「……あっ、ん」

 人間の感情によって血の美味さが若干左右されるならば折角飲むのなら多少は美味い方がいいと思うことは極めて自然なことであり、つまるところ吸血行為と性行為は同時に行っていることが多い。人間の心なんて興味を持ったこともないけれど血だけはいつだって正直だった。当たり外れぐらいはあるものの幸いと言うべきか雲雀に対し特に飲めもしないような不味い血を提供する女は居なかったのだが、やはりこの時ばかりはいつもより甘い気がするのだ。
 食欲と性欲。どちらかを主軸に置けと言われれば間違いなく生きる為の食事の方を優先しただろうがこれが結局のところ一番効率がいいということを雲雀は経験談として識っていた。


「ふあっ、あっ…… んん、恭弥さま…わたし、もう……っ!」
「っ、」

 悲鳴に近い嬌声、のけぞる柔らかな肢体。深く腰を打ち付け吐精の後ようやく息を吐く。自分の下で息も絶え絶えな女の首筋にはくっきりとした噛み跡が2つ残されており未だ少量ながらその箇所から流れる血は先程まで自分がそこに牙を突き立て啜った証であった。それを魔力を込め指で撫ぜると普通の人間には見えないよう隠す。
 これであの時負った傷は完全に傷跡ごと回復した。空腹もある程度は満たすことも出来て暫くは食事をせずとも平気だろう。ゆるりと穿ったままであった自身を引き抜くと代わりにポタリと彼女の白い肌に己の汗が垂れ落ち先程までの情事の激しさを物語っていた。

 基本的に食欲と肉欲が満たされればその後の人間に付き合うような思考を雲雀は持ち合わせていない。風呂場へと歩み汗を流すとさっさと身なりを整え衣服を纏う。
 女もそれには慣れたものであり、流石に気怠げであったものの雲雀が戻ってきた時には服を着て乱れた髪を整えていた。そういえば彼女は名前こそ呼ぶことなくともそれなりに長い付き合いだったような気もしないでもない。


「恭弥さま、お食事はもうよろしくて?」
「うん」

 ヒトと吸血鬼。その共存は難しいようで実はそうではない。
 雲雀自身、実は吸血鬼として生を受けてまだ20年程度である。生まれた頃は当然のことながら子どもの姿であり、人間と同じように緩やかに成長しやがて見た目の成長はピタリと止まるだろう。がこの女は違う。確かに餌として、雲雀に血を提供する従順な餌として長年通い続けてきたものなので彼女と共に成長してきたと言っても過言ではなかったのだがやがてここで岐路が来る。その柔らかな肢体は雲雀と違い年月を減るごとに衰えていく。今は同じ年端の男と女でも数十年もすれば親子にでも、孫にも見えてこよう。それが長命種である魔族とヒトの違いである。

 そういった意味では見た目こそ同じであるのに不思議だなと感じることはあるのだ。女より男の方がもっと興味はなかったが恐らく身体の構造をとってたとしても何一つ変わらないだろう。その流れている血が赤色であるのも、心臓が一つであるのも。必要に応じ赤く染まる瞳、尖る牙。見た目の違いはそれぐらいだろうが体質となれば何もかもが違う。

 ヒトは群れる。全てを親から、他人から、コミュニティからどうあればいいのか学ぶ。
 しかし雲雀は違った。両親以外の他の吸血鬼とまだ相対したことはなくこの今雲雀がいる状況も吸血鬼として普通なのかはわからなかったどうかすら知らない。過剰な吸血行為によって人を殺すことこそ未熟者であるという証であると聞かされても別に構いやしなかったが確かに折角手に入れた餌が1回で死ぬのは色々と面倒くさいと感じ吸血行為で人を殺したことはなかったというその程度だ。
 雲雀の家の者は基本的に吸血鬼の中でも異端を貫き如何に血の繋がった家族とであっても群れる事はなく物心つくまでに子どもである自分を捨て、何処か違う場所へと早々に移動してしまった。幾つかある、もう使うことはないだろうとあちこちに屋敷を残し。ならば貰えるものは貰っておこうと複数あるうちの拠点の一つであるナミモリの森奥にある屋敷を選び、現在1人で住んでいるという訳である。最早彼らと連絡を取り合う手段はない。それでも悲観に明け暮れることもなければ悠々自適に生活を送れてきたあたり、やはり自身も雲雀の家の名の人間だったのだろう。

 そこまでであれば別段普通の魔族であっても有り得ない話ではない。
 しかし恐るべきは雲雀のこの尋常ではない群れを嫌う特性にある。かつて違う魔族がこのナミモリにやって来て人間を襲った際、群れを嫌っていたはずの雲雀が突然皆の前に姿を現し、そして一瞬で彼らを屠っていった。同族殺しは珍しいことではないのだが人間がそのようなことを知るはずがない。

