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 吸血鬼と言う言葉を聞いたことがないというわけではない。おとぎ話の類にはすっかり疎いスクアーロでもその種族についてほんの少し知っていることがある。
 すなわち彼らは尖った牙を用いて人間の血を吸うということである。とはいってもこれはあくまでも空想の話とされている。今更そんな話を何故思い出したかと言えばもちろんそれは目の前に座る彼女がそう名乗っているからだ。

 雲雀ナツ。

 どうやらスクアーロが任務で遠方へ出ている間に雲雀恭弥から届けられたモノらしい。元々あの男は他と交流を持たぬ、戦闘を好む男だ。だがそれ故にスクアーロはボンゴレの他の守護者たちよりはあの男のことを嫌いでいることは出来ない。ボンゴレという機関に所属していなければ紛れもなくあの男はヴァリアーに所属する可能性もあったのだ。もっともあの男には協調性の欠片もないしXANXUSに盾突くのは目に見えているのだが。
 というわけでスクアーロはこの女、雲雀ナツがヴァリアーの屋敷へ滞在することを別段拒絶することなくXANXUSが決めたことならばと受け入れたのだ。だがしかし、それにしてはこの女は謎が多すぎる。

「吸血鬼つったな。お前、やっぱアレは…」
「そう! スクアーロの血をちょっともらったの」
「……おう。で、それは腹が減ったからってことでいいのか。お前、やっぱり血が好物なのかあ」

 何しろ情報が圧倒的に足りない。気が付いたら女が自分の上に跨っており、いつの間にか怪我を負っていた自分の腕に容赦なく噛みついてきたのである。当然痛みに叫ぶ。文字通り、少しふさがりかけていた傷に尖ったものが思い切り刺さったのだから。その後、自分の声に気が付いたルッスーリアやベルのおかげでどうにか状況を一端でも把握はしたのだがそれでもまだ足りない。
 何も血を吸われたことを怒っているというわけではない。どうせ流れ続けていたものだ、別に毒でも塗り込まれない限りは、自分の身体に異常をきたさないのならば構わない。しかし恐ろしいことに、――痛みがおさまったかと思えば、負っていた怪我はすっかり塞がってしまったのである。

「好物っていうわけじゃないの。いや、もちろん原動力なんだけど別に普通のごはんでも大丈夫だし」
「…じゃあわざわざオレの血を吸う必要はなかったんじゃねえか」
「ううん。…ちょっと大怪我して血が足りなくなっちゃったんだよね。スクアーロのおかげで助かっちゃった! でも私の魔力でスクアーロも怪我が治ったし…ええと、ウィンウィンっていうんだっけ?」

 エヘヘと笑うナツは毒気ない。だからこそ厄介だ。だからこそ怒りにくい。せいぜい次に牙を立てることがあれば痛みをどうにかしろと言うぐらいで。
 どうやらルッスーリアからの報告によるとベルが昨日大暴れしたそうな。そしてたまたま近くにいたナツが大怪我という言葉では言い表せぬほどの怪我を負った。一番酷い部分で言うと内臓にまで達する刺し傷、及び指切断。どう考えても数日で治るような代物ではないし治療が遅ければ死んでもおかしくはない。
 だが実際目の前の彼女は元気だ。元気すぎると言ってもいい。ちらりと確認したが怪我は全て治っているしスクアーロの怪我と同様、傷跡一つ見当たらない。これが吸血をしたことによる回復能力というのであればなるほど、吸血鬼という種族はずいぶんと都合の良い生き物のようだった。

 それに、そういう意味では確かにナツの言う通りなのだ。
 スクアーロもナツも怪我が完治。吸血されたときの痛みを除けば誰も損はしていない。何とも便利だとは思ったのだがよくよく聞けば幹部たちもナツの正体を明かされてはいなかったらしく、これが大問題になっているのだという。
 このご時世、吸血鬼という種族を信じる人間がいるだろうか。ゴーラ・モスカといういかにも見た目が化け物じみたものも所詮人間をぶち込んだ機械でしかなかった。マーモンというサイキッカーも居るがあれはかろうじて人間の枠に当てはまる。だが彼女は違う。彼女は見た目こそ人間と相違ないのにその実体はやはり人間ではないのだ。

「いやあ、でもXANXUSさんから皆説明されてないってどういうことなの? ここの人たちってどんな生物でも受け入れちゃう系のやばいところなの?」
「…ああ、お前もここが何だか知らねえのか」
「うん? まあ強い人たちがいるところっていうのは恭弥さんから聞いているよ」
「雲雀恭弥も吸血鬼ってわけかあ。道理で」
「うーん、恭弥さんに関してはトクベツだと思う。半分は人間だし…あ、でももし100%人間だったとしてもあの人はああだったんじゃないかなあ」

 親族である雲雀恭弥もまた吸血鬼の血が流れていたとは。だがあの男は吸血鬼としての頑丈さや何やらがないことは昔のリング戦で分かっている。ナツの言う通り性格的なものなのだろう。そういった点では雲雀にナツと同様吸血鬼としての性質がなくてよかったと思わざるを得ない。

「で、お前はどうしてここに来たんだ。雲雀のところに居りゃいいだろ」
「それも追い出されたんだよ。私は自由になりにここへ送られたってわけ」
「自由?」
「うーん……」

 そういうとナツはううん、と唸りながら腕を組んだ。
 ちなみにスクアーロは幼い姿だったナツを見ていないので分からなかったのだが今の彼女の身体年齢はおおよそ10代後半。どちらかというと痩せ型という体型なのだが如何せん着ている服がベルから与えられた黒と赤のボーダーのTシャツ。女性ものの服装がなかった為こうなってしまっているので仕方ないと言えば仕方なく、時折ちらりと頼りなげな肩や胸元が露わになる。それにどうこう思わぬほどスクアーロも聖人ではない。薄い唇、ちらりと除く白い牙、赤い舌。なるほど、人間離れした容姿といっても過言ではなく彼女のことを嫌悪していたはずの精鋭部隊の連中が浮かれているのも頷ける。
 「まあいいか」やがてナツは吹っ切れたかのようにしてスクアーロを見上げた。2人きりの部屋、ベッドに座るスクアーロとナツ。片や人間、片や吸血鬼。銀の髪と黒の髪。銀の瞳に、赤い瞳。何もかもがそぐわぬその様子は、他の人間が見れば神々しいと感嘆の言葉を呟くかもしれぬ。そんな状態の中、ナツはにっこりと笑みを浮かべ、可愛らしくおねだりする。

「スクアーロ、私が自由になるために血が欲しいの。10リットルぐらい! ちょっと提供してくれない?」
「出来るかあ!!」


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