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「ナツ」
「まーもん!」
気分屋であるベルがナツを自分の妹だと朝食時に堂々と公表した時は流石にマーモンですら目を見張ったが別にそれはどうでもよかった。
彼にとって必要であるのは全てが金絡み。親がどうのこうの、恋愛がどうのこうの、なんて口を挟むまでもなくまたベル特有の適当な宣言だろうと鼻で笑っていたものだ。
早速翌日になればいつものように任務にベルが部屋を空け、そこへマーモンがやってきた。部屋でおとなしくしているようにといわれたのだろうナツはソファに寝転がって本を読んでいて、その頭には早くも王子が気に入った女につけていた小さなティアラが乗せられていた。とはいっても女につけられていたティアラはすぐにベルに飽きられたが最後サボテンにされ血まみれになって彼の手元に返っていったものだが。
さてこの子供はいつまで持つものか。と少し興味は持ったが今日はその為にベルの部屋を訪れたわけではない。
「ナツ、ちょっと教えて欲しいんだけどいいかい?」
「どうしたの?」
本を隣に置いて、宙をわずかに浮遊するマーモンを不思議そうに尋ねた。アルコバレーノの呪いが解けて早10年。ゆっくりと年を取る彼は中身こそ既に成人に達していたが見た目はまだナツと同じぐらいにしか見えない。
そういえばこの子供、自分やこの飛ばされてきた組織に対して何も警戒はしていないようだけれど本当に何も知らないのだろうか。それとも雲雀恭弥のところの親類というだけあって不思議な現象には慣れているということなのだろうか。
「昨日貰ったあの鳥籠だけど、あれの底にあった紋章。あれはどこのものだい?」
大体大きい家具だとかに対してブランド名やそれと分かる紋章などが彫られているのは当然のことだ。鳥籠を見るだけでは分からなかったが彼女が座っていたあの底の部分自体に紋章が大きく彫られてあった。
調べる限り、彼の知識内にそんな変わった紋章をなぞらえたブランドは無い。彼女に分かるようならばビジネスにでも使おうと踏んでいたのだが。
「…ヒバリン」
「え?」
「それ、雲雀の家のものなの」
どうしてこんな子供が言いにくそうな表情をしているのか良く分からなかった。ああ、そう言えば捨てられたのだったか。
別に他人の事情に首を突っ込む気はさらさらない。それでもどうしてだか彼女を素直に可哀想、だと思えるぐらいには少し気に入っていたのかもしれない。その自分達に怯えのないその様子に。悪意のない様子に。
「子供なんだから笑ってなよ」
「…まーもんも子供なのに」
「僕は違うよ」
ゆっくりと近寄るマーモンをナツは手を伸ばして抱きついた。
その手がわずかに震えていたことに気付き、はぁと大きく溜息をつく。これだから子供は苦手なんだ。読みにくいったらありゃしない。
「…僕は大人に戻るために研究してるのさ」
「オトナになったら強くなるの?」
「そうだよ、呪いが解ければ…ってなんでこんな子供に話しても仕方ないのにね」
だからこそ洩らしたのかもしれない。
他の人間に言ったところでややこしくなってしまうに違いないのだから。この子供だったら何も分からないに違いない。ナツはむぎゅうとマーモンの胸元に顔を埋めて小さく声を出した。
「…私ね、難しいことはわからないけどひとつだけ、分かるよ」
「何がだい?」
「早く大人になりたいって私も思う」
「…やっぱりわかってないね。だから僕は元々大人なんだって」
「まーもんも、おそろいだね」
何なんだこの子供は。何も分かっていないくせに、どうして同種の哀しさを含ませてくるのさ。
少しだけムッとしたが、でも無邪気な瞳と手を振り払うのはもう少し、震えが止まってからその後にしてあげようと思った。
だってベルの妹だからね。
邪険にしてナイフが飛んでくるのだけは避けたいからね。ただそれだけさ。