だって覚めたら夢はまぼろし

世界中が大きな地震に襲われた。
地盤が大きく揺れ動く。講義は中断、臨時休講となり慌てて家へ帰れば凛の住んでいるアパートにも小さいながらにも被害はあり食器がいくつかゴミ箱行きになったぐらいで、その他に何ら問題はなかった。
一部の地域ではなく全域にというこの地球で計測されたことが未だかつて無いそれにしばらくニュースはその話題でもちきりだった。友人達ともこぞって連絡を取りあい一人暮らしである凛の身の心配をしてくれたぐらいで、しかし余震もなかった為「ああ、あの時は怖かったな」の感想だけで終えるはずであったのだ。

町内を歩いていればやはりこの何も無い平凡な場所での地震は大事件扱いになっており、またバイト先では地震の所為で今後とも地震の起きそうな他区域に住む学生を引き取る制度をとった、と聞いた。
が、あくまでも義務教育である小・中学校までの話であり大学生である凛には何も関係はない…筈、だったのだがそれがどうにも影響してあるらしい。

「……」

目を開く。
その少し前、意識がゆっくりと浮上する時にどうか見えるものがいつもの見慣れた家具や汚い木目の天井でありますようにと願った彼女の期待も虚しくやはり真っ白な天井と、それから明らかに高そうな家具であるのが見えて溜息と共に身体を起こした。伴う頭痛。
やはりあれは夢ではなかったのだ。昨夜の彼の言葉が自分の中で反諾していた。

『佐伯凛。お前は10年後において罪を犯した』
『…10、年後』

語られた内容全てがそもそも信じられるものかと思って聞いてはいたがああも強面の男から自分の顔を見据えられながら話されてしまうと本当なのかと思えてしまう。笑えば最期、殺されてしまうのではないかという気持ちもあったからだろう。

彼の所属する組織に例の地震がもたらしたものは”未来の記憶”であった。凛はその彼らの有する未来の世界に於いて組織に不利益な働きをしたのだという。
因みにこの屋敷にいるという幹部職の人間は全員その記憶があるらしく、未来では凛と既知の仲だった、らしい。驚くことにベルもその幹部に就いているようで、だからこそああも気軽に話しかけたのだと思うとその辺りだけは、そしてこの男が自分に対し警戒することもなく話しかけてきたことも多少納得はできた。

…とは言え凛にはそんな記憶はない。当然ながら連れ去られてきたその理由は凛も未来の記憶を所持しているものだと思っていたかららしく、処分に困っているというところだろうか。責め立てられてもどうしようもなく困惑するしかなかったのだがこの世界はかくも理不尽に出来ているらしい。
つまるところあの大きな地震の所為でここにいる人間達はその未来の記憶を得、そしてその不利益を被らせた自分を捕まえたということだった。

『年齢や住んでいる場所どころか名前も詐称か。流石だな、お前は』
『…そうだったんですね』

それから男に話されたのはその内容ではなかった。少しだけ気にはなっていたが教えてくれるつもりはないらしい。
しかしながら次に彼が話し始めたのは未来の凛が彼らに伝えたとする自分の情報で、恐らく自分の事だろうにあまりにも違うことばかりで凛自身が戸惑うしかなかったのである。
楽しげにくつくつと喉を鳴らした男は凛に帰りたいかと問うた。きっと是の言葉を言うに違いないともわかっている質問であったが帰りたいのは確かだし頷くと更に赤い瞳を細め嗤った。

『まあ、帰れるモンなら帰ってみな。無一文で海外旅行は楽しいだろうよ』

帰すつもりは無いと。
そして彼の言葉に今、自分は海外に出向いていることをようやく理解したのである。場所だけは丁寧に教えてもらったが国名はイタリア。テレビだかで見たことのあったようなそれぐらいの知識でしかない。
結局のところ凛は放り出されるよりかはこの場所に居る事に対し異論は唱えなかった。無一文の状態で国外に拉致されたものの此処に居るのであれば生活は保証すると言われれば首を縦に降るしか彼女に生存する方法はないのだから。

『逃げようなんざ思わねえことだ』

食事は与えられる。お風呂もバスタブこそなかったがシャワーだってあるし服だって用意されている。屋敷内であれば誰か1人お供をつけることを条件付けられたものの動くのも許可された。

ある意味客人扱いのような対応ではあったが扉の内外には常に監視のカメラが用意されているし鍵は外からかけるタイプである。それにどうやら部屋は3階以上の位置にあるらしくただの一般人である凛に逃げ場などはなから用意されていなかった。
そう考えれば最初の彼の言葉に大人しく頷いたことも良かったのだろう。恐らく拒否したり逃げる素振りを見せてしまえば軟禁から監禁へと変化したに違いないのだから。

「…未来の、私、か」

そんなことを言われたって。と、本当は言い返したかった。
大学生活こそ楽しんでいたがまだ自分の将来は見えなかった。周りの人達はそろそろ就職活動を見据え考え始めている頃で、1人置いてきぼりのような感覚に陥りながら長い夏休みの間をバイトしながら生活していたという何ともないただの大学生の筈だった。

それがいきなり未来で罪を犯したから閉じ込めるだなんて。
何も決まっていないのに捕まるだなんて冗談じゃない。
相手がただの人であれば恐らくそう返せただろうが残念ながらこの屋敷の中で、凛の前に顔を出した2人は普通の人間ではなさそうだ。

「私、何、したんだろう」

教えてくれるものならば教えて欲しい。
もし凛の未来がわかっているのであれば絶対にその道なんて歩まないから。選択肢の一つを消すだけだ。
そもそも自分にそんな沢山の将来の道があるとも思えないのであるが。

「……はあ、」
「溜息着くと幸せ逃げるって日本じゃよく言わね?」
「ひっ!?」

三角座りで俯いていた凛の頭上に降りかかる声。
ベルがいつの間にか近付いて来ていたことに気が付かない程に考え込んでいたのか、それとも彼が気配を隠して近付いてきたのかそれすら凛には分からなかったがとにかく視界いっぱいに金色の髪が映ったことに思わず身体を仰け反らせソファから落ちる羽目になってしまった。

思わず涙目になりながら恨みがましい目で見上げるとしししと楽しげに笑い、「探検しようぜ」と凛に対して腕を伸ばしそれを受け入れた。
取り敢えず彼らは記憶も何もない凛に危害を加えるつもりが無いと分かっただけマシなのだろうか。彼とであれば鍵のかかった部屋から出ることが可能であることにほんの少しホッとしたところもある。もしもあの黒髪の男と共に、という条件であれば恐らく外に出ることが可能と言われても悩んでしまうことだろう。
少年は口角を上げながら振り返る。

「なー凛、お前今どんな気分?」
「…難しい質問だね」
「つまんねーの」

これは夢でもまぼろしでもないのだ。
強く繋がれる、拒否のできないその力強さに今度は彼に聞かれないよう静かに溜息をもう1度。

出たかった部屋の外だというのにこうも気力が湧かないのだって仕方ないのだ。目の前でさらさらと流れる金髪を見ながら凛は重い足を動かし廊下を歩むのだった。

  

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