面白くない話をしよう

13日、時刻未明。
保護観察処分となったとはいえ決して自由ではない生活を送っていたとしても別に何ら不満はなかった。
未来の己が行った行動によりパラレルワールドが全て喪失した訳では無い。
むしろ自分が地球にとって宜しくない事態の世界のみが全て無くなり、明るい未来の世界がまた平行軸で増殖していくだけである。
この世界で欲しいものはもうあと僅かしかない。
そのうち一つは近くにあるようで手に入ることはないし、厄介な番犬がついている事も知っていた。

「びゃーくらーん!」

窓を大きく開け放ちそのまま屋根の上へと背に生える羽を使いやってきた訳だがそれは彼女にはすぐに分かったのだろう。屋根の端に小さく幼い手が見えたかと思うとにゅっと顔が現れる。
「みーっっけ!」かくれんぼをしていたつもりは毛頭なかったがそれでも嬉しそうに笑みを浮かべブルーベルが肌寒いのも気にすること無く危険を顧みずによじ登ろうとしている様子を確認すると手を伸ばしそれを手伝う。

夜の帳が下り、静かなものであった。
本当は誰とも関わりたくない時ではあったがそれでも伸ばされた手は邪険に出来なかった。嬉しそうに白蘭の隣に座ったブルーベルは、しかしすぐにその違和感に気付く。小首をコテンと傾げ淡い青の髪を流しながら遠慮することもなく問いかける。

「にゅ〜、…げんきない?」
「…聞いてくれるかい、ブルーベル」

胡座をかいた己の膝に肘をつきにこにこと笑みを浮かべる。しかしその笑みは不思議といつものものとは違った種類であることに気づけるのは何人居ただろう。否、真6弔花の人間であれば嗅ぎ取ったかもしれない。しかしその意味までも測れる人間はいない。
ブルーベルは言葉なく頷きそれに耳を傾けた。
その様子に満足したかのように白蘭はそっと口を開く。
リングも没収されてしまい制限もされ今となっては出来なくなってしまったが彼の頭の中にはパラレルワールドで持ち得た膨大な知識と記憶がある。期間にすればおおよそ10年。しかしそれが何億、何兆もの枝分かれした分の数だけ存在しているとあれば通常の人間であればその知識量に脳が、思考が、感情が取り殺されてしまったことだろう。そういう意味でも白蘭は常人ではなかった。

しかしながら抱く感情は人間特有のものでしかない。
手繰り寄せるのはその中の、たった一つの世界の、たった一夜の話。

「そう、これはね」

始まっていないけど終わってしまったいつかの物語。
登場人物はたった2人。あの子と僕と、それだけさ。


――――……。


「私が何で怒ってるか、分かる?」
「僕はいつだって君の事なんてお見通しだよ」

約束していたリストランテ。時間通りにやってきたもののそれ以上に凛がやって来るのは早かったらしい。恐らく数杯目であろうコーヒーを飲んだ痕跡があり、何かしでかしただろうかと思いながらもやはり彼女が自分を睨めつけているその根底にある感情に関しては身に覚えがない。
本当に?と言わんばかりに頬を膨らましむくれている彼女のことを考えるのは一際苦労した。

根本的に白蘭は無駄を厭う。
その目標に辿り着くまでの可能性が、成功率がある程度を上回らない限りそれを実行することはしたくもないし動きたくもない。分からない事があれば試しに他のパラレルワールドで今と同じ状況を作り出しどちらの選択肢を選んでも間違いが起きることのないように入念に実行する。それを徹底的に行ってきたからこそ間違いは決して起きなかった。…いや、不利であればあったでその世界をさっさと終わらせてしまったのだからそれに対しては少し語弊はある。
それでもこの世界でそれを特に最新の注意を払っていたのにはただ無限にあると思っていたパラレルワールドに底を、限界を感じ始めていたからであり、そして唯一佐伯凛という人間に自分から接触した世界だったからだ。

データとして彼女のことは知っている。
出生、炎の属性、それからこれまで歩んできた過去。至って一般人として、凡人の生活を過ごしてきた彼女がこのイタリアで住んでいるというところまでは何処の世界でも変わりはなかった。
ある時はマフィア同士の抗争に巻き込まれ、ヴァリアーと知り合うこととなり。
またある時はその稀少価値のある大空の属性の炎を顕現させたとして炎は遺伝であるという学術を信じた輩に母胎として拐かされそうになったり。
己の事を守る力ですら持たない彼女は、しかし少し道を違えれば生命の危機に関わるほどの人生とも隣合わせである運命を持っていた。

だけどそれを知っているのもまた、白蘭だけだった。
パラレルワールドがあるという考えを持っている人間は少数派ではあったが存在はしている。が、その平行世界を行き来することの出来る人間が居るかと聞かれればそれはNOである。
白蘭でさえパラレルワールドにいる自分自身と思惟思考を共有することが出来るだけだ。無理やり行こうとしたり連れて帰ろうとすればそれはGHOSTのように変質化してしまうのだから。

「…」
「分からないくせに」
「ごめんごめん」

この世界だけ、彼女に近付くことにした。
他の世界の佐伯凛を見かけたところで何とも思わなかったしいつものように部下へ殺すよう命令してきたというのにこの彼女だけは手を掛けたくないと思ってしまったのはあの時彼女へと話しかけた自分の言動並に理解が出来なかった。
感情だけで動くなんてことは生まれてこの方経験にない。だけどこの世界の彼女にだけはそれが通用しなかった。

