8


 その夜はただ静かなものだった。
 というのも幹部各々が与えられた任務に駆り出されていた所為で、単純に誰も居なかったからなのかもしれない。
珍しいほどに誰も居ない。そんな日がかつてあっただろうかとXANXUSは酒を呷りながら目の前のソファに座る小柄な少女を見てそう思った。
 見れば見るほどに普通の、どこにでもいる日本人の少女だった。オレンジジュースを片手に三角座り、その頭に掲げられたベルのティアラ。楽しげに微笑むその姿は本当に、ただの、少女でしかない…はずだったのだ。
 その、爛々と赤に輝く瞳を除けば。

 まったく、厄介なモノを持ち込んでくれたものだと思わずにはいられない。

「どうしました?ざんざすさん」
「何もねえ」

 たどたどしい口調は、敬語を言い慣れていないのかそもそも言葉数が元々少なくあまり話す機会がなかったのか。その見た通りの年の割であれば相当頭が切れる者だと思うだろう。元々彼女の事を快く思っていないレヴィ辺りは恐らく警戒心をもって彼女と相対しているはずで、そう観察しているに違いなかった。

「最近てめえの評価が上がってきているらしいな、ナツ」
「あら、それは嬉しいことですね」

 本当に言葉通り喜んでいるのか否かは置いておくとして、確かに彼女は捨てられた人間であり風雨をしのぐ場所すらなかったのだから感謝ぐらいはしているのかもしれない。どれだけの力があったとしても流石に野宿生活では数日とてもたないような小さな体付きである。もっとも彼女が年相応の無力な人間であったら、の話ではあるのだが。
彼はそれが普通の人間ではないことを知っていた。そうでなくてはあの時あの1発、ナツを見た時に放った亜種の炎により焼き尽くされていたに違いない。
 もちろんそれができなかったのは彼女を捉えていた鳥籠の所為だったのだが、それだけではないのだ。マーモンに改めて調べさせ、分かったのはあの籠はただただ頑丈なだけでありそれ以上に何か変わった術だの何だのが施されていた訳ではないということ。本来そういったものは外部からの敵から中に居るものを守るためにある。確かに頑丈であったし、鍵を開けない限りは開くこともなく彼女のことを守っただろう。
 ――…つまり、だ。
 彼女の身を守ったのは鳥籠に張り巡らされている何かかと思いきや、彼女自身が何らかの力を行使したと考えるのが妥当であろう。

「テメエは何しに来やがった」
「うーん、私もわからないんですよ。家族には突然鳥籠に押し込められましたし、恭弥さんには眠っている間に此処へ送られましたし私の人生どうなってるんですか」
「知るか」
「ですよねえ」

 ケタケタと楽しげに笑うナツはまるで年相応と言ったところだろうがXANXUSはその本質を知っていた。見抜いていたと言っても過言ではない。
 まったく、御伽噺じみた話ではあったが噂では聞いたことがあった。曰く、この世界には怪物と呼ばわれる人種が住んでいると。当然XANXUSだって端から信じていなかったクチだが如何せんこうやって実物が目の前で座っているとならば多少信じてやっても構わないと思える程度に確かに彼女は異端である。
 そもそもヴァリアーの建物内とはいえ基本的に侵入者防止の為に沢山のトラップが張り巡らされている。あるものはとある床を踏んだ瞬間にオートで銃が作用し侵入者を蜂の巣にするもの、あるものはとある順でドアノブを回さなければ床が外れ針の筵に落とされるもの。特にXANXUSの部屋付近とならばトラップは更に危険度を増すものなのだがこの少女はそれを難なくクリアし、部屋をノックした。その異常性はこのヴァリアー邸に住まうものならば分かるだろう。
 彼女の衣服はところどころで破れ、焦げ、異臭を放っている。
 何てことはない。全てのトラップを解除してきたのではなく、全てのトラップを見事回収してきたのだ。己が踏み抜くことによって。普通の人間では命が何個あっても足りぬような強硬策だというのに、しかし未だ尚笑い続ける少女に傷一つ見つけることは出来なかった。

「ああ、そうだ」

 ひょっこりとナツはソファから降り、立ち上がる。座ったままのXANXUSよりもまだ低い位置にいる少女は空になったグラスをテーブルに置き、小さな歩幅でXANXUSの前を目指し歩む。
 奇妙な絵だった。数多の死線と戦場を潜り抜けた屈強な男の前に、汚れなど何一つ知らぬといった出で立ちの少女は立ち止まる。彼らを縁を何と表現すべきであろうか。男と女と言うには片方が幼すぎ、かと言うには女が異様な色気を醸し出している。生と死、動と静。或いは天使と悪魔、人間とそれを唆そうとする怪物か──もちろん、この場合においてXANXUSは前者に値するのだが。

「挨拶、遅れてごめんなさい」
「……」
「雲雀ナツ。あなたの思った通りのイキモノです。だけど危害は加えません。それは私の血に、誓います」

 だから、今しばらくよろしくお願いします。
 それはまるで貴族が優雅に礼をしているかのよう。少なくともXANXUSには─目の錯覚にも程があると後に毒づいたのだが─そう見え、妖艶に笑んだ彼女はなるほど、おおよそその年の少女とは思えぬ色気でもって己に対し跪いたのであった。



「――くだらねえ」

 彼女が去った後、XANXUSは一人、酒を呷りながら小さく呟いた。彼女はもう部屋へ戻っている頃だろう。大人しくするというのであれば、何もしないというのであればこちらから何かをする必要もあるまい。では何故不機嫌であるかと言うことなのだが、それは彼女関連ではあったものの彼女自身ではない。後にやってきた手紙の内容が原因である。たかだか数行程度の手書きの文字はあくまでも殴り書きのように近く、この手紙も元から用意していたというよりは後から気分で送ったといった方が正しいように感じられる。
 どいつもこいつも、勝手極まりない。
 自分を初めから巻き込むつもりだったのだろう。敢えてこれを送ったのはその意志を確かめたかったのか或いは挑発しているのか。

「……」

 くだらねえと再度呟き、手紙を燃やす。消し炭となったそれはイタリアの生温かい風によって外へ運ばれていった。

『君達みたいな戦闘集団に最適な子をあげる。僕の一族の最強で、最弱な使えない子だ。
要らなかったら捨てていいし殺してもいい。その際死体が残れば連絡をくれたら無償で引取りに行くよ。持って帰ったら死んだ証として喜ぶ家族がいるからね。』

 ――まったくもって、厄介な種族だ。


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