03



 表立ってボンゴレを名乗ることはなかったが知る人ぞ知るヴァリアーの作戦隊長のスクアーロだ。屋敷内へ足を踏み入れると彼の姿を見ただけでヒィッと息を呑む声も聞こえやれやれと首をすくめた。

 朝9時。玄関の扉が開くとそこには銀髪の女はにこやかに笑みを浮かべながらスクアーロを待っていた。お前は昨日のアレと同一人物か。そう視線で問うてみても「どうぞこちらへ」とにこにこ笑顔を絶やすことなく黒のドレスを翻してスクアーロを部屋の真ん中にあるテーブルへと誘った。
 あらかじめ用意されていた菓子の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。スクアーロが座ると意味ありげな微笑をその口元へと浮かべながら本来自分が護衛する対象であるユーリア…でなくてはならない女は口を開いた。

「そのまま表情は変えないでくださいね」
「……」
「中庭からと、ドアの向こうから2名。あと術士が2名…まあ術士てのは私の友人なのであまり気にはしなくても平気ですが取り敢えず録音の類はしていないのでお気になさらず。顔だけはあげてどうか楽しそうに相槌でも打ってる風にしてくださいな」
「…お前は本当に昨日のシャルレなのか」
「誠に残念ながら昨日卵を大破させフリッタータを食べ損ないましたシャルレですよ」

 本当に残念です、と声を落とすその様はまさに昨日のシャルレだ。
 昨日はあの後またこの件に関してはすぐに話しますといわれ撤退させられたのだ。説明はしっかりと聞かせてもらうつもりである。

「今日は昨日みてえに擦り寄らねえのかぁ」
「嫌ですよこんなクソ薄い服で人様に密着するなんてはしたない。あなたにとっとと任務を降りていただこと奮闘した結果ああなっただけです」

 昨日までのユーリアであればスクアーロの腕…これが面倒なことに剣を握る方の手にわざとその胸を密着させてきたのだったが今日はその素振りすらない。
 別段飢えている訳ではなかったし任務中にああいったことは迷惑極まりなかったがその反面身長差が手伝い少し視線を下げればなかなか良い光景が視界に広がっていたことだけは否めない。

「…俺に降りて欲しかったのか?」
「貴方の事は我々のような末端の者でも存じ上げています。ただでさえ私も令嬢の身代わり。嘘に嘘を重ねボンゴレの暗殺部隊の御方に身代わりを護衛させただなんてまあ色々と、申し訳ないと思うんですよ。でもここの依頼人が聞き入れてくれなかったので実力行使に出させて頂きましたが無駄に終えたようですね」

 確かに、昨日の昼間までの彼女であれば演技であったことに気付かず最終的に苛立って辞めていたのかもしれない。だがそれは昼間までの事。寧ろ夕方に会った本当のシャルレを見てしまえば彼女の芝居は無駄に終えたといえよう。

「なるほどなあ」

 普段では浮かべないだろう笑みをその口元に貼り付けながらちらりと視線を送る。
 中庭から、扉の向こうから彼らふたりを見ている人間に自分たちはどう映っているのだろうか。テーブルで優雅なティータイムをする銀髪2名が甘言を紡いでいるようにも見えるかもしれない。
 ユーリア扮するシャルレの表情はまさに恋する女のそれだ。音声が聞こえてしまえばそれも崩れ去ってしまうのだが。なるほど、彼女はなかなかに役者だろう。

「来月のパーティはお前が出るのかぁ?」
「ああいうとこ華やかなのは嫌いなので嫌なんですけどね。先日命を狙われたのがショックらしく依頼人の奥様の家で臥せっているようですので、一応念の為ということで」
「よっぽど似てるんだろうな?」
「らしいですよ?私も見たことないですけど」

 それでもある程度は変装は必要だということだ。
 確かに夕方見たシャルレと今目の前にいる彼女は少しばかり雰囲気が違う。化粧と、場所と、服装と、そして今は綺麗に結わえてられてあるこの髪型が違えばもしすれ違っても分からないかもしれない。
 とはいえスクアーロとしては今の彼女よりも卵の入ったスーパーの袋を己の命を狙った輩に思い切りぶつけ昏倒させたあの時のシャルレの方が幾分も魅力的に見えるのだが。

「…お前も大変だなぁ」
「ええ全く。この顔に生まれてきたことが心底疎ましく思えるほどに」
「綺麗な顔してんのに」
「……ああ、そういう言葉には不慣れな為遠慮していただけると」

 少しの間が開いたかと思えばふい、とシャルレは顔を背ける。
 何か気に食わないことを言ってしまったのかと思ったがその耳が赤く染まっていることに気付きスクアーロは気を良くした。



 仕事一筋みたいな人だけどそれでも口が達者のようだ。思わず自分の顔が赤くなったのが分かる。それにしても綺麗な人だ、本当に、冗談抜きで。
 うちのファミリーは基本的に年齢層が高い。恐らく彼も同世代だったような記憶があるし、仕事一本で生きてきた私にとって何を話せばいいのか分からない一番緊張する年代でもある。

 しかし彼は昨日こんな視線だっただろうか。

 昨日までは擦り寄ったら明らかに嫌そうな顔をしていたというのに今は少しだけ楽しそうだ。結局私の下手な色気で嫌がらせて帰ってもらおう作戦は昨日のあの件のせいで無駄に終わったのか。フルスイングを気に入ってもらったのかもしれないが私としてはやはり淑女を目指しているものだから今すぐ忘れていただきたいところなのだけど。
 バレてしまったものは仕方ないのだ。

「シャルレ」
「ユーリアです」

 咄嗟に誰も聞いていないか確認した。ここでもし万が一聞かれては困るのだ。
かと言って私だってあまりにも慌てた様子を見せるのはおかしいとは分かっているので静かに彼の言葉に修正を求めた。
 悪い、と小さく彼の唇の動きを認めると私も安心して頷く。

「…ユーリア。お前、昨日あそこでいたってことは夜はどこで寝てんだ」
「勿論ここですよ。ただあの時間は休憩時間でしてね」

 ああそれでも話している内容はある意味アウトか。聞こえないように彼らも上手くやってくれると信じているけど。富裕層の生活は肌に合わないんですよ、と小さく漏らすとスクアーロさんはとうとう口元を緩ませて笑った。仕事だからだろうか出会った時から不機嫌そうな顔をしていたというのに楽しそうなそんな表情を見せられたら溜まらない。眼福だけど目に毒だ。

「お前とは今後のことについて話しておこうと思ってなあ゛」
「と言いますと?」
「取り敢えず、」

 つい、とその剣を握る大きな手が私の頬に触れる。
 本来任務の身であれば言語道断のその行動だけど、今この場においてスクアーロさんが任務だと知っている人がいない中、彼を止める人はいない。いやボンゴレの人だから何をしても自由なのだろうか。術士の子達が口笛吹いているのが分かる。美味しいなシャルレ!じゃないわよ怒るわよ。
 それ以外の、術士以外の人達の慌てた様子がスクアーロさんも扉の向こうから感じたのだろうか。楽しげに喉をくつりと鳴らす。

「休憩のお前の買い物に付き合ってフリッタータでも食いながらってのはどうだ?」

 楽しげに細められた双眸にさっきまで落ち着いていた心臓がまたドキンと跳ねる。
 突然の言動に演技も忘れ、きょとんとしてしまった私はその言葉の意味を理解するのに少しかかった。
 けれど楽しそうだなと思ったのは確かだったし「それはいい案ですね」と頷いたのだった。

 何だかこの任務、楽しくなりそうじゃない?


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