「我々に課せられた設定というものがあるんですよ。スクアーロさんはこの道のプロでしょうし言わずとも分かっておられると思いますが」
別にこれまで女と縁が無かったわけじゃない。
その気になれば愛人も、その場限りの肉体関係の女も調達は出来たし苦になったことも困ったこともなかった。だというのにこの女はそれのどこにも属すことを許さないようなそんな気にさせられるのは何故だろうか。ただ自分と同じく任務を依頼されたプロだから?そんな理由だけでもない、気もするがそこまで踏み込める訳もなく。
女と初めて会ったのは一週間ほど前、しかしシャルレとして知ったのは昨日。それでも分かった。どうせ踏み込んだところでこの女はするりと逃げてしまうのだろう。もしかすると件の男のように物理的に拒絶されるかもしれない。
「貴方は暗殺部隊の作戦隊長として、”ユーリア”をこの1ヶ月護衛・観察し、来月のパーティにおいては依頼人を護衛する。
対する私はユーリア嬢の身代わりを勤める。たったそれだけです。シャルレは”ユーリア”という共通設定。ご理解いただけましたら光栄です」
突発的な行動をしてきた割りに頭は悪くなさそうだが突然そんな自分たちの間にある当然の事項を確認のように話したその瞳が酷く寂しげで、
それでいてその唇がひどく艶かしかったことだけは、厄介なことに目に焼きついて離れなかった。
だからなのだろうか。
思ってもないようなことを口にしようとしたのは。
「お前がバレたくないのはわかった。だが」
シャルレをこの目にもっと焼き付けたかった。
彼女の灰色の瞳に己を刻みつけたかった。カラカラに乾いたそれの本質は情欲なのか違ったものなのか判断も煩わしい。ならば手に入れてから考えれば良い。
この冷たい眼差しを手に入れたい。熱に浮かされたかのようにシャルレの頬に触れると困惑に揺れる瞳。
「俺はお前をいつでも脅せる立場にあるってことだぁ」
「おや、私に何かお求めでも?」
くすくすと笑う彼女は何を考えているのか。
否、そんなことはどうでもよかった。その薄く開かれた唇に、薄手の服に包まれた柔らかい肢体に触れたいと、暴きたいとスクアーロの理性を心地よく且つ確実に刺激している。
厄介だ。まだ知り合って間もない、何も知らないこの女に揺さぶられるなんてことが有り得ていい訳がない。
「シャルレ、俺は」
飢えてはいない。それは言い切れたがそれ以上にシャルレが欲しいと思ったことも事実であるに違いない。ゆっくりと顔を近付け唇が触れ合いそうになったその瞬間に、彼女の細い指が邪魔をした。
その指はスクアーロの下唇を柔らかく押す。跳ね除ける事も容易い、その抵抗とも呼べるのか分からない細い指に何事かと視線で問うと件の彼女は目を優しく細めたまま爆弾をゆるりと投下した。
「沢田綱吉」
「!」
ボンゴレの今のボスの名前はあまり知られては居ない。日本人という事こそあるがそれであっても彼の事は皆デーチモと総称で呼ぶことが多い。
今、なぜその名前がするりと出たのだ。女は微笑みを浮かべ続け、口を動かすことを止めやしない。
「例えばです、スクアーロさん。私がこの任務を終了次第、このファミリーを通じボンゴレの総本部に素っ裸で駆けつけヴァリアーの作戦隊長であるスクアーロさんに無理やり脅され犯されました、なあんて言ったらお優しい沢田綱吉さんはどうされると思います?」
「……」
「所詮私は中小マフィアの非戦闘員、あなた個人を脅かすことなんてそんな大それたことなど出来ませんが、いずれ収まるとはいえ彼を通じ若干面倒臭い事態を招くことも可能なわけです私。ああでもヴァリアーなら別に彼と切り離されても何ら問題ないんだっけ…9代目直属とかついてた気もしますし…ううんソレはソレで困ったなあ、どうしよう」
あれ、何か格好つかなくなっちゃいましたが取り敢えず何が言いたいかってまあ一応これでも情報屋ファミリーの端くれですしそれなりのコネクションはあるんですということですよ。
そんな彼女の言葉にひくりと引きつり、そして今までの雰囲気がガシャガシャガシャと音を立てて崩れていくようにさえ感じた。
「…お前性格悪いとか言われねえかぁ?」
「あらやだ、術士は皆こんなもんですよ」
貴方のところにもいるでしょう?
指を外し、スクアーロの額にその柔らかな唇を押し付けると悪戯気に微笑んだ。――このクソ女、と言葉にこそしなかったがそれに近しい言葉がスクアーロの腹に渦巻いたことは確かだった。
いつの間にか彼女の柔らかい唇を食もうという気はすっかり失せてしまった。しかし、諦めるつもりは毛頭ない。
「…大人しく口説かれていろよシャルレ」
「まあ、それは次回のお楽しみという事で」
触れただけで、スクアーロの言葉だけで顔を赤らめた昨日のアレですら演技だったのであればこの目の前でさらりとかわし続ける女は相当狸だ。
逃げられた上に小馬鹿にされた態度が果てしなく気に入らなかったがグイッと再度シャルレの腕を取りお返しとばかりに額に口付けるととうとう目の前の女は仮面を外しウヒャヒャと楽しそうに笑った。
――勘弁しろよぉ。
頭痛がスクアーロを容赦なく襲う。
そんな顔ですら見れたことに悪い気がしないなんて、何かが狂わされたに違いない。