その生命に恋う

『凛チャンだよね。僕、シロっていうんだ』
『今日デートでしょ。ん?分かるよ、だって君幸せそうな顔してるし。めでたいねえ、とうとうゴールって感じ?』
『で、さ。僕も彼にプレゼント、渡したいと思ったんだけどどうしても彼、受け取ってくれなくて。渡してほしいんだ』
『あ、それと。――…白い服、とっても似合うね。僕の好みだよ』


目を開く。
変わらない白の天井。最早見慣れてしまった高級そうな家具の数々。いつものように食事をした後、部屋に閉じこもりそのまま眠ってしまっていたらしく寝過ぎた所為なのか身体は非常に重い。

最後の日だ。
荷物を纏めておくようにと言われたし、もしも気に入った衣服等があるのであれば持って帰ってもいいと言われたが何にも興味を持つことはなかった。持って帰れば忘れることなど出来やしないだろう。
チク、タク、と時計の音が部屋を響かせる。
この部屋に時計は元々用意されていなかったが今日は夕方の決められた時刻に日本へ送られるということでベッドの側に小さなサイズのものが置かれていた。この部屋には不似合いなものだった。誰かの私物だろうか。ジッとそれを見ること数分、このまま何もしないでおくのも良いけれど最後の記念にこの建物を探検してみるのもいい。
近くにベルは居るだろうか、なんて昨日の食事時よりは随分と立ち直り服を着替えようと用意されていた服に手を伸ばす。

「…」

白いワンピースだった。
昨日着ていたものとはまた違うものだということは分かったが袖を通しながらふと、ここへ来てから白色尽くしであることに気付く。
衣服もそうであったがこの部屋だってそうだ。全てが白色を基調とした、人間味の無い、無機質な部屋。

「……白、か」

白色は好きだ。
自分の部屋だってここの部屋とは規模も掛けている金額も比べ物にもならない程に違うが白がメインとなっている。
が、引っかかったのはそれだけではない。しっかりと覚えている、目を開く前の出来事。あれは何の夢だったのだろうか。何を暗示しているのだろうか。

凛が取り乱す原因になったあの夢の続きにしてはゆったりとしていて、しかし決して幸せな内容というわけではなかったが、…だけど、あの声はシロ、だ。理解る。彼もそう名乗っていた。シロと名乗った青年とはあの日のあの夜少しだけ話したぐらいで顔も姿もロクに見たことはなかった。
だけど夢の中で自分と彼は対面していた。会話していた。夜に少しだけ話をした彼より幾分か年を経たようであったがあれが未来の、10年後の彼であるのであれば説明がつく。
……あれが未来の記憶だというのだろうか。
シロが褒めていた白い服とは今日のようなものだったのだろうか。

徐々に夢として溶け出す未来の記憶、なんてものがあるのかもしれない。
ならばこれをずっと見続けていればいつか彼らの求めていた未来の記憶が自分にも与えられるのだろうか。…そうなると、もう少し彼らと共に、XANXUSと共にいられるのだろうか。

「……だめ、」

そこまで考えて、頭を振る。そう考えてしまう事こそ危険なのだ。
自分は被害者で、被害者面をしなければならないのにどうしてここまで彼を、彼らを求めてしまうのか自分でも分からなかった。いっそのこと怒られ、詰られ、嫌われ、…そうすれば凛だって同様に嫌えたのかもしれないのに。早くこんな記憶、こんな数日間の軟禁生活を忘れてしまいたいと声を大にして言えるはずなのに。

そんな事があっては、ならない。
間もなく終わる話だ。もうすぐ日本へ帰って、そうすればもう彼らと会うことはない。忘れるだけ。だからもう、こんな記憶はいらない。必要ない。
何がしたいのか、何を求められているのか。何かを思い出したいのか、何かを忘れ去りたいのか。凛の中では色んな感情や思考が渦巻いていたがどれもが解決に導かれなかった。だから、必要ないと。切り捨てるようなその逃げの考えは半ば言い聞かせに近いのは自覚していた。この部屋にいればもっと考えてしまいそうな気がして扉に手を伸ばす。今日に限って鍵はかかっていなかった。

カチャリ。
ドアを開ければ思ったよりも近くに金髪の少年が見えてようやく胸を撫で下ろす。自分のこの与えられていた部屋を通り過ぎてどこかへ行く予定だったらしい。
そんな小さな音でも気がついたのだろう。ベルがいつものような笑みを浮かべながら振り向いて、

