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「ふうん、元気にやってるんだ」

 それは何よりと雲雀は薄ら笑い、手紙をデスクの上へと放り投げた。
 彼女はどうやら無事に生きているらしい。死んだら死んだで遺体を彼女の一族へと送りつけてやろうとすら思っていたのだが適応能力は一応あるのだと雲雀にしては珍しく感心した。
 吸血鬼、特に雲雀の一族は狂っている。
 彼女と自分は遠い親戚にあたるが本家である彼女は末娘として今までずっと鳥籠の中に捕らわれた、羽の使い方すら知らない幼鳥。間もなく狂った一族と言わしめる、生命に関する儀式が行われる前に逃がされた最強の子どもである。

「…まあ、どちらでも僕はよかったんだけど」

 彼女の兄とは交流があった。だから頼まれたときに断ることなく、彼女を受け取った。自力で逃げることのできぬよう薬を打たれ、また彼女の肌には行動制限をかける呪いが施され、食事も彼女の行動を抑えるための薬剤を混ぜ込まれていたため雲雀の屋敷へと連れ込まれたときには既にぐったりとしていたのだが数日外へ放り出していたおかげで毒の類は全て抜けきったらしい。吸血鬼の中の吸血鬼、異端中の異端とすら呼ばれただけある。
 一族に捕らわれていた彼女は2つの道があった。
 すなわち例の儀式で新しく忌まわしい生命をその腹に宿すか、逃げるかだ。一族は後者こそ恐れていたがまんまと兄に出し抜かれ今頃血眼になって探していることだろう。もっとも彼女の住んでいた悪魔谷からここへ通じるルートは雲雀が閉じてしまったのでこちらの世界へやって来ることはないのだけれど。
 「…ナツ」彼女の名前を呼ぶ雲雀の声は、本人と話している時よりも格段に柔らかい。

『最近寒くなってきましたが元気にやっていますか?
 ここの人たちはとても陽気で、にぎやかで、楽しい日々を送っています。
 びっくりしました。恭弥さん、私のこと何も紹介してくれていなかったんですね。恭弥さんが吸血鬼だっていうことも知らなかったのでそこは、ごめんなさい。

 私たち吸血鬼は人間の血をエサに、生きていくイキモノ。しょせん人間だと思っていたんですが、ここは本当に人間のすみかなの? って聞きたくなるぐらい化け物じみた人たちでいっぱいです。それとケチです。全然血をくれません。今度は誰かの任務についていって、そこで怪我をするように祈ろうと思います。

 恭弥さん、ここに送ってくれて本当にありがとう。
 呪われたあの一族の、あの忌まわしい夜から、私を助けてくれてありがとう。兄が手引きしてくれたのだと分かっているけど今は彼と連絡が取れない状態なので、もし兄に会うことがあればぜひ伝えてくれると嬉しいです。

 じゃあ、またね。今日はベルについて行って戦闘訓練ってのを受けてくる予定。あの人の銀のナイフはヒバリン特製のものじゃないけどめちゃくちゃ痛かったから恭弥さんも気を付けて。

 追伸・人間の血は美味しいんだけど、そもそも血液量が全然ないってことを知りました。もう少し人間のことについて学ぼうと思います。』



「君は死ぬよりも生きていた方が苦痛に苛まれるだろうね。でも君がそれを選ぶなら」

 それなら、それで良いんだ。
 雲雀の小さな声は誰の耳にも届くことはない。


悪魔谷少女の憂鬱
fin?


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