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「夜の学校って不気味だな…」
「なにお前、そんなのにはビビんの?」

 22時30分、私は並盛中学校の前にいる。
 何故あんな苦戦していたのにしれっと外にいるかってそれはとてつもなく上機嫌なベルによってまたまた俵持ちで連れてこられてしまったからである。彼の宣言通り、勝負を見るために。…周りをちらっと見てみたけどハイどうもありがとうございますと言いたくなるXANXUSをのぞくフルメンバー。逃げる手段なんてない。どちらにしろこれだと向こう側の人達に会うことは避けられないのがわかり、どうしても顔を見られたくないという願いだけは聞きとげられまたマーモンにフードをつけてもらってそれを深々とかぶっているという有様である。これが有幻覚ってやつなんだろう。触っても本物と変わらない感触にちょっと感動した。
 マーモンに見せてもらった幻覚はこれで3度目。1回目はもちろん私の体質が幻覚無効だったりしないかの実験のためだったけどそんな都合よくなる訳もなく気持ち悪くなり皆の前で嘔吐して気絶するという割とトラウマレベルの記憶がある。だけどこれは別だ。マーモン様様としか言いようがない。

「ナイフの方が普通怖がんだろ。藤咲ってどっか抜けてんだよなー」
「……」

 そしてまた横で変な奴とベルに言われたけどそりゃそうだろうと私はあえて言い返さない。どうせ言い負かされるのがオチだ。そりゃ返り血を浴びた男の子より夜の学校を怖がるなんて彼からしたら理解のできないことなのかもしれないけど怖いものは怖い。それにずいぶん前の話になるけどこの校舎で命のかかった追いかけっこをしたことのある私にとって、やっぱり夜の校舎は苦手なのだ。
 しばらくぶりにやってきた並盛中学の門をこんな形でくぐることになるとは思ってもなく、私はベルとゴーラ・モスカの上に乗るマーモンに挟まれながらゆっくり歩く。
 「そういえば」なんてことのないかのように、マーモンが口を開いた。

「君のチェーンを変えておいてあげたよ」
「え、いつのまに?」
「千切れそうだったからね。別にそれは不要のものなんだろ」

 …それはまあ確かにそうなんだけど。本当にいつの間にそんなことをしたんだろうか。はぐらかす、ではないけど答えてくれないようなのでその辺りは諦め、マーモンの小さな手から元々空の指輪が通されていたシルバーのチェーンを受け取り、それをポケットに入れる。確かに千切れたら元も子もない。修理なんて出来やしないだろうから戻ったらちゃんと保管しておこう。
 チェーンはバミューダから送られた指輪とセットだ。だけど私の生命維持に必要なのはあくまでも指輪本体だけ。マーモンが言った通りチェーンは不要だというのが骸の見立てでもあったし、ありがたく新しいものも受け取っておく。落ちたら怖いしね。
 とは言ってもそこまで神経質になる必要もない。実は指輪だって私の手から離れた瞬間に死ぬというわけじゃないのだ。ただ生きるために必要な炎が指輪じゃなく私の肉体から使われるようになるだけだ。こっちにもかろうじて誰かの死ぬ気の炎が蓄えられてあるらしいけどそれだとあまりにも少なすぎるって言うだけで。

 そうだなあ、極端にいえば私の身体は古くなった携帯みたいなもの。そして空の指輪はモバイルバッテリーだ。
 バッテリーがなくとも多少は動くけどすぐに使えなくなり、本体の電源―つまり私の身体だ―が切れてしまう状態。それを防ぐために指輪はある程度の炎を蓄え続けておかなければならないし、常に身につけている必要がある。だからマーモンの行動は本当にありがたいのだ。装着者である私にはなかなか気付けないことだし。
 一応胸元を確認するとこれまでついていたものよりも頑丈そうなチェーンが私の首にぶら下がりそれを触って確認した。ちなみにお金は請求されるような感じではない。お金にがめつい人っていう印象からやっぱりよく分からない人っていうイメージに戻っていく。「ありがとう」とお礼を言ってもぷいと顔を背けられ、私はどうしていいのか分からない。

 ……霧の属性の人って研究肌が多いのだろうか。

 私の体質のことについてよく考えているのはマーモンだ。きっとXANXUSからの命令だったりするんだろうけどこの指輪のことを説明していなかったのに既に本質的なところまで見抜いているのはさすがだなと思う。どうやら私はマーモンやアルコバレーノのことを知っている人間だと誤認されているおかげが、彼は妙に協力的なのだ。呪いを解くお手伝いには一切加われないんだけどね。残念だけど。

「お、あいつら居んじゃん」
「…」
「ししっ、あいつらのこと嫌いなわけ?」
「…まあ顔は合わせたくないかな」

 思考があちこち切り替わるけど彼らは待ってくれない。どうやら遠くで彼らの姿が見えたらしいけど私の目では確認できなかった。楽しそうにベルが聞いてくるけど私は彼の喜びそうな答えを持ってはいない。
 彼らのことは嫌い、ではない。もちろん憎んでもいない。多少なりあの時にもっと話を聞いて欲しかったなという小さな後悔こそあれどそれはあくまで私側の都合。向こうには向こうの都合というものがある。そして今回話しかけられたくもないし姿を見せたくないと思っているのも私側の都合なのだ。この辺りをヴァリアーの人達に説明する事が出来なかったのであとの想像はおまかせって言ったところ。この時点でツナたちに危害を加えるつもりもないようでそのまま歩き出したのをほっとしながら私もついていく。
 カツン、カツンと階段を上る音が響きわたる。そういえばゴーラ・モスカの音以外、彼らの動きに一切の音はない。スクアーロですら喋らなければ布が擦れる音すら聞こえないのだ。XANXUSは別行動なのか居らず、やがて階段を上り、廊下を歩むと見慣れた教室が見えてくる。

「……懐かしいな」

 本当に、懐かしい。
 ほんの数ヶ月前には私もここへ通っていたのだ。隼人と軽口を飛ばしあったり、ツナのダメっぷりを見られたり、山本に運動神経を褒めてもらったり、京子ちゃんの天使っぷりに癒されたり。今となっては戻れない過去だ。

「部屋、狭すぎじゃね?」
「集団で勉強するのに広い部屋はいらないよ」
「ふーん」

 ベルはそもそも出自が違う。学校に行ってたかどうかなんて知らないし、そもそも王子って普通の学校なんてものを見たこともなかっただろう。日本以外の国の学校なんて私も知らない。そんな彼が初めて訪れたのが戦いのためだなんて、…いや、ベルらしいと言えばそうなるのかな。
 何を思ったか他の人たちと離れ2-Aの教室のドアを開けたベルは教室に興味を抱いたようだった。スクアーロが後ろから「遅れんなよ」としっかり釘を刺してきたけどこの行動は止めるつもりはないらしい。改めて自由な人たちだなと思う。一応命のかかった試合前なんだけどなあ。
 ちなみに私はどうやらベルと一緒に行動する許可を得たらしい。
 そのままベルと一緒に教室へ入ると彼は手前にある椅子を引いて座った。背が高く、腹立たしいことに手足も長いせいかずいぶん持て余している。…おや、その席は。

「ねえ、そこ私の席だったんだよ」
「へー。じゃあ落書きしよ」
「やめてよちょっとおお!」



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