る。

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