12
茫然としているベルとルッスーリア、そして何が何だか理解できていないスクアーロににこにこと笑いっぱなしの女。
雲雀ナツ。
ベルの予想が間違いでなければ彼女の名前はそのはずだった。そして彼女はベルがその名を口にした上で否定しない。
そんな状態を打開したのは夜中にも関わらず現れたXANXUSだった。これは何とも珍しい――ベルはそう思わずにはいられなかったがこの状況をどうにか出来る人間は自分達のボスであるXANXUSしかいないのも確かなことであり、正直彼の姿を目にした瞬間若干安堵したところはある。
XANXUSはどこまでも冷静であった。女の姿を見たところで驚くこともなく、スクアーロのベッドからシーツを剥ぎ取ると彼女の頭上へそれを投げつけドッカリとソファへ座る。
「…ボスさんよう、こいつは一体何だ。客人か?」
すっかり置いてけぼり状態になっているのはスクアーロだ。任務から帰ってきて眠っていれば素性の知れない女に襲われ何故か腕に噛みつかれていたし、ベルたちはまるで彼女を幽霊を見ているかのように扱っている。不思議に思わないはずがない。
やがて沈黙を貫いていたXANXUSは招集させた幹部全員の顔をみわたした後、「化け物だ」と一言述べた。
化け物。
一般的にそう称される人間をベルたちは誰よりも知っていた。つまり自分たちである。人間離れした能力を持ち、請け負った任務は必ず遂行させる。そういう自負はあったし確かに殺す相手の死に際にそう吐き捨てるように言われたことも2度や3度ではない。だがそれはあくまでも身体能力、武器を扱う力、頑丈さ、任務遂行力などが突出しているとは言え人間技である。ベルは人間を捨てた記憶はない。
だが彼女はそうではないのだ。意図的なのかは知らないが彼女が雲雀ナツという生物なのであれば今目の前にある光景は至って普通ではない。怪我は一体どうなったのか? そもそも、彼女は何故姿が変わっているのか? 聞きたいことは山ほどある。分からないことだらけで、だからこそベルは戸惑い、XANXUSの言葉に対しリアクションを取ることが叶わなかった。
「え、説明していなかったんですか?」
「めんどくせえ」
「そんなあ…そりゃ皆も驚くに決まってるじゃないですか」
この状況に一切動じなかった女は気軽にXANXUSへと話しかけ、文句を言っている有様だ。裸体をしっかりシーツで隠し、奇妙な恰好になったまま女はケラケラと軽快に笑う。その様は確かにナツの面影を残しているのだが。
「では改めまして」女は皆の顔を覗き込むようにして話し始める。そうだ、ナツとの違いはその赤い瞳にある。暗闇の中、妖しげに爛々と光るその瞳はまるで血のようだ。
「私は雲雀ナツ。訳あって家から追い出されましたが」
にしし、と笑えば彼女の口からは尖った牙が見え隠れ。それがひどく扇情的であるとベルは場違いにもそう思った。
「吸血鬼一家直系末娘です。どうぞよろしくね」