凛の生きてきたデータを、いろんな事を知っているのに彼女自身の思考についてだけはどうしても読み取ることが出来ない。
それが楽しい。それが、非常に面白い。
「誕生日」その答えは簡単な単語と共に返されることになった。全くもって、彼女にはいつも驚かされる。キョトンとした顔を浮かべてしまったがそれに対し凛は何も言葉を寄越さず更に紡がれるのは文句だ。

「…シロの誕生日、明後日だって聞いたんだけど」
「何、凛チャン祝ってくれるつもりだったの?」
「当然でしょ」

何か自分の企みの一端がバレてしまったのだろうかと思ったがそんなことは有り得なかった。顔こそ隠す事は、ごまかすことは出来なかったが名前も違えば適当に教えた職場だって違う。純真というべきか愚かというべきか彼女はそういったことを何一つとして疑おうとはしない。それですら分かっている上での嘘だ。
誕生日は恐らく彼女の働いているリストランテの従業員と何となく話をしていた時にでも言ってしまったのだろう。これぐらいの情報は漏洩しても何ら恐れるものはない。そう過信して。
だけど、この場合ほんの少しやってしまった、と思うところはある。まだまだ機嫌の悪そうな彼女は恐らくこれから甘いものをたらふく付き合わないと元の通りに戻ることはないということも白蘭は知っていた。
だからこそ、…だからこそ。

「じゃー僕からあげるモノをさ、受け取って欲しいんだ」
「…それ私へのプレゼントになるじゃない」
「いいのいいの。僕がやりたいだけだからさ」

元々、考えていたことだった。
他人にプレッシャーを与えるために花言葉を主軸に置き部下に花を贈ることはあったとしても誰か個人の為に何か意味を、喜んでもらえるかどうかまで考えることは無かった。
だけど彼女はどうだろう。花言葉?いや、そんなまどろっこしいものは不要だ。
彼女と話すキッカケになったのも花であるしそれはあまりに面白みがない。

これはどうだ。あれはどうだ。
そう考えていれば一人の時間であってもまるで凛と共にいるような錯覚を覚えた。ああそうか、これが幸せというのか。そう分かったのはやっと、最近になってからだった。

「わかったわ」

彼女はようやく、頷いた。
白蘭のその言葉の意味のどれほどを理解しただろうか。

「その代わり、来年は期待しててね。きっと喜んでもらえるもの、探しておくから」
「そうだね、来年。僕も楽しみにしておくよ」

気が付けば凛の機嫌は元通りだった。どうやら本当に白蘭が自分に誕生日を教えなかったことを怒っていたらしい。これが凡人が凡人に思う思考の一端か。何とくだらない、とまで吐き捨てることが出来なかったのはそれが凛であったからであり、その相手が誰でもない自分であったからだ。

しかし彼女は気付かない。
超直感を持っている訳ではない、あのボンゴレの血筋の人間でもないし彼女はたかだか一般人だ、当然だろう。
にこやかに為される会話、それらの端々が少しずつ闇によってじわじわと侵食していっていることに。
白蘭の表情が、感情が。僅かに、ほんの僅かに歪み始めていることに。


――…。


「もし、もしもだよブルーベル」
「にゅ?」
「もしも次の世界、彼女に再度会えたら僕はもう彼女を殺さないし大事にしようと思うんだ」

もう叶わないことだけどね。
自嘲気味に笑い、13の日が終わったことを屋敷内の時計が告げる。

だからもう少しだけこの思い出に浸る僕を赦してくれないだろうか。
ゆっくりと伸びをしてから立ち上がる。頬を撫ぜる風は生暖かく、あの時と同じ、あの時から10年前、この世界の彼女と話した時と同じような夜だった。一歩一歩進むにも不安げな瞳、何もかもに自信が見えない彼女は自分の知っている佐伯凛とおおよそ違ってみえたが彼女を見た時に抱いた感情は変わりないものだった。

もう、彼女が自分をシロと呼ぶことはないだろうけど。
彼女と会話を行うことなんて出来ないだろうけど。
凍えた感情は何も生み出しはしない。風に髪を靡かせながら、それでも彼女に対して抱いていた感情を吐露する。
君との約束を守れなかったのは僕。向かい合うのを恐れ、逃げたのも僕。それから、

離れるぐらいなら壊れてしまえとあの匣を渡したのも間違いなく僕。

君への贈り物は白い蘭の花の髪飾りをと思っていた。
だけど彼女はそれ以外の、炎を思わせる彼から赤のソレを受け取ってしまっていた。
1月前のこの世はバレンタイン、恐らくそれの返しにでも贈られたものだろう。白蘭だってたしかに彼女から受け取っていた。その返しに寄越したのがあの箱、彼女の生命を奪うことになった白い匣だ。
矛盾した考え、気持ち。それらに整理がつくのはいつになることだろう。彼らはこのまま二人で進んでいく。しかしながら自分はずっとこの昏い感情と共に未来であり、過去であるあの物語に縋っていくのだろう。

それでも。

――――…それでも、


「…愛していたんだ」

紛れもなくこの世界の君だけを。
呟かれた言葉はさりとて誰の耳にも届くことはなく風に溶けていく。

今日はめでたく3月14日、自分が生まれた日であり彼女の命日だ。

  

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