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「恭弥さん、おなかがすきました」
「…君たちの身体って本当どうなってるんだい」

 涼やかな目元が麗しい恭弥さんの、他の人と私の扱いが随分違っていることを知っている。自惚れていい。私はトクベツだからだ。

「こんなノロマが僕より上位種なんて本当信じられないな…」

 本日も見目麗しき恭弥さんは別荘地のひとつである森林の中にある大きな屋敷のテラスで優雅に日本酒を呷っていた。私もさっき一口だけいただいたけど苦くてあんなもの一生飲まないと心に決めている。
 こんな暑い日だというのにスーツを着てもなお汗ひとつかかない彼の美貌といえばもう本当人間離れしていてウットリとしてしまう。…ああ、ニンゲンじゃないかといわれれば実際そうなんだけどさ。

「えへへ照れま「褒めてないからね」」

 対する私はオレンジジュースを飲みながら、籠の中。
 驚くこと無かれ、こんな恭弥さんの笑みを見ながら私は大人が2、3人は入れそうな鳥籠の中にいるのだ。恭弥さんがこういう趣味だって知ったら恭弥さんの近くにいる人達はさぞ「何変なこと言ってるの咬み殺すよ」すいません読心術は無しの方向でお願いしますごめんなさい。
 恭弥さんはハァと何度目かの溜息をついて鳥籠の中に座る私に声をかけた。

「君が此処に来て何日経ってるか知ってる?」
「ええと、3回ずつ月と太陽は見ました。炎天下でこの銀の鳥籠の中でお外放置って干からびちゃいます。温度どれぐらい跳ね上がると思っているんですか危うく焼肉ですよ焼肉!人肉で!」
「…元気そうなのがムカつく」

 その長い足で容赦なくガツンと鳥籠を蹴られるとその振動で後ろに吹っ飛び、後頭部を思いっきりぶつけた。痛い。視界がぐあんぐあんと回る。
 何するんですかと噛み付くように恭弥さんへと訴えると彼はそんな私を薄く笑いながら見て檻の間から腕を伸ばして胸倉を掴む。恭弥さんの綺麗な顔がグンッと近付いた。

「良いかい、君は直系一族の中でも群を抜いて頭が悪い」
「…ひゃい」
「なのに力だけは馬鹿みたいに強いから困った君の家族が人間界で自由に生きている僕の元へこの鳥籠ごと運んできた。僕にとっては迷惑極まりない。…ここまではその何も詰まっていない脳を持ってる君でも分かるかな?」
「……はい。お騒がせしてすいません」

 ようやく、恭弥さんはそこで力を緩めてくれた。危うく呼吸困難に陥るかと思った。セーフセーフ。ひっひっふー。

「君は人間界は初めてだったね。本や教育で習ったような貧相な人間は、少なくとも今から行く界隈には1人もいない。どういうことかわかるね?」
「…ごはんが、ない」
「うん。僕も、君のために餌の調達はしない」
「え」

 じゃあどうやって生きていけと?
 恭弥さんの腕を掴みながら私は縋るように彼を見た。家に居たときは何もしないでも代わりになるものがいくらでもあったというのに。驚きに目を見開く私を見て恭弥さんは楽しげに目を細め、

「自分で狩れ」
「がびーん!」

 おうちに帰りたい。
 だけど家に続く道は恭弥さんが閉じてしまった。
 すなわち彼の家以外私はどこにもいくあてはないというのに。私はヒトリでお使いだってまだしたことのない箱入り娘だと彼も知っているというのに。鬼! あ、鬼なのか。ある意味。
 そんな私の心の中も読めたのか少しだけ眉を潜めた恭弥さんは不思議そうに首を傾げる。

「で、君はどうして僕の腕を掴んでいるんだい?」
「? だって恭弥さんコレ、苦手でしょう?当たったら痛いかなって」

 私の胸ぐらを掴む恭弥さんの手を包みこみ鳥籠の檻に触れる私の腕はじゅうじゅうと音をたてている。
 とはいっても私の手は子供のそれで、恭弥さんの手を包むというよりは、銀の檻に触れないよう守っているような形で。とはいえ、これは鳥籠がおかしいんじゃない。何の変哲もない銀だけど、私たちはそういう種族なのだ。痛がって、当然の。

 ふうん、と面白くなさそうな顔をして手を離すと私もその精巧に作られた銀の檻にこれ以上触れないよう降ろす。
 火傷跡みたいに残ってしまったけれどゆっくりと皮膚が修復に入る。うーんちょっとおなかすいてるし遅いかもって不安だったけど数秒の間に元通り。まだ大丈夫だね。
あ、服はいつものじゃないから戻らないんだっけ。恭弥さんに買ってもらった服なのに残念。

「僕は半分しか流れてないから平気だよ。馬鹿にしているのかい?」

 拗ねたような恭弥さんの顔はなかなか珍しい。
 このあたりが私がトクベツたる所以だ。恭弥さんは少しだけ私には甘いし、たまに欲求不満になったらトンファーでボコ殴りしにくるけど基本的には優しい。だから私も恭弥さんがだいす「気持ち悪いこといわないで」…ごめんなさい。睨みつけられた視線に身体をすくめると私は檻に手をかざした。
 それは私の手を拒絶するように、皮膚をちりちりと焦がす。

「…だってこれは私の家特性のものだもの。私専用の威嚇用かもしれないけど、これ、眷属の人だって火傷じゃ済まないとおもうんだ。
それに、恭弥さんの綺麗な身体に傷がついたら大変だし。恭弥さんが痛むのなんて私、考えられないし…」
「…ハァ、」

 それから溜息をついた後恭弥さんは少しだけ睨んでこういった。

 ――どうして君は小憎たらしいだけではいてくれないんだい?

 お返事に困ります、恭弥さん。


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