御飯事と死罪

目を開く。
視界に入る変わりのない景色、溜息と共に半身を起こすこの行為は残念ながら日課となっていた。
ずきりずきりと内側からの頭痛にも慣れたもので、そっと額を抑えながらベッドから降り立つとソファの上に新しく用意された服を確認する。どうやらまた眠っている間に新調されていたらしい。昨日脱ぎ捨てたものがいつのまにか無くなっていることに気付き、今まで着ていた部屋着を脱ぎ袖を通す。

監視カメラの存在は当然覚えていたがコソコソとそれの死角になるよう動くのも今更ではある。相変わらず自分のサイズぴったりな高級ブランドのワンピースを着ると先程まで着ていた部屋着を畳みソファに座ること数分。
カチャン、と大きな音一つが部屋に響き渡り男が姿を現す。顔をあげ「おはようございます」と小さく声を出すと男はその言葉にああと頷き凛へと声をかけた。

「調子はどうだ」
「悪くは、ないです」
「そうか」

彼の名前がXANXUSであると言うことはつい先日、この部屋に軟禁されてから数日経ってからようやく知った。
あれから毎日、決まった時間に起きてこうしてソファに座りこむ凛に合わせてなのかはたまたカメラで見ていたのかは分からなかったがXANXUSがこの部屋を訪れそして連れ出されてからとある一室で朝食を共にとることになっている。…とは宣言もされてはいなかったがこれもまた日課になっている為、聞かずとも理解した。凛が何か思い出したかどうか確認しているのだろうか。それすらも分かることはない。
未来での罪人だと言われてはいるものの結局現代の凛に何が出来る訳でもない。特別な力を持っていることもないし、その自覚もない。勉強は嫌いではないが飛び抜けて良いわけではない。運動だって苦手だし、この目の前の人間が所属しているところに何かができそうな気なんて恐らく未来の自分には無理ではないだろうかと何回提言しようとしたことだろう。

どうしてこの生活をしなければならないのか。
いつまでこの生活を続けなければならないのか。
本当に人違いではないのだろうか。

一切、教えてはくれなかった。
隣を歩む男は何を考えているのだろうか。自分が不利益を起こす存在なのであれば殺してしまえばいいのにと自分の身であるのに考えてしまうのも仕方ない。
もうあれから幾日経過しているだろう、それすら凛には分からなかった。日本での最後の記憶であればバイト帰りには鞄を持っていただろうし携帯と手帳がその中にあったことも覚えているが、恐らく没収されているだろう。
凛には様々なものが与えられていたがインターネットやテレビ、電話など外部からの情報を取り入れるものも用意されておらず、しかしそれ以外であれば何もかも揃えられていた。クリアしたからとベルから貰ったゲーム機器がかろうじて凛の時間潰しとなっているだけである。

変わり映えのない日々はただ繰り返されるのみだった。
起床すれば服を着替え、XANXUSと共に食事をし、ぼんやりと外を見たりベルが話し相手になってくれたり屋敷内を連れ回してくれたり。夜になれば部屋で軽食後、風呂に入り眠りにつく。
大して体を動かしている訳ではなかったがあのベッドに入り横になればすうっと意識が落ちて深い眠りにつくことが出来る。それだけが救いだったのかもしれない。

「欲しいものはねえか」
「特にないです」
「そうか」

朝からバランスのとれた食事が並べ立てられる。食べなければ部屋に持ち帰らされる事になることも数日の経験で知っていた。まるで餌付け。飼っている動物に定量の食事を与えているようだと凛は柔らかなハムにフォークを突き刺してそう感じ取っていた。
口に運ぶ。
程よい脂身が口の中に広がるが味という味がしない。否、もちろん味付けはされてあるだろうし匂いだって日本にいた頃の凛であれば目を輝かせて美味しい美味しいとおかわりすらねだったかもしれない。

食事中、真正面に相対するXANXUSを見ることは一切なかった。今はただ目の前に置かれたものを摂取することのみ。口に運ぶ、咀嚼、嚥下。その単調作業がこうも煩わしいと考える日が来るとは思わなかった。
すべてが用意された部屋、屋敷。そしてXANXUSとの会話。特に実の成る話が出た試しはなくただ必要なものを聞かれるだけだった。もしもこの場にベルがいたならば多少は空気も変わっていたかもしれないが此処に彼が来ることは一度たりともなかった。唯一、憂鬱だと特に感じるのはこの時間だったのかもしれない。

「もう良いのか、凛」
「…はい、美味しかったです。ごちそうさまでした」

部屋まで戻るまでの数分間、手を握られることに躊躇いと恥じらいを感じたのが随分と昔に感じられていた。大きな手は凛を引っ捕まえる為に握られているのだろう。そこに情と言うものなどは感じられずただ逃げ出さぬように義務的なものすら感じられ逃げやしないのにと思ったもののそれを口にすることはなかった。
同じ毎日を送るだけ。毎日、全く同じことをするだけ。そういう意味では学生生活も似たものだったかもしれないがそれとこれとは次元が違うのである。

「また夜に来る」
「…分かりました」

この屋敷内はまるで箱だ。
内側からは決して開けられらぬ、自由を奪い、意思ですら奪う箱。他者から行動を監視され、制限される匣。
カチャリと施錠の音が聞こえしばらくぼんやりと立っていたものの何もする気にすらならず先程起きたところだというのに唯一思考を無にすることの出来るベッドまで歩くとぼふんと身体を投じる。

「……はあ、」

眠る為ではない。
窓から見える外は曇一つない青空でとても天気が良かったが凛の心はいつまでも晴れることは無かった。

  

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