揺蕩うジェミニ

「なーボス。王子の見立てだけどさー俺そろそろあいつやべーと思うんだけど」
「…」
「別に飼い殺しにしてーんならこのままでいいと思うけどさ。目、見た?あいつの目、なかなか死んでんぜ」
「るせえ」

これはもう聞く耳持たずと言ったところだろうか。
面倒臭そうなXANXUSの一言にやれやれと肩をすくめたベルは今日の彼女のことを思い出しながらどうすべきかと珍しく頭を悩ませた。

凛を送り届けた後の2人の動きをベルは知っている。片やXANXUSに開放された安堵と何をしていいのか分からないまま部屋で放心状態になっており、もう片方といえば機嫌の悪さを一切隠すことなく昼間から酒を煽り書類をぞんざいかつ適当に処理しているという有様だった。これでは埒が明かないと思っているのは全員がそうだろう。

物事はいつだって分かりやすく単純。
だというのに情報が一人、それも一番重要な人間の記憶が欠如している為にこのもどかしさに怒りを覚えていることを知っているからこそ、そして解決方法が見当たらないではないがそれを選択すれば今までの事が台無しになってしまうのがわかっているからこそXANXUSが身動き出来ないこともまた、ベルは知っていた。
改善の余地はある。しかしその選択肢をこの男が選ぶかどうかと聞かれればそう簡単ではないとはわかっている。が、もうあまり残された時間はない。

XANXUSの部屋に取り付けてある画面には未だ尚ベッドから一切動くことのない凛の姿があった。時々手を動かしたり足を動いていたりしているので恐らく起きてはいるのだろう。だがその動きに何も覇気が見当たらないのも分からないでもない。

『おはよう、ベル。今日もいい天気だね』
『外行こうぜ』
『どうせ出れないからいいかな』

此処最近の彼女の会話を思い出す。
元々逃げる意志が見当たらなかったことが不思議ではあったがXANXUSの方から先に此処がイタリアであることは知らされていたらしい。
ヴァリアーの本部ではなかったがボンゴレ私有地の1つであることには違いない。もし彼女が此処から上手く抜け出せたとしても近くの街へ行くには一般人の足では半日はかかるだろうし万が一そこにたどり着いたとしても日本人だと分かればカモにされるに違いない。危険極まりない外部よりは当然こちらのほうが安全だと感じた彼女の判断は正しいに違いなかったが、では突然拉致された事に関して何も文句一つ言わないことも疑問はあった。

答えは日に日に死んでいく表情にあった。
最初こそ色々な変化に顔を輝かせこの部屋は何だとか食事は美味しいだとか素直に漏らしていたというのに最近はひょっこり顔を出しても、着替え中にわざと登場しても大して驚きもせず表情に変化があまり見られなくなってきたことに少しだけ気にかけていた。

人間、目標というものがなくなればああなるのだと知っている。
時計すらなく、外部からの全ての情報を受け取ることも出来ず恐らく彼女は今何時であるか、此処へ連れ去られて何日経過しているかですらあやふやであろう。それでいてそういった疑問すら抱いていないに違いない。体内時計ですらしっかりと働いているかすら分からなかったが朝は定刻通りXANXUSが彼女を朝食に連れ出す為それぐらいは理解しているかもしれない。そんなレベルでしかなかった。

『此処は、狭いね』

最後に彼女の意思で紡がれた言葉だ。元々彼女はそこまで話すようなタイプではなかったがそれから会話は無くなり今ではベルとでも会話をするのが億劫そうにすら見える。気力自体は少しずつ失われていたかもしれないがぷっつりと途切れ、目が濁ったのは突然だった。

「はー…」

もう何年も共にしているからこそベルは分かっている。
XANXUSが別にあの佐伯凛を飼い殺しにしたくてベルに拉致するよう指示した訳では無いことを。廃人にしたかったわけではないことを。そこには確固とした、決して気まぐれなどではない考えが根底にあることを。

大体こういう人間の面倒な感情は第三者から見ると楽しくて仕方がないというのに両者の気持ちも何となく分かっている上にどちらの事も割と気に入っているからこそ今度は焦れったく、そして全てをブチまけてしまいたくもなる。
だけどそれをすることはボスであるXANXUSの意志から大きく反してしまうのだ。動くことができないのはベルも同様である。

「…俺、何で此処に来ちまったかなあ」

当然、XANXUSの命令であるからだ。
そして未来における沢田…佐伯凛という女と友好的な関係を築けていたからだ。
今回の件に関してスクアーロは断固反対で、初めて彼はXANXUSの命に従わなかったがそれに何も咎めはしなかった。スクアーロの言動は彼に背きたかった訳ではなく、寧ろ彼を思っての行動であることは誰もがわかっていたからである。
ではベルはというと凛の事を気に入っていたからということもある。凛があの地震で記憶を持っていれば胸倉を引っ掴み言ってやりたいことだって他の人間よりはあったからだ。しかしそれすら、今は出来ることもない。あのひ弱な彼女はいつまで保つのか。それともこの箱の中で壊れてしまうのか。

「あーめんどくせ」

一人の少年のつぶやきは誰に聞こえるでもなく風に溶けていく。

  

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