 もしかして、だのまさか、だの思った連中は居たのだろう。”雲雀恭弥”と呼ばれる吸血鬼は人間が嫌いだとかそういう次元ではなくただただ群れを嫌うだけの生き物なのだと。そしてこの町に手を出す魔族を狩る程度には気に入っているのだろうと。
 そう雲雀の異端性に気付いた町長はナミモリの秩序を守るためにと自ら雲雀の屋敷へと単身赴き、ナミモリの人間とその地域を守るために手を貸してほしいということ、その代わりに食料―もちろんヒトの事だ―を定期的に差し出すという契約を持ち込んでくる有様であった。

 前者としては気に入っている町のことだ、「いいよ」とすぐに返事をしたものの食料に関しては自分で選ぶからと断った。結果、雲雀だけは唯一ナミモリで認められた魔族であり、そして彼に見初められた人間は合意を得ることで血を提供するという奇妙な関係を築いていた。人間と契約する者はあったとしても町ぐるみで契約しする魔族などかつて居なかったのだ。もちろんそれは人間どころか雲雀も知らぬことではあったのだが。とは言っても相手は何も知らぬ善良な人間。血と血で交わすような契約でなければ雲雀を縛ることはできなかったのだが、それでも自分の気分が変わらないうちは守ってやろうと思った訳で、それが驚くことに20年近く結ばれている。
 謂わば人間にとって雲雀の存在はメリットだらけなのだ、重宝しないわけがない。それに吸血鬼という魔族の中でも上位に与する存在が守護を是としているので他の魔族が滅多と近寄ることはない。しかも人間である彼らは知らなかったがその吸血鬼の間でも雲雀という姓を名乗る一族は非常に凶暴であると有名で恐れられていたのである。


「お帰りになられるのであればもうすぐ陽がのぼりますので傘をお持ちください」
「大丈夫だよ」

 彼女は一番肉体的にも相性は良かった。一旦抱いた女というのは確かに彼女らの感情も手伝い非常に美味いのだが過度の甘さは最早麻薬に近い毒である。結果彼女の元ばかり通うのは当然で、しかし頭も良いらしい。雲雀の引いている線を決して超えることないその態度は屋敷に連れ込んでも構わないと思えるほどに好ましい。
 しかし実際それを選ばなかったのはこの女にはそれ以上をする決定的な何かが足りなかったからだ。

 ――…連れ去ってしまいたいと思えるほどの感情。
 その首筋に噛み付き、自分以外に触れられることなく自身の屋敷に閉じ込めてしまいたいというほどの感情になるほどの衝動。

 いずれそういったものを感じることはあるのだろうか。
 雲雀の両親は記憶が正しければどちらも純吸血鬼だった。恐らく子孫繁栄の為に産み落とされた1人ぐらいしかあちらも認識していないに違いない。元々愛情などというものを与えられた記憶もなければ欲した記憶もなかったのでどうとでもないのだが、吸血鬼である自分にも似た姿の人間にもこう感情が抱かないのであればきっといずれ同族に会ったとしても何も思わないに違いない。
 しかし伴侶とある者が居れば便利だなと思う時は確かに、ある。しかし彼女にはそこまでを求めることはなかった。そもそもこのナミモリにいる人間は全員短い寿命を持つ生き物だ。同じヒト型であっても寿命が何十倍も違う彼女らと添い遂げようものならばそれこそ自身で命を摘み取ってしまうか、はたまた相手を自身と同じ魔族へと引き上げるかの2つしかない。
 後者の方は有り得ない事ではなく、風の噂で何度か聞いたことがある。そして前者の方であれば愚か者と一家諸共嘲笑の的になるのだ。とっとと相手も魔族にしてしまえば問題がないのにその理由を雲雀は理解することができなかった。


「どうかなさいました?」
「何もないよ」

 そんな衝動を今後持つことがあるのか。なんて何故そんな事を今思ってしまったのだろうか。


『それではさようなら。お怪我、お大事になさってくださいね』


 不思議そうにこちらを見遣る女を見返し、不意に思い出したのが先日の夜に出会った彼女だった。濡羽色の長い髪と瞳。優しい声音、月夜に照らされる白い肌。そしてあの美味しそうな香り。
 脳が、身体が彼女を欲しいと強烈に願ったあの時の衝動はまるでそれではないか。ごくり、と先程まで空腹が満たされていたというのに彼女の血を思っただけでこうやって腹が疼く。美味い物は別腹だというが、そうであるならば確かに彼女は別腹に分類されるものなのだろう。


「君、ここの町の人間には詳しいかい?」
「ええ」

 しかし匂いを伝えたところでヒトであるこの人間は分かる訳がない。あの抱いた感想こそ自分が吸血鬼たる証でもあるのだから。
 だがそれでも聞かずにはいられなかったのは、どうしても彼女の血を吸いたいと思ったからである。どうしても、彼女ともう一度相見えたいと思ったからだった。

 果たして女は知っていた。それならばと身体を持ち上げ窓を開く。

苛む衝動
 bkm 

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