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軽度グロ描写

 それはいつもと変わらぬ日常的な出来事であった。もっともそれが”ヴァリアー”にとってであり、精鋭部隊にとっては非常事態ではあったのだ。もちろん余所者であるナツにとっても、なのだが。

「ベルちゃん落ち着いて!」
「しししししっ!」

 それの原因は一体何だったのだろう、と後にその現場を見ていた精鋭部隊の一人は語る。恐らくだが全てタイミングが悪かったのだ。ベルがいつになく上機嫌で自分の武器であるナイフの手入れを始めたのも、ルッスーリアが換気をするために窓を開けたのも、――ちょうどその時、突風がビュウッと吹いたのも。纏めた報告書をルッスーリアに提出するために幹部たちが集まる部屋の前まで行った男は何事かと思っていたがどうせいつものことだろうと大して気構えることはない。
 自分たちと幹部たちでは近いようでとんでもない実力の差という壁がある。自分より年下のベルフェゴールが齢8にしてヴァリアーに自ら志願し16になる頃には他の人間を差し置いて幹部となった時にはもはや誰も文句も出ぬほどの実力者となっていた。それは認める。ただアレは、あの状態は危険すぎる。ベルフェゴールが怪我をし、自らの血を見るだけで陥る暴走モードは未だ健在で、厄介なことに歳をとるごとにそれが悪化しているのはヴァリアーに所属している者は全員が知っている事実であった。
 今も扉の向こうではその状態の彼がいるのだろう。どちらにせよ今日は目の前にルッスーリアがいるようだったしすぐに収まるかと扉の前で待っていたのだがそれがなかなか終わらない。聞こえるのは金属質の音、あまり聞きたくもない、例えば柔らかな肉が引き裂かれる音。ルッスーリアがやられることは万一にも有り得ない。自分の上司であるルッスーリアの実力を知っているからこそそう思えたのにこの不安感は何だ。今でも向こうではベルを抑えようとするルッスーリアの声が聞こえていると言うのに。

「ナツちゃん!」

 …ああ、やられたのは最近やってきた子供か。男は正直安堵した。
 雲雀ナツという余所者がヴァリアーの屋敷に滞在していることに不満を抱かない人間はいない。そもそもボンゴレの人間は敵である。中でも雲雀恭弥という男はヴァリアーの中でも一目置かれていた存在であるぐらいに好戦的な男であるらしく、1度はXANXUSとも武器を交えたのだという。本音を言えば敵対したくはないが縁が出来るのも恐ろしい。
 なのにXANXUSはその子供を引き取った。このヴァリアーでは実力だけがものを言う社会なのに何も出来ぬ、しかも誰の血縁者でも何でもない子供を引き受けたという事実は大した説明を受けなかった精鋭部隊の人間にとって厄介でしかなかったのだ。扱いに困る。部屋からあまり出ないとは言えどもし目の前にしたら自分はきっと悪意のこもった目で子供を見てしまうだろう。せめて自分からは手を加えないようする程度が自分の、ヴァリアーへの忠誠心。それが勝手に死んだのであれば好都合でしかないのだ。
 一切の物音がしなくなったことで、男は全て終わったのだろうと判断し、何食わぬ顔で扉を開ける。そして、

 そこに広がる惨状に吐き気が胃からせりあがり、思わず口元に手を添えた。

 白い部屋は赤く染まっていた。ソファもテーブルも床も窓も血が飛び散りひどい有様になっている。そんな部屋に立っているのはルッスーリアだけで、その腕にはぐったりとしたベルフェゴールが抱かれている。どうやら意識を失わせることに成功したらしい。ベルフェゴールの手にはナイフと、あとは黒い塊が握られていたがそれが例の子供の毛髪であるということに気付き反射的に彼女を探す。
 はたして、部屋の隅にそれはあった。
 肉塊。男は彼女の成れの果てをそう評す。ひゅっひゅっと小さく動いていることでかろうじて息はしてあるといったところなのだが何しろ傷が多すぎる。服は斬りつけられたことによりほとんど身に纏ってはいなかったがその白かったはずの肌はもはや傷跡と流れた血のせいで何も分からない。腕は本来向いてはならないはずの方向を向いているし、こちらに力なく投げ出された手は、指が1本足りないようにも見える。足が折れているのは言わずもがな。顔は壁の方を向いているせいで見えなかったがまさかそこだけが無傷というわけではあるまい。何か恨みでもあったのか、とそうベルフェゴールに問いかけたくなる惨状である。男はこれまで何人も任務で人を殺してきた。そこに自分の感情など何もなかった為に必ず殺すのは一撃でと決めてある。だがこれはどうだ。殺しても殺したらぬというほど彼女を憎んでいなければこんなことにはならなかったはずだ。

「ルッスーリア隊長…」
「早く医療班を」
「しかし」
「今すぐに! 早く!」

 ルッスーリアはこれまでにない鋭さを持った声で命令する。どうせ間に合いそうにない。そう思ったがここでそんなことを口にすると後でどうなったか分かったものじゃない。
 生きている方が奇跡とは思うがこの場合、生きている方が地獄ではないか。
 こんな傷を負わされればいつ治るか分かったものではない。いかに切れ味の良いナイフでスッパリ斬られたとしても失ったものは戻らない。取り外れたものを再度くっつけるなどルッスーリアの力でも無理だろう。晴属性の匣をすぐに開けなかったのがその証拠だ。
 初めて雲雀ナツという人間に同情しながら、男は己の上司の命令通り医療班を呼ぶためくるりと背を向け走り出す。


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