「なっ、お前に味方がいたのか!?」
「?」
「加勢するぜえ゛」
近くの路地裏にその現場は存在した。
スクアーロに背を向けた状態のスーパーの袋を持つ人物に対する男は5人。いずれも黒服で如何にもといったところだろうか。
背後を見せたままの人間は構えも武器もない様子を見ると一般人だろうと見て取れる。もしかすると要人の身内か何かなのかもしれない。顔は見えていないし帽子を目深に被った状態なのでスクアーロからはその人間の体躯だけでかろうじて女だろうと判断した。
一閃、二閃。女と男の間に降り立つと銀の剣を振りかざす。
相手は多少腕の立つ人間とみたが、しかしスクアーロの足元にも及ばない。
平和なあの場で暇な護衛をするぐらいならこんな所で活躍したいものだと思う。結局自分はそういう人間なのだから。
数分も経たずして全員を地へと沈めると剣を収め辺りは静寂が訪れた。
全員仕留めきったと思ったがどうも彼らは少ししぶとい人間達らしい。
「っせめてお前だけでも」
スクアーロと女の間で倒れていた瀕死の状態の男が女に迫る。間に合わない。
――くそっ!
しかしそれと同時に響き渡るドスッという非常に重い音。
慌てて振り向いたスクアーロの目に映ったのは守りきれず死を迎えた女ではなく、まるで野球の素振りの要領で手に持っていたスーパーの袋を振りかざし男を壁へと容赦なく打ちつけた女の姿で、スクアーロの動きはピタリと止まることになった。
ずるりと男は壁から地へと這い蹲り今度こそ意識を失ったのだろう。
女は袋の中身を一度見て、べしゃりと男の上へとそれをぶちまけた。買い物の帰りだったのだろうが先ほどの衝撃で全て潰れてしまっていたのであろう、男の白いワイシャツが黄色で染まる。「ああ、もったいない」初めて女が口を開いた。
「…おまえ」
「こんばんは、S・スクアーロ氏」
帽子が静かにとられる。
漸く女の顔をまともに拝んだものの、そこから流れる珍しい己と同じ銀髪に目を奪われた。
「手の内を明かすのは契約外だと言われるんですがこれは流石に予想外ということで」
――どうぞご内密に。
女は華奢で、背が低かった。紡がれる言葉は鈴を転がしたような心地の良い声に乗せられ。
自分の色彩が滅多と他にいないことは知っている。だがしかし薄暗い中彼女のサラリとした銀髪も、灰色がかった瞳も酷似しており。
「私は…まあ小さな情報屋ファミリーに所属しているシャルレと申します」
「…シャルレ」
「ええ、そして」
目の前の女の顔が変わったわけでもない。
なのに突然、無表情だった彼女の顔は笑みをたたえ柔らかい雰囲気を纏わりつかせた。何なんだ、と目を見開くスクアーロの様子をさもおかしそうに見据え。
「スクアーロ様、本日はユーリアを助けていただきまして誠にありがとうございます」
ジーパンにTシャツ、サンダル、そして左手には先ほど男に投げたものとは別のスーパーの袋。
何とも庶民的な格好をしている目の前の女は、しかし昼間豪華なドレスを身にまといスクアーロに対しベタベタと触れてきては愛の睦言を述べてきた件の令嬢に違いなかった。
どうしてこの人が現れたのか私も良く分からない。
流石ボンゴレの暗殺部隊の作戦隊長だけあって気配もなくやってきた時はおお流石!と感動ばかりが先行して身動き一つとれなかったわけだけど。
どっかの噂では荒くれ集団と聞いたこともあったし彼らは最強と言われるのも頷ける。
生まれて初めて目の前で見たけど早すぎてどう人を斬り付けているのかさえ見えない。まあ何て楽しそうに戦う人だろう。戦う為に生きる人ってこんな感じなのだろうな。デスクワーク派の私には分かりかねないけれど。
「っせめてお前だけでも」
目の前で倒れていた男が突然立ち上がり私に向かってナイフを突き出そうとしたのに、私の反応が遅れたのは彼の綺麗な剣さばきに見惚れてしまったからだ。
ヤバい。そう思って無我夢中で――
「……あちゃー」
やってしまった。やらかしてしまった。
もっとマシな撃退方法はなかったのか。私の命を狙っていたとは言え、卵が入った袋の方でフルスイングして男の顔を殴打した挙句、卵が全部割れた腹いせに暗殺者にぶちまけるとか正気の沙汰じゃない。ボスが毎日ゴルフクラブでスイングの練習をしていたのを見様見真似で遊んでた成果が今発揮されるとは思っても見なかったけど本当にやらかしてしまった。
何か言い訳でもしようかと思ったのに「ああ、もったいない」なんて言葉しか出なかった。スクアーロさんがドン引いているのが分かる。あれ、こういう場面って普通男性側に助けてもらってから始まるラブロマンスみたいにならないっけ。現実ちょっと私に厳しすぎだと思うんだけど。
「…おまえ」
「こんばんは、S・スクアーロ氏」
どうして依頼人の命令に背いたのか、私も分かっていない。
帽子を外し、どうぞご内密にと。笑みを浮かべた。
「スクアーロ様、本日はユーリアを助けていただきまして誠にありがとうございます」
こんな姿でこの挨拶は本当にバカらしいと思うよ、全くもって、そう思う。
ポカンとした彼の顔は思ったよりも人間らしくて少しだけ安心した。
――それが昨夜の話。
その後、私のボディーガードの気配がしたものだからスクアーロさんには事情を説明する間もなく撤退してもらって私は依頼人の前に連れて行かれこってり絞られることになった。
無事でよかった、と安心した表情を浮かべた依頼人であるこのファミリーのボスには少しだけ申し訳なかったけれど私は自分の心配よりもボディーガード方が無事な方に胸を撫で下ろした。私につけられたボディーガードの面々が昨日の集団と鉢合わせしたら十中八九、死んでただろうから。こんなこと、絶対に依頼人には言えないけど。
「じゃあシャルレ殿、今日も頼むよ」
「…はい」
朝9時。
どうしてボンゴレの、それも暗殺部隊が此処に来て私の日中の護衛をしているのかは知らない。その辺は大人の事情ってヤツってことで無理やり納得している感はある。知らなくていいことも時にはあるものだ。
それでも依頼人から聞いた彼の役割は朝から私の休憩が入る時間までの長時間、私の護衛と来月行われるパーティー中の依頼人自身の護衛。昨日戦っている雰囲気を見たけどどうにも彼はこういう業務合いそうにないんだけど、何で受けたんだろうか。
そんなことを思いながら、今日も時間きっちりに開く扉の前に立ち黒のドレスに身を包んだ私は笑みを浮かべるのだ。
「スクアーロ様おはようございます!」
ひくりと彼の頬が僅かに引きつったのを私は見逃さなかった。あー、どうしよう本当帰りたい。