或る朝の呼吸

迎えは1時間後にやって来た。
その時には流石の凛も目はしっかり覚めていて部屋を動き回るほどの余裕は出てきたがドアは外側から鍵をかけられている事に気付きがっくりと肩を落とす。
何度かガチャガチャと回したが向こう側から開かれる様子もない。諦めてソファで大人しく座っている時に扉が大きく開け放たれた。

「へーお前が凛?」
「…そうです」

ひょっこりと現れ無遠慮に声をかけてきたのは金髪の男だった。
まだ少年と言った方がしっくりくるだろう。明らかに凛よりも年下だろうとは分かったが未だに何もかも分からない状態で喚いたり偉そうな態度をとるのは得策ではないと分析したそれは正しかったのかもしれない。
この状態であるにも関わらず大人しくしていた凛を見てもう一度ヘェと楽しげに口角をあげて笑んでみせると少年は隣に座った。長い前髪は彼の瞳を見せることは無かったがきっとこの人も整っているに違いない。

ようやくこの時にして先程までの高ぶりも徐々に落ち着きを取り戻し再度思考を開始していた。
この人は、この人達は何者なのだろうか。黒髪の男に続いてスーツとはまた違った黒ずくめの服のデザインは似ているようにも見えたし何かの制服なのだろうか。

「わっ!」

不思議には思ったが、けれど言葉を紡ぐ前にいきなり視界が真っ黒になる。
何かを投げつけられたのだと直ぐに悟りそれを取り去るとそれは見るからに女物のワンピースだった。

「コレ、着替えてボスんとこな」

それ以上少年は何も説明することもなく凛の隣で目の前のテーブルにその足を引っ掛けた。あまり行儀の良いという行動とは思えなかったが何やらその仕草一つ一つが上品に見えるのは気の所為ではないに違いない。この建物然り少し上流階級の人間なのかもしれない。
しかし着替えろと言われた割に彼は部屋から出る素振りもない。これは目の前で着替えろということなのだろうか。先程は少し身分のある人間だとは思ったがデリカシーは無いのかもしれない。そんな凛の視線に気がついたのか「ん?」と不思議そうな顔をして少年はこちらを振り向いた。

「着替え手伝ってやろうか?」
「結構です!」
「しししっ、こえーの!」

どうやら着替えられないのかと勘違いされたらしい。下心はそこに一切感じられなかったのだけが救いであった。
一体何なのだと思いつつも取り敢えずは言うことを聞いておくべきだろう。キャミソールに短パンという頼りなげであり不用心な格好ではあったがそれも今更だ。時間差でキャーキャー喚くのも何だかなあ、と思いつつも頭から被り、服に袖を通す。

タグを見てもそこに印字されていたのは見知らぬブランド名であったが凛の体型にぴったりだった。膝上であるということだけが少しだけ心許ないが元々この服はそういう作りであったのだろう。サイズが合っていたことにほんの少しの安堵と、それから本当に連れてこられたのは自分で合っていたのかという不安が綯い交ぜになる。
鏡で裾が捲れていないかどうかを確認しているその後ろで少年が凛に声をかけた。

「で、ぶっちゃけどうなわけ?」
「え?」
「未来のボスもだけど今のボスもかっけーだろ?」

それは、一体どういうことなのだろう。ボス?誰の話なのだ。さっきの男がそうだったのだろうか。
ではこの目の前の彼はその部下?…その、幼さで?つまるところ此処は誰かの家ではなくどこかの組織の居城か、何かなのだろうか。

疑問符が次々に浮かんでは言葉に出せることもなく消えてゆく。聞かなければならないこともたくさんあったがそれよりもまず確認しておきたいことがあったからだ。

「……あの、もしかして人違いされてますか?」

さっきからずっと言いたかったのは、聞きたかったのはこれだった。
先程の男もそうだ。確かに彼に名前を呼ばれ自分であると思いこんでしまったが特別自分の名前が珍しいわけではない。
それにまるで知り合いのように話しかけてきてはいるが凛に外国人の知人はいない。となると次に考えられるのは人違いの可能性。海外の人間から見て日本人は区別が難しいだなんて雑学をどこかで聞いたこともあった。

それならば全ての物事に合点がいく。
人違いですからと答えればいいだけだ。折角着せてもらったこの高そうなワンピースを脱いで、できるだけ穏便に。
もしも命に関わりそうな事になればその時はその時で覚悟するしかないが、何とか無事に済ませられそうならば─彼は比較的穏やかそうに見えたのだ─それに越したことはない。

だというのに少年は凛の言葉を聞くや否やハァと大きく溜息をついて自らの髪をグシャグシャと乱して「マジか」と呟くばかりで。

「…なるほどなそういう訳か」
「?」
「んや、こっちのコト。じゃ、とりあえず俺の事はベルでいーよ」

そういえばさっきの男は名を名乗ることはなかったなと何となく思いつつ少年…ベルの指し伸ばされた手を握る。意外と硬く、大きな手であった。
ぶんぶん、と大きくその手ごと振り回されたかと思うとベルは軽やかに立ち上がって凛に向かって歓迎の言葉を述べたのである。

「よろしくな、クリミナーレ」

  

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