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 ―――ゴゴゴゴッ!

 耳を聾するようなエンジンの音。肌を撫ぜる冷ややか
な空気。嫌味なほど青空は澄み渡っており、何もかも気に食わないがそれを表情に出すことはなく。
 XANXUSは周りを一瞥する。

 ここは昨夜まで戦っていた並盛から少し離れた空き地である。所有地の人間とどう話をつけたのかは知らないが、そこに用意されたボンゴレ専用のジェットが間もなく飛び立とうとしている。正規の手続きを行って日本へやってきた訳ではない自分たちが帰路に一般人と同じ空港など使えるはずもなく、行きと同様、ボンゴレ側で用意されたジェットに乗りイタリアへ帰る予定であった。当然、日本へ渡った時と状況はかなり変化しているのだが。
 現在、XANXUS、及び元守護者候補であった幹部、及び精鋭部隊はイタリアへと戻されることが決定し、ボンゴレ本部からの指示を待っているところである。当然、逆らうことは許されない。自分たちは敗北したのだ。母体であるボンゴレに楯突き、銃を向け、そして強引に行った勝負の結果、十代目候補である少年とその仲間達に負けたのである。こちらにもはや抵抗する手段は残っておらず、今も本部の連中に自分たちの動向を何一つ見逃すまいと警戒されている真っ只中であった。何か事を起こせば今度こそ、容赦なく背後から撃たれるなり切りつけられるなりするだろう。…しかし、

 ―――煩わしい。

 それがXANXUSの本音であった。
 裏切り者はさっさと排除しておけばいいものを、何故こんなまどろっこしい真似をするのであろうか理解ができない。不要なものは不要であると手放せばいい。殺すならさっさとそうすればいい。こんな甘さがあるが故に手酷い思いをしたばかりだと言うのに、今回の件で自分たちが如何に厄介な存在であるか理解したであろうに、何を躊躇うことがあると言うのか。

「……ボス」

 そばにある建物から聞こえたXANXUSの名を呼ぶ声が思考を途絶えさせた。
 ひょこっとそこから現れた人物はまだ少年と読んでも差支えのない、しかしれっきとした暗殺者である。歩くたびに金糸は風に靡き、しかし不思議とその目元が暴かれることはない。表情は汲み取れず、その姿は紛れもなくヴァリアー側の嵐の守護者であった。…負けた以上、元、がつくのだが。
 その後ろには二名の黒服の姿。
 両名ともXANXUSとは面識もなく、彼らの手前を歩くベルのことを警戒しているのであろうとわかる。今はヴァリアーに所属している人間たち同士での接触を禁じられている状態なので当然といえば当然なのだろうが。ちなみにXANXUSの後ろには三人の黒服が立っていて、内一人は常に銃を構えた状態というかなり緊迫した空気が漂っていた。そんな状況など目にすれば分かるだろうに、見えていないのか気付いていないのか、はたまた何も気にしていないのか……ある意味、無邪気だとも豪胆だとも言えよう。
 「……お前か」XANXUSは静かに口を開く。不審な動きをしないかと背後に居た男達の緊張が高まるが知ったことではない。

「時間だってさ」
「そうか」

 決して、XANXUSは自暴自棄になったわけではない。未だ己の中の炎は燻ったままであるし、怒りの感情は凍てついた訳でもない。ただ、今は静かなだけ。荒く波立ち続けた感情は、ここへ来て不思議と凪いでいるようである。
 ベルは後ろの男たちのことなど気にすることもなく、改めてXANXUSのもとへ歩く。ここで怪しい動きをひとつでも取ってみればすぐさま攻撃対象となり得るのだがそれを知ってか知らずか悠長なものだ。どちらにせよ、自分たちが今となって再度抵抗を試みようにもそろって負傷の身。万全な状態の男達を相手にするにはあまりにも分が悪い。
 一歩、二歩。じゃり、じゃりと土を踏みしめる音は存外に軽く。