「あ、凛」
「……なっ、」

声は発せられただろうか。ドクン、ドクンと心臓が大きく打つ。バタンと扉を開け放ち、彼を見据えた。
少し離れた先に立つベルはいつもと同じ彼だ。ボーダーの服を着て、頭にティアラを乗せた、だけど今日はいつもと違ったものをその手に持っている。この距離でもそれは、それだけは何故か詳細に見えた。
白い花が掘られた、立方体の箱。
それを無造作に宙に投げては片手でキャッチ。何度かそれが放物線を描き彼の手に収まるのを見ているとゾクリと身体が突然震えだした。ベルはそんな彼女の様子に気付くことなく見慣れた笑みのまま1歩、こちらへ歩み寄る。

「ちょうど良かった。やっぱ最後ぐらい話したくてさ」
『そうそう、これってさ――…』

知っている。
それは、その箱に掘られた花は蘭だ。

「もう話すなとかスク先輩には言われてたんだけど」
『僕の手から離れた数分後にバーン、なワケ。流石ヴァリアーっていうのかなーやっぱガードがきつくてさ。やっと”隙”に会えた』

知っている。
それに中身なんて入ってはいないことを。

「…凛?」
『ま、君、もうすぐこの建物ごと壊れちゃうし関係ないか。…でも僕君のことは結構気に入ってたんだよ。ホントだってば』

知っている。
だって、それは、──それは、


『バイバイ』
「ダメええええ!!!」

瞬間、奪取。
これほどまでに叫んだことはあっただろうか。
これほどまでに走ったことはあっただろうか。

再度宙に投げられた白い箱を見た途端、身体が勝手に反応し彼の側へと走り寄る。前髪に隠されたベルの目こそ見えることは無かったがハッと相手が大きく息を飲んだのは凛からでもわかった。
投げられたそれがベルの手に収まる前にしっかりと己の手に握り込むとそのまま彼から距離をとるように走り出す。少し後に後ろから静止の声がかけられたがそれは既に凛の耳には届かなかった。

「凛!」
「来ないで!」

ベルの事を振り向くことはなかった。
走る廊下はいつまでも続く。長い。それでも用意されていた赤い靴は力強い意志を持ってその白い床を蹴り、前へ前へ。

『止まっちゃだめ!』

そうだ、そうでなくてはならない。自分のこの行動は間違えてなんかいない。内側から自分の行動を肯定する声。
ひたすら直進、やがて見えてくる廊下の端。行き止まりであるにも関係はない。寧ろそちらの方が都合はいい。


――…バリンっ!

次の瞬間突き破るガラス。躊躇いはなかった。


「っ…!」

弧を描き自分の身体が浮遊する。そのまま身体が宙で止まる訳もなく、スローモーションではあったがそのまま下へと落ちていく光景。

それはまるで、コマ送りであった。
視線を上に向けると粉々になったガラスはまるで雪のようにパラパラと細かく自分へと降り注ぎ思わず目を細める。先程まで自分のいた場所からゆっくりと遠ざかる。落ちていく。
やがて割れた窓の位置に人影が見えるが誰であるかは加速するスピードの中落下している為判断はできなかった。しかし、笑う。相手ではない。自分が、だ。

怖い、怖くない。大丈夫、こわくない。
誰かが、否、内側から自分を宥める声。言い聞かせる声。
口を開く。息を吸う。落ちる恐怖からか全身から力が抜けていたがそれでも手はしっかりとそれを離さぬよう。

願わくばこれが相手に聞こえますように。

「───……ご、」


最後まで言葉は紡ぐことはできなかった。凛の身を投げたその先は湖。ここなら大丈夫。否、そうでなくてはならない。守らなければ。これから起きる事象から、皆を。

バシャンと大きな音と共に叩きつけられるような感覚は一瞬の事で、それからゴボゴボと己の中に水が満たされていく。水の中、更に下へ下へと落ちていく身体。
酸素を求めて身体が自然と上へとあがろうとするがそれをしてはならないという強固な意志が凛の中には存在していた。

沈んでいく。それでいい。…それで、いい。
それでも片手では例の箱を離すことはなかった。空いた手は、だけど救いを求め。矛盾した事をしていると分かっているがそれでも地上を求め。
当然ながら水中で呼吸の出来る人種でもなければ至って一般人である。口内に残った最後の空気がゴボリと上へと泡となりあがっていく。上は明るいが凛の進む先は闇でしか無い。


(ああ、私…)

苦しい。寒い。辛い。感覚は既にない。
落ちて、溺れて、私死ぬのかな…また…。


また?

そう考えたのは一瞬の事。ふと己の中に疑問が浮かび上がったのと同時に強く何かに引っ張られるような感覚に陥った。手だ。何故か、上から伸ばされた手が見える。自分を捕まえようとする、大きな手。こんな水の中でどうして。誰だっけ。そんなことを思いながら、しかし凛はそれに手を伸ばし、

――………。

  

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