そうして絶えゆく

欲しいものはいつだって手に入った。
自分がただの人間ではないと知ってから意識するようになった横の時空軸。それさえ覗くことが出来れば何に対しての攻略方法なんていくらでも分かったし、だからこそ失敗なんてなかった。
全ては自分の目的のため。
たまには気分で寄り道をしたりもしたが考えてきた最終的なゴールには必ずたどり着いていた。望んだものは必ず手に入れ、失敗することは、喪失することは何一つない。否、何処かの世界の白蘭が何かを失ったとしても他の自分がその選択肢を今後選ぶ事がないのであればミスとは言えないのだ。全てが白蘭にとって生易しいものでしかなかった。

いつだって人間が同じである限り同じ思惟を持ち、大体は同じ選択をしていき未来へ繋がっていく。
何兆もの自身が知り得るパラレルワールドはそうやって少しずつ自分の介入により少しずつ壊していきトゥリニセッテの力を手に入れ世界を崩壊へと導いた。
しかし超時空の創造主になることは叶わなかった。その都度、何がいけなかったのか確認もした。地道に一つずつその選択肢を変えていき未来を潰していく。苦行に近かったがそれでもまだまだ横の軸は無限大であることと高を括る。
潰す。
潰す。
潰す。
時に白蘭らしからぬ道を選びもしたが満足のいく結果になることは無く、苛立ってもいたし、飽きてもいたそんな時だ。ふとした時に出会う女。
そうだ彼女は白い花を買っていたところだったっけ。

『落としたよ』

佐伯凛。
いつからかは覚えてはいないがヴァリアーのボスであるXANXUSの、未来において恋人になる女。毎度ではないが高確率で彼と接触し、その場合必ず近い未来で互いに惹かれあうこととなる大空属性を持つ女。
まだそんな彼女がXANXUSと出会ってもいない時期に白い花を手にタイミング良く自分の目の前で落としたから拾ってあげた。
それが歪みの元であることに気付かずに。

『あ、』

拾って、渡す。それだけのつもりだった。
何も計画性のない気紛れな行動の一つであったし早いことこの場から抜け出そうと考えたのは今の時点で彼女と面識があるのは何かと面倒だと思ったからで、けれどこれぐらいであれば問題は無いと分かっていたからである。

背にかけた声は彼女には伝わり、ゆっくりと振り向いた。そう言えば彼女のことは写真とデータでしか知ることはなく、生身で見るのは、声を聞くのは初めてのことだ。
どんな子なのだろう。あのXANXUSを魅了させた、ただの一般人である佐伯凛という人間は。そんな期待も含ませて。

『ありがとうございます。予想以上に多く買ってしまって、……そのまま1本、花束の中に挿してくれませんか?』

驚くほど無意識であるその行動。きっと相手が白蘭でなくてもその無邪気な笑みを浮かべて返したであろう。
しかしながらその彼女の言動に衝撃が走り目を見開き、動きが止まる。世界を揺り動かし続けてきた自分が、時が止まったかのように感じるなんてことあっただろうか。
ドクリと心臓が高鳴った。胸がざわついた。
それと同時に今まで持ったことのない気持ちが湧き上がる。戦っている時のような、パラレルワールドを覗き見ているような高揚感とはまた違った何かが自分の中を埋め尽くしていく。

『…凛チャンだよね。僕、シロっていうんだ』

口走ったのは何故だろうと考える暇はなかった。
キョトンとした表情を浮かべた彼女は少し考えた後、恐らく自分の働いているリストランテの客の1人だと誤認したに違いない。白蘭が凛の花を戻したのを確認すると「ありがとう」ともう1度、白蘭の知り得なかった微笑みを己に向けたのだ。

──まただ。

湧き上がるのは知らない感情だった。
未だかつて己を縛ったことの無い気持ちだった。
ゾクリゾクリと己をざわつかせるそれはきっと危険であるとは分かっているのに歯止めが利かないのは初めてのことで、だからこそこの感情に身を委ねてしまいたいと思ったところもある。知らない事を知るのは心地いい。そして気持ちいい事を自分はこの上なく好む性質なのだ。

『君と友達になりたいと思ってるんだけど』

ほんの少しだけ困ったような表情を浮かべたものの最終的に紡ぎ出された彼女の言葉は是の言葉で、こればかりは初めての選択肢。自分の心からの言葉。
だけど笑みを浮かべ「よろしくお願いします」との返答に、心が震えたことをきっと忘れることはない。



「んーそろそろ、かな」

過去から来た沢田綱吉に負け、ボンゴレの監視下に置かれて以来初めて楽しげに顔を上げ夜空を見上げた。
風の噂でXANXUSが少しの間留守にしていることを聞きつける。恐らく原因は彼女だろう。とうとうXANXUSが彼女の居場所を突き止めたのだ。随分と時間がかかったものだとカレンダーを見ながらうーんと身体を伸ばす。

佐伯凛という女は非常に無防備で、無邪気で、それでいてとても厄介だった。あのにこやかな笑みは庇護欲と支配欲を煽り、まんまと白蘭もそれに引っかかってしまったのである。勿論彼女は驚くほどに無意識ではあったが。
パラレルワールドで計画を遂行し、他の世界では同じ時間軸で佐伯凛を、ボンゴレを潰しながらそれでもこの世界においては彼女と共にゆったりとした時間を過ごしていく。それが何ともなく快感で、だからこそこれが彼女個人に抱く感情である事に気付くのが遅れていた。否、見なかった振りを、気付かなかった振りをしていたのかもしれない。

