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 レヴィはこのところ幹部陣を包む不可思議な空気に悩まされていた。
 否、自分としては何も変わらないからそれでいい。しかしながら彼女…ナツ。あの子供がこのヴァリアー邸へとやって来てから皆の雰囲気が変わったことは間違いない。そう感じずにはいられないほど、何かが変わったのだがそれが何たるかは未だにわからなかった。
 元々子供は苦手である。
 どうして良いのか分からないということもあるし、意思の疎通が出来ぬ者ほどやりにくいものはない。しかしながら彼女はXANXUSが認めた新たな住人である。だからといってヴァリアーの人間ではなく、雲雀ナツというれっきとしたボンゴレ側の人間の身内。この屋敷においては正直なところ敵対視されても可笑しくないのだがそれはそれでXANXUSの怒りを買うこととなっているのもレヴィはわかっている。
 だからこそ彼女には近寄るまいと思ってはいたのだ。

「ありがとうれびい!」
「レヴィだ」

 しかしながらいつだって限界はくる。
 何もない午後、一人廊下を歩んでいた彼女を見つけ様子を探っていればどうやら迷子になっていたらしい。涙目になっていたところ仕方あるまいとベルの部屋まで連れて行ったというのに肝心の彼の部屋には鍵がかかっており談話室へと連れてきた。
 ここへ来るのは彼女がやって来て以来だっただろうか。誰もいない事にほんの少し安堵しつつソファへどっかり座るとナツも大人しくその隣に座る。怖がらないとは聞いていたがまさかここまでとは。大胆不敵、というべきなのか何も考えていないのか、…何も感じてはいないのか。その辺り流石はあの雲雀恭弥の親族というべきなのかもしれないが何しろこの子供があの男のように戦えるとは思えもしない。

「……お前は俺が怖くないのか」
「? 父さんや恭弥さんのほうが怖かったよ」
「ほう。教育されたのか」

 強面であるという自覚があったが故の疑問であったがそれ以上にあの男と、この子供の本当の親という人間は恐ろしい者だったらしい。
 確かに雲雀恭弥ともあれば優しさなど微塵も感じられることはなかったがアレも確か元々はただの一般人の、不良学生ではなかったろうか。それに比べればこちらは元々幼少期からヴァリアーの為に生き、ヴァリアーの為に死ぬよう育てられてきた生粋の暗殺者である。不思議に思っているのはそこであった。
 怖がられたい訳ではないが如何せんこの子供の、こちらの機関の人間への懐き方は尋常ではない。
 「教育、ねえ」ナツが小さく呟く。ふとこちらを見やるその瞳が何故か一瞬赤く燃えたような感覚に囚われる。ぢりり、と鳥肌が立つ。こんな幼い子供に気圧される? 自分が? ――そんな、まさか。そんな事が有り得てたまるものか。

「ある程度は血筋なんだって言ってた。99パーセントの努力、1%は血。才能。確かそんな感じなんだよね、この世界って。私の家はね、強くないと追い出されちゃうの」
「…」
「だから、私も追い出されたのかなあ。分からないけど、じゃくにくきょーしょく!お肉になりたくなかったら強くならないとね」

 ふふ、と床につかぬ足をバタバタとしながら天井を仰ぎ見るその姿は本当に子供なのか。小難しい言葉を覚えるような年頃には見えないのだがそれでもこの纏う空気は一体何なのだ。
 「でもね、れびい」ペロリと小さく赤い舌を出しその薄い唇を舐めるその姿が何と艶めかしいことか。

「強すぎる力はまわりと違うから、一人ぼっちになっちゃう。かなしいね。さびしいね。でも、ざんざすさんはれびいみたいな人がいるから、安心。こらからもざんざすさんを1人にしないであげてね」

 この、子供は今何を言ったのだ。たどたどしい言葉遣いだとは言え、今、自分のボスの事をどう表現したのか。ひとりぼっちとは何だ。悲しいとは、何なのだ。
 そのような感想を、意見を自分たち幹部に伝えたところで寧ろ殺されてしまうのではないかと考えなかったのであればやはりこの娘は非常に愚かだ。否、それですらXANXUSに認められた自分は許されるとでも思っているのか。
 ぐるぐるぐると回る思考。ただでさえこの子供は危険だと脳が、全身が訴えている。誰も見ていない今、殺してしまう方がXANXUSにとっても良いのではないかとさえ思えてくるこの子供は一体、何者なのだ。
 ゴクリ、と喉を鳴らし隣に座る少女を今一度見、瞠目した。

 彼女の瞳はやはり暗いまま、しかしそれは間違いなく赤く変化しているではないか!

 先程彼女を連れ歩いている時には黒かったはずなのだ。なのに、どうして変化しているのだ。何故、先程よりも己の内側で鳴り響く警鐘音が強く鳴り続けているのだ。

「…おまえ、」
「あ、此処に居たのかよナツ」
「べる!」

 フ、と空気が変わったのはその瞬間だった。次に瞬きした頃にはレヴィの記憶にある通りの黒い瞳に戻っており、キラリと頭の上に乗せられたティアラが光る。
 彼女の自称兄であるベルに対し振り向いたその姿は年相応の子供だった。
 よいしょっという小さな掛声と共にソファから降り立ちベルの傍へと走り寄る。擦り寄る彼女の頭を撫でているベルはまるでいつもと違っていた。確かにこれでは兄弟だと言われても―色彩があまりに違うとは言え―仕方あるまい。

「おい変態何もしてねーだろうな」
「あ、ああ」
「またねー、れびい!またあそぼ!」

 バタン、大きな音を立てて閉じる扉。閉まり切るその直前までヒラヒラと手を振り続けた彼女の瞳はやはり赤く見えていた。

「……」

 残されたレヴィは一人、静かになった談話室で呆然とせずにはいられない。
 いつの間にか、背に、顔に汗が浮かんでいる。


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