「……お前、」

 その足取りを見て、XANXUSは口調を荒らげることもなく、目の前までやって来た彼に声をかける。そして、

「ふざけてんのか」

 ピタリ、とその足が止まった。
 表情が変わることもなく、XANXUSを見上げるその様は紛うことなきベル。―――そのはずであった。恐らく誰がどう見てもそう判断するし、そう思うに違いない。何一つ本人と相違ないように見えているにも関わらず、XANXUSがベルにかけた言葉は拒絶の意味も含まれていて。それが伝わったのか、「なんで」と聞こえたのはあまりにも頼りない一声。こちらに聞かせるつもりもなかったであろうその言葉と共に目の前の少年が小さく肩を震わせたのをXANXUSは見逃さなかった。

 なんてことはない。種明かしというほどでもないが。
 先ほどベルフェゴールが黒服の男たちに先導されジェットへと乗りこんだのをこの目でしかと見ていたのである。そのまま出てきた素振りはなく、今はあの中で一人ずつ武器を没収され拘束されているところであろう。他の連中もそうだろうが、今は抵抗するのは得策ではないと大人しく言うことを聞いているに違いない。何にしろ現在は全員が全員、手負いの獣。暴れるにしろXANXUSの指示がなければ実行しないだろうし、またXANXUSも今はそのつもりはない。

 では、本物のベルがジェットの中にいるのであれば、これは誰か。

 変装の達人がベルの姿になり、XANXUSから何か情報を得んとしているわけでもあるまい。相手がベルであろうともXANXUSは口を割るつもりはないことなどここの連中が誰よりも知っている。そのようなバカバカしい真似はしないだろう。…金で雇った男に九代目の変装させたことへの当てつけならまだしも。

 XANXUSは何気なく目の前の人物へと手を伸ばし、頬に触れる。

 ベル本人に対しこうやって触れた記憶はない。なので普段と感触がどうであるかなどと言うことは分からないが、作り物ではないことだけがハッキリと理解る。XANXUS自身、何度も変装する人間を見たことがあるし、相手をしたこともある。もちろん殺したあとに触れて、どのような化粧を施しているか、その顔の下にある本当の顔を見てやったこともある。いかに変装の達人であろうとも、完全にその人間になりかわるつもりで整形を施そうにもどこかで粗があるのは当然と言えば当然のことで。
 しかしこれは、あまりにも特異であった。
 その肌に指を滑らせてみても、その輪郭を、骨格を、髪を、色を、雰囲気も、何もかもが作られたものではなかったのである。再度整形の疑惑も持ち上がったがこればかりはXANXUSの勘とも言えよう。すべて本物であると。

「ぼ、ボス?」
「…連れてこられたのか」
「あ、ああ、まあそんな感じ。手違いみたいなヤツに近いかもしんないけど」

 そして、言語。XANXUSの思い描いた人物であれば、イタリア語どころか日本語以外さっぱりであることは既に知っている。本人を目の前に多言語で話してみせたが一切理解したような素振りもなかった。にも関わらずこの現在目の前にいる人物は流暢なイタリア語を口にし、その声帯はまるでベル本人。彼がXANXUSを欺き、そういった演技をしているとしか思えないほどに。
 本人であるのに本人ではない。外見はそのまま、中身が入れ替わってしまったようだ。

 ……こいつはそう使うべきだったのか。

 コレは戦闘で使えるわけでも、多少なりとも期待していた情報戦においてでも使えるわけではなかった。そういうピーキーな特性を持ち、あらかじめ知識を持っていなければ正しい運用がままならないものであった。
 そも、コレは化け物であるとスクアーロに言ったのは己ではないか。
 ヴァリアーにも変装が得意な精鋭部隊の人間はいたがこれはあまりにも質が違う。取り扱い方次第で世界にひとつしかない化け物となりえるモノであった。

 未だ凪いだ気持ちのまま、XANXUSは手を離し、軽く額を小突き、距離を取った。今さらどうしようもない。コレの運用方法を違えたのは自分なのだ。もう少し早く見つけていれば、もう少しこれに違う役割を与えていたなら違う結末があったに違いないというのに。ボンゴレに見捨てられたモノにも価値があったと見せしめられたであろうに。

「見逃してやったってのに、間が悪い。
てめぇは俺たちよりよほど嫌われ者らしいな。―――藤咲」

  それは同情なのか、嘲りなのか。



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