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私だけのヒーロー

ヴァリアーでの任務は常に死と隣り合わせであるということを再認識する。惨めな姿。隊服も裂け、ひどい有様になっているこの状態をボスに見せることなんて出来やしなかった。


「っ、いでで…」

あと数人しかいないからと高を括った。その結果がこのザマで、何とも情けない。痛みを感じているということはまだ私の身体は全部繋がっているのだろう。身体を起き上がらせることすら億劫で、だけど早くしなくちゃまだ残っている標的がいる。
ボスによる幹部の選定。雲以外の人間は既に何年も何年もその幹部の座に就き続け揺るぎない実力と信頼を得ている。恐らく現ボスであるXANXUSさんが変わらない限り不動だろう。その座を奪おうなんて無謀なチャレンジャーなんて現れないに違いない。

だけど雲の幹部だけは別だった。
誰かにスカウトされた訳でもなくただたまたまその時空席だった場所に、たまたま最低限の動きが出来る雲属性の人間が居た。そこそこ数のいる雲属性の隊員を束ねる人間がどうしても必要だった。一応名目上そこに誰かを置いておく必要があった。
そんな偶然が重なって時に現れたのが私。そこにすっぽりと嵌り込むことが出来たのが私だった。私よりも長い期間ヴァリアーに在籍している雲属性を有する人間はたくさんいる。だけど彼らは選ばれなかった。嫉妬と羨望の眼差しを受け、少しのミスも許されない状態、視線を感じながら作戦を切り詰め時にはスクアーロ先輩に言葉を返しぶん殴られ、マーモン先輩にあしらわれ、ルッスに頼み込みまた体術を鍛えてもらい今に至る。他の幹部の人たちとは違って何も秀でたものの無い私。この雲の幹部の後釜を狙う人間は沢山いる。一番代替の効く、一番変更のある可能性の高い曖昧で不安定な場所にいるのが私のこの現状だった。

失敗は死を表す。
間もなくやってくる敵の残党を殺さなくちゃ私が殺される。雲属性の隊員は私が死ねば次の部隊長が回ってくるものとして喜ばれる。そんなこと、させてたまるものか。死んで、たまるものか。
ギギギと痛む身体をどうにか起き上がらせ、銃を構える。ミスは許されない。生きたければ殺すしかない。生き続けたければ、成功しか許されない。彼の隣に居たいなら、生きなければならない。ならば私のやることはただ一つ。分かりやすい、たった一つだ。


「しししっ、まだ手こずってんのかよユエ」
「!」

キラキラと輝くワイヤー、私がほんの少し気を失ったその数分でいつの間にかこの広い部屋の中にこれ程までに張り巡らされているなんて流石天才と言ったところなのだろう。
窓枠に足をかけ楽しげに笑ったベルがこちらを見ながら指でナイフをくるくると回し遊んでいる。頬に服に、髪に。赤く染まっているのはこの状況を鑑みるに、彼のものではなく玩具にされた敵方のものだろう。今回はベルのいる嵐隊と私の雲隊もの合同任務で合流地点はまた、別のところだった筈だ。だと言うのにここに居るということは既に向こうのものは狩り尽くされたという事か。配分的には4と6、あちらの方が随分多いはずだったのにこっちに来ているということは物足りなかったのかもしれない。
「なあ、ユエ」呼びかける声。ベルの表情は変わらず一定で、だけどその前髪の下は見えることがない。

「早く始末しろよ。もうすぐこっちにラスト来るぜ」
「あ、うん」
「ソレはお前にやっからさ」

バタンと同時に開かれる扉、ゼェゼェと息を切らし血走った目で此方を見る男は確かに最後の私の標的。
最後の足掻きとばかりに向こうも銃を構えだけど月夜に照らされ輝くワイヤーの意味を私も相手も同時に知る。
そうね、綺麗だね。
これはベルの張り巡らしたワイヤー。暇潰し?そうかもしれないけど、間違いなく男の行動を狭め、私が読みやすくしてくれるような造りになっていた。これなら弱った私でも照準を間違うことなく相手に合わせることが出来る。間違うこと相手を殺すことが出来る。
わざわざその為にベルが作ってくれたこのチャンスを不意にする訳にはいかない。一緒に帰るんだ。一緒に、これからも隣に居るんだ。だから、

「ごめんね、死んでもらうよ」

ベルが今すぐ死ぬ人間に情けをかけると思う?そんな無駄なことをあの王子様がするわけ無いでしょう。私が一緒に生きて帰ることを知っているから待ってくれているんだ。ただそれだけのこと。

「ベル」だからこそ私も視線は男に遣ったまま、引き金に手をかける。
言葉はなくとも耳の良いベルは聞こえているに違いない。そして私の放つ、相手の生命の絶つ音を待っているんだ。相手を殺すまで順序をゆっくりと一から十まで脳内でシミュレーション。その動きは果たして今起き上がりの自分が実戦できるものなのか、自分の動きを過大評価してしまってやいないか再度調整。差異は認められない。大丈夫、私の中のビジョンはもう出来た。出来上がった。それはもうこの数秒後には間違いなく行われていることだろう。
別に聞こえなくて良い。だけど聞こえるのであればあの男に聞かれたくはない。それは私とベルと2人だけの言葉。ふたりだけの会話。唯一、まだヴァリアーの中で誰にも知られていない、だからこそ今しか言えない言葉。こんな緊迫した状態でよく言えるねって我ながら思うけれど。

「…ベルってほんとヒーローだなって思うよ」
「何言ってんの。オレはそんなイイヤツじゃねーし」


私だけのヒーロー

「それに、カノジョ守んのってトーゼンだろ」

銃声音に掻き消されたかと思った?残念、私もベルと同様聴力だけは良いんだ。

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