『シロと居ると気が楽になるの。貴方は天使かもしれないね』
『破滅をもたらす?』
『まさか!シロはとってもいい人だもの』

彼女は決して自分と並ぶような頭脳を持っているわけじゃない。
誰もが振り返る美人という訳ではない。
だけど、その辺に生えている草花でも、荒野に咲く一輪の花というわけでもない。

だけど、どうしても心に、脳裏に残って消えてくれはしなかった。
その感情のままに彼女と知り合いになる事を望んだ。
食事を重ね、時に身分を隠し本当に客として通いもした。彼女がこよなく愛す白色の中に、偽りの自分であるシロも含まれないかと今度はもっと、確実なものを望んだ。
沢山ある世界のうちの一つだ、こういうのもあればいいと思える程に。
しかしその間にもパラレルワールドは自分の手により食い潰され、潰えていく未来。避けることの出来ない事実が発覚する。
と言ったところで今のいる世界でこそ自分の計画に1番近しいところまで来れるのではないかと思った時、そこまで苦悩することはなかった。それぐらいで自分の目標は揺るぐことは無かったのだ。

「……手に入らないなら壊してしまえばいいと思ったんだ」
『今日デートでしょ。ん?分かるよ、だって君幸せそうな顔してるし。めでたいねえ、とうとうゴールって感じ?』


何百回、何千回と行われたボンゴレの壊滅。それに伴い彼女も殺してきた。
佐伯凛の死亡データは何回も何回もこの目で確認し、現れたら必ず殺すように部下に命じてきた。モグラ叩きと同じだ。現れたのであれば、厄介者は殺さなくてはならない。

だけどこの世界においては厄介どころか、この自分の側に置いておきたいという気持ちさえ湧いた。非常に矛盾した事だったがいつだって邪魔なものは無感情に潰してきた。今回だって例外はない。
ほんの少し惜しいと思っただけだ。

『僕の手から離れた数分後にバーン、なワケ。流石ヴァリアーっていうのかなーやっぱガードがきつくてさ。やっと”隙”に会えた』

どうしてと大きく見開く彼女の目。カタカタと震え上がる身体。心地よく白蘭の内側を切り裂いていくがこの白い箱を彼女に渡したのは死刑宣告と同義である。
命乞いをするのであれば彼女のことは特例にと考えないこともなかった。
だけど彼女はくるりと白蘭に背を向け、掛け走る。恐らくこの爆弾を他の人間から遠ざけるために。XANXUSを巻き込まない為に。
小さく向こうへ消え行く小さな身体に伸ばした手は彼女には当然届くこともない。やがてガラスがバリンと激しい音を立てて割れる音。グッと拳を握り彼女へ最後の言葉を贈る。

『…バイバイ』

真っ白な彼女は赤く染まり、黒となって消え逝った。そうだこれでいい。これで、いい。もう自分を邪魔するものはない。ただのお遊びだったのだから。
ズキズキと何処かが痛むそれもお遊びの代償。何を残してくれたのかは知らないけど、さ。
誤算はたった一つ。
凛に接触してしまったこと。そして、その世界こそが白蘭の唯一敗北した岐路であった事だ。

けれどやっぱり、佐伯凛は特殊だった。
今までずっとどの世界でも見せたことのないその大空の炎で皆を守りきり死んだ彼女が罪人と呼ばれた時は笑いが止まらなかった。
言葉でこそ伝えられることはなかったがそれが、彼女のXANXUSへの愛であり白蘭への反抗だと分かっていたのにそれが裏目になって罪人と呼ばれるなんて誰が思っただろう。
シロの正体が白蘭だと割れたのはその直後のことで、凛と白蘭が何度も話す姿を見られていたからだ。白蘭と関わりある女であるとこれはヴァリアーには決して知らされることのなかった、ボンゴレ本部であっても一部でしか知り得ぬ情報ではあったが偽りであり真実の含まれた噂はいつしか流れていく。

佐伯凛は罪人である。
裏切り者だと彼女の名前が出る度安堵した。
これで最後の彼女だけは他の世界よりも少し自分に近しかったとそう思えただけで十分満たされ笑みが溢れ出る。
自分のモノには決してならなかったけれど死んでしまえば誰のものにもならずに澄んだのだからこれで間違いはなかったのだと。
歪んだものと分かりながら、その感情に初めて名前がつく。

「…そろそろ警備も手薄かな」

ここから彼女の居場所はそう遠くない。この為に、この為だけに大人しくしてきたのだから少しぐらいは大目に見てもらおう。
窓を開け、隠してきた翼をゆっくりと広げる。記憶があるかどうかは分からないけれど少しぐらいこの時代の凛に会いに行ったって問題はないだろう。どうせ彼のものになるのであれば、せめてその前に。

はたして、彼女の部屋はすぐに見つかり幸いにもその窓は開いていた。ぼんやりと空を見上げる凛の瞳に自分の姿はまだ映っていない。
少し幼い容貌ではあったが間違いなく彼女だ。見間違いはない。
どう声をかけようと不思議とあの時と同じ感覚が蘇ってきて笑みをひとつ。大丈夫、今度は壊さない。
驚かさないように。怖がらせないように。

彼女は自分の正体を知れば怯えるだろうか。
怒るだろうか。
こればかりはもうパラレルワールドに行くことの出来ない自分には分かりかねないことだけどそれでも君と話したかったのは事実だったんだ。

「初めまして、凛チャン」


これは僕が唯一愛した君との、最後の話。

  

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