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 スクアーロの絶叫が聞こえたのは真夜中である。
 ヴァリアー邸にて生活しているのは幹部だけなのだが明らかにその声は焦燥を含んでおり、さすがのベルも何事かと目を覚まし、起き上がった。そういえばスクアーロはしばらく遠方任務から帰ってきておらず、ずいぶん久しぶりにあの大きな声を聞いた気がする。

「どうしたのかしら、スクアーロったら」
「どうせ寝ぼけてんじゃね」

 起きてしまったのはベルだけではない。あまりの五月蠅さにルッスーリアまで部屋から顔を出し、今は2人でスクアーロの部屋へと向かっている。
 ただでさえ今日は眠りが浅い。それというのも日中の件があるからだ。

 雲雀ナツ。

 彼女を傷付けたのは他ならぬ自分だ。暴走状態に陥っている最中のことはほとんど記憶にないが彼女の柔肌を傷付けた感触はこの手に残っている。子供を手にかけるのは自分の双子の兄以来だったのではないだろうか。一命は取り留めたものの今もまだ意識が戻らない危篤状態である。自分なりに可愛がっていた人間だっただけに久しぶりに気分が良くない。スクアーロがあの場にいればまたそれはそれでややこしいことになっていただろう。

「おーい、生きてんの先輩」

 負傷したものの治療を断ったのだと聞く。どうせすぐに治るだとか思っていたに違いない。八つ当たりも兼ねて文句の一つや二つでも言ってやろうとドアを開き、――そしてベルは瞠目する。「ベルちゃん?」後ろでルッスーリアが声をかけるが彼もまた、ベルと同様固まることとなる。

 そこには、1組の男女がいた。

 ここはヴァリアーの敷地内である。知らない人間を連れ込むことは制限されており、それを破ったものは殺される。幹部たちにももちろん適用されるのだが、そこにはスクアーロと、知らない女がベッドの上で向かい合っていたのであった。月光に照らされたスクアーロの銀糸はキラキラと輝きある意味神々しかったのだが女の方もまた、それに負けず劣らず美しい。夜を飲み込んだ長い漆黒の髪はスクアーロの髪と絡みあい何とも神秘的である。服は一切纏ってはおらずその髪が帳のような役割を果たしていたのだがそれでも彼女の白い肌は輝いて見えた。
 もっとも、スクアーロが女に対し頭上に拳骨を落とすまでの話である。

「う゛お゛ぉい! お前、痛えじゃねえか!」
「うう、だって初めてだったんだもん…」
「初めてもクソもあるか! こういうのはちゃんと合意を得てからだなあ!」

 一体何の話をしているのか。一瞬男女の営みを見せられるかと思ったのだがそうではないことに安心し、そうすると次に沸き上がったのが好奇心である。
 そもそもベルに罪悪感というものは一切ない。スクアーロがこの女を連れ込んだのであれば規則違反者はスクアーロなのだ。

「お楽しみのところ悪いけどさー、先輩」
「…ベルじゃねえか。お前、こいつが誰だか知ってっか」
「は?」

 おかしなことを言う。どうやら怪我は深く頭でもぶつけたんじゃないだろうか。自分が連れ込んだ女を知らないだなどとここまで来てよく言うものだ。言い訳ならもっとマシなものを話せばいいのに。
 大体今、客人はいない。敢えて言うならナツがそれに当てはまらないでもないが彼女は今頃医務室で眠っているはずだ。もう眼を覚ますかどうかもわかってはいないのだが。
ではこの女は誰だ。娼婦の類なのか。
 もし本当にスクアーロが知らないのであれば速やかに捉える必要がある。すぐに殺さないのは情報を吐かせるためだ。セキュリティ万全のヴァリアー邸へ忍び込める人間なんてそう居ないし、この屋敷にはどこを歩いても知らない人間だったら解除しようもないトラップがたくさんある。

 ――そういえば、歩いてきた道はトラップが全て発動していた。

 辺りが暗かったせいであまり詳細を把握していなかったが床やドアの扉のトラップの類は全て発動していたような気がする。さすがに満身創痍のスクアーロでも解除はするだろうし侵入者ぐらいしか思いつかない。だがあれだけのトラップを受けたのであれば死体が転がっていてもおかしくはないというのに全くそれらは見当たらない。かろうじて血の香りはするもののそれ以外感じられるものは何もなかったのである。

 …まさかそこの女が全てを受けたとか?

 否、それはない。それは有り得ない。猛毒や電撃を受けて生きているはずがない。そんな元気にしているはずはないのだ。

「あ、」

 先に動いたのは彼女の方。スクアーロに釣られこっちを向いたかと思うと女は無邪気にもにっこりと微笑んだ。
 美女だ。
 やはり世辞もなくベルはそう彼女を評した。欠点など見当たらぬ、愛らしい顔。年はベルと同じぐらいか少し下といったところだろうか。だがこの彼女、どこかで見たことのあるような。そのニコニコとした無防備な笑顔をつい最近まで見たことのあるような。

「ベル!」

 たたっとベッドから降り、走り寄ってくる彼女に対しベルがナイフを吐きだせなかったのはその美貌に見惚れていたわけではない。
 その呼び方、その微笑み、そして――彼女の頭に乗っているティアラ。それは紛れもなくナツに与えてやったものだ。お姫様みたいだねと喜んだナツの頭の上に乗せてやったものだ。その彼女と同じ、黒い髪の上に。
 女は速度を緩めることなくベルの前へとやって来るとそのまま勢いよく抱きついた。すり、すりと頬を擦寄らせるその仕草は間違いなくナツのもの。…だが、何故? そのようなことが有り得るのか?

「……ナツ、なのかよ」

 それは確認。だが、そうあってほしいという少しの願いが込められている。
 その姿が好ましいものだったからではない。その姿が美しかったからではない。
 彼女が生きているからだ。元気に、笑って、ベルを見ているからだ。

「ほら、今ならちゃんと爪と歯があるでしょ? これで戦えるよ!」

 へへへ、と笑う彼女を見て、また横でルッスーリアが雲雀ナツの姿が部屋から消えたことを確認し、ベルはとうとう訳が分からなくなり「しししっ」と笑った。
 一体何がどうなっているのだ。誰がどう説明してくれるというのか。


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