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「じゃあ出かけてくるね」
「……」

 何も言い返してくれない恭弥は誰の目から見てもわかるぐらい不機嫌そうだった。
 昨夜は言えるような雰囲気じゃなかったから黙ってた…と言うか話す暇すらなかったんだけど、どうにも彼は朝になっても出かけるような素振りがなかった。なので私はこっそり外出するわけにもいかず、正直に出かける理由を話す羽目になってしまったのだ。やましい気持ちはサラサラなかったし、ある意味それが正解だったんじゃないかと思わなくもないんだけどね。私は恭弥曰く勝手に居なくなるプロらしいので。どうせまた何かに巻き込まれて連れていかれるんでしょと言われ、実際そうだったのでごもっともですとしか返事ができなかったよホント。なんと鋭い子なんだろうか。

 そう、今日はディーノさんに言われていた通り自分の置かれた状況を自分の口で話さなければならない日。

 もうすぐ迎えが来る。誰に会うかまでは教えてもらってないけど主要人物…それもボンゴレの、多少なりとも上の立場の人なんだろうとはさすがの私でも想像できる。何しろディーノさんを仲介にしてるぐらいだもんね。ここまで来ればなるようにしかない、と変な覚悟まで決まってるぐらい。
 …正直、ツナ達に会うよりは断然楽な気はしているんだよね。だって今回はあの時と違い、ヴァリアーとの関係を話すだけで済むんだから。私が何者なのかを話したのに虚偽である、妄想であると最初から疑われ、何も信じてもらえなかったあの日とはきっと違う。あらかじめディーノさんと話したおかげで話したいことと話すべきことはある程度まとまったし、そもそも自分は無害で、何なら被害者で、最初から最後まで巻き込まれたことを主張すればいいだけなんだし。と、かなり私も厚かましくなっている自覚はある。そう、私は何も悪くないんです。何ならヴァリアーの人達には痛い思いをさせられたんですと被害者ヅラする気満々なのだった。

(服も買っておいてよかったな…)

 ちょっとでも良い印象を持ってもらおうと、服装は並盛デパートで買っておいた小綺麗な服装にしてある。もちろん押切ゆうとしてディーノさんに買ってもらった服じゃないものを。アレは今の私には少し丈が短いからね。
 それから、手に持った紙袋にはヴァリアーの服を入れてある。数多の布類に慣れ親しんできたはずのコスプレイヤーとしては悔しいけど、判別できない素材だったので気軽に洗濯はできず、畳んだだけのもの。これは私のために用意されたものらしいんだけど、私の中では借り物にすぎない。ヴァリアーと無関係を主張するためにもいつまでも手元に置くのはなあって思ったので持っていくことにした。本当は私からヴァリアーの人達に直接返すべきなんだろうけど、きっと会うことはないだろうし。私が今から会う人達に渡したところで本当に彼らに返却されるかどうかも定かじゃないんだけどね。

「あ、」

 ピンポン、と部屋に響く音。
 それと同時に目の前にいる恭弥の眉間のシワがまた増えてしまった。どうやら彼、行って欲しくないらしい。本人の口から直接はそう言われてないんだけど、表情が豊かすぎる。不機嫌丸出しでこれは今日風紀を乱した相手は八つ当たりの対象になるんだろうなと何となく分かってしまうレベル。何度か服を掴まれては宥めての繰り返しでそろそろ私も困っていたところだったからこのタイミングの来訪はとても助かる。

「あのね、恭弥。私も行きたくないんだよ。ホントに」
「……早く帰ってきなよ」
「ガンバリマス」

 居留守ができないのを知っている恭弥はそう言って、とうとう私の外出を許可してくれた。だいぶ不機嫌だけど。かなり苛立ってるのが伝わってくるんだけど! 
 なら私は頑張って主張して、早く帰ってこられるようにしなくちゃだ。

(これは、原作の外のおはなし)

 今日、このドアを開けたあとはどうなるかちっとも想像つかない。
 この場所に戻ってきたいのは山々なんだけど私にもどうなるか分からない。案外あっさりと帰してもらえるかもしれないし、ややこしいことになってしばらく戻ってこれないかもしれない。イタリアに連れていかれることまではないでしょう…あくまで希望だけど。甘い考えかもしれないけど、もしそこまで疑われているのならとっくに身柄を確保されてると思うし。
 とまあ、それなりに自分の中で覚悟はしていたつもり。そして原作外のことなので物語を変えてしまう不安からはとりあえず解放されている事実だけが不思議と私を奮い立たせている。…いや、怖いには怖いんだけどね。死ぬことはないと信じたい。頼むよ少年マンガ!
 だけど大丈夫、やれるだけやってみるしかないんだ。さあ、


 ──当然ながらこの時の私は少なからず緊張はしていた。

 いわば私は敗北者として、負けた側についていた関係者として、何かしらの処分はくだされるだろうとぐらいは冷静に考えていた。……死ぬか、それに近い制裁を受ける可能性さえ考えた。楽観的に考えているその奥底で、ひどく冷静に自分の生命が危ぶまれることも視野に入れていた。
 逃げたいなあ、と思う気持ちもあった。死にたくないと願った。もう辛い思いもしたくないし、家から出たくないなとは最初から、本当はずっと思っていて。
 だからなんだろうか?
 来客を迎えようと手を伸ばしたドアノブ、それがいつもと感触が違うように感じたのは。

(や、ばい…っ!)

 何でよりによって今なんだ! もうすぐきちんと終わるはずだったのに!!

 ゾクリとした感覚にこれは私の予想外のことが起きるぞと直感したんだけど、時すでに遅し。扉を開けるその手はもう動き出している。
 さっきまでの悲観的な考えなんてすっこんで、逆に怒りが湧いてくる。ずっと求めていたものがやってきたはずなのに、この、今だけは有り得ないでしょと心の中で大きくツッコんだのは正当な権利だと思う。
 ぐにゃりと歪む視界、振り向けば恭弥の驚く顔。そしてドアを開いたその先には、

「きょぅ、……ッ!」

 ―――…。



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