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 スーツを着てくるようにと言いつけられ動きにくさも相俟って苛立ちを隠しもせずに依頼人の隣へと立っていた。その殺気に最初は誰も依頼人の方へ寄って来なかったが「もう少し抑えていただけますかな」という言葉に嫌々ながらもそれに従う。
 ゲストという形ではあるが一応依頼人が雇っているという事になっているらしくこの場においてスクアーロのみが帯剣を認められている。微笑みながら他のゲストたちと話す依頼人の背中を静かに見ていた。何度手元にある剣を抜きこの男を殺せればと思っただろう。
 それをしたところで、彼女の未来は変わることはないのだけれど。

 もっと早く知っていれば。
 もっと早く気付いてやれば。

 ――もっと、早く、出会えれば。

 後悔ばかりが先行する。
 一夜明けた今、あれからシャルレの姿を見てはいない。
 泣いていないだろうか。苦しく、辛く、暗闇で人質のことを憂い嘆いていないだろうか。彼女は間もなくここへとやって来る。
 そして、それが彼女と最後の対面だ。

『彼女の最期は舞台の真ん中で』

 依頼人より話は既に聞いている。
 本日の催し物のメインはボンゴレの未来を祝福して、というタイトルの良く分からない集まりの下、彼と親交のあるファミリーの重鎮達がぞろぞろと集まってきていた。
 聞いたことのないファミリーもいる。何だか怪しげな名前も聞こえたような気がするがどうでもよかった。
 現在行われている一部では彼女はまだ現れない。スクアーロはただ依頼人の後ろを歩き、どうやって捕まえたか、そしてさらに後ろには己を従えながらゲストへと挨拶周りをするのだという。

 そして、二部。
 彼女を捕らえた檻が舞台に晒され、懺悔し、依頼人へと命乞いをし、そしてヘルリングを依頼人へと渡し、最期に彼によって銃殺。そういうシナリオを聞かされたときの自分はよく怒りを抑えたと自分を褒めてやりたい気にもなった。ここまで全てがこの目の前の男の企みなのだ。シャルレはこんな男の手にかかって死ぬのだ。
 どうにかしてやりたいと思う気持ちがある。だがしかしスクアーロも、彼の立っている立場というものも、ある。これを現10代目である沢田綱吉にありのままを報告するのもひとつの手だったが今はもうそれをしたところで間に合う距離ではない。
 孤立しているのはシャルレだけではなかったということだ。全てが忌々しい。

「ではお待たせ致しました。クラリッサファミリー、シャルレの登場です」

 気が付けば一部は既に終了していた。
 突然の音声にハッとすると音楽が少しだけ小さくなり、それと同時にゆっくりと開かれる扉。

 ゆっくりと現れた彼女は黒く大きな檻の中に静かに佇んでいた。誰かの息を呑む声が聞こえる。
 彼女が登場したことで会場の中の証明はやや落とされ辺りは薄暗くなっている。ピンポイントで彼女にライトを当てられている訳では無い。だというのにこの神々しさは、一体何なんだというのだ。
 確かにこれであれば彼女がクラリッサの魔女と言われるのも頷けた。それほどまでに彼女の姿に、圧倒されている。ガラガラ、と後ろから誰かが押しているらしい。重々しい音をたてながらゆっくり会場の一番奥、舞台へ向かって進む。

 ガシャンっ!

 どこからかグラスが檻に向けて投げられた。
 スクアーロが反応するよりも先に檻の中にいるシャルレの左手が優雅にあげられ、その指先から放たれる光がグラスを粉砕しその場にガラスで出来た薔薇が浮かび上がらせた。そのままふわりふわりと浮かぶ薔薇は増殖しやがて霧散する。
 何処からか疎らにパチパチと拍手が聞こえ、それはある種のパフォーマンスに近かった。

 何故ならばその光った先には、


「……オッサ・インプレッショーネ」

 カラカラに乾いた、誰かの呟く声。欲しいと副音声が聞こえないわけがなかった。
 誰にも見つけられなかった、ボンゴレリングのような特有のファミリーに伝わるものではなく、誰でも手にすることのできる可能性を含んだその至高の指輪が目の前にある。

 この会場に集まった人間の約半数がその指輪を目的にやって来ていたことが分かった。
 何故ならば彼女が力を行使した瞬間、異常なぐらいの熱っぽい視線と会場内の空気が色を変えたのだから。それが狂気を孕んでいることに気付いたのはスクアーロの他に居たのだろうかと思えるほどに皆が皆、同じような表情でシャルレの、シャルレの持つ指輪を食い入るように見つめていた。

 そんな異例の空気の中、氷のような笑みを浮かべ続けた彼女を入れた檻は重たい音をたてながら進み依頼人の前で一度停止した。
 静かに目を伏せたシャルレに男は嬉嬉として声をかけるがそれに何の反応も示すことはない。

 銀の髪のシャルレに合わせられたその真っ白のドレスは彼女の細い体のラインが際立たされ何とも艶かしい。
 これが悪役として、これから死にに逝く者として設定されてしまった姿。

 それは、スクアーロが知っている姿とはおおよそ、かけ離れていた。
 自身の命を狙われ焦った挙句、卵の入った袋をフルスイングし暗殺者を吹っ飛ばした彼女、スクアーロに会えてよかったとへらりと笑った彼女、我々には設定があるのですよと戒めるように、困ったように笑う彼女、酒を飲み己の肩ですよすよと無防備に眠った彼女、
 そして、――

『さようなら。あなたのこと、好きでした』

 あんな、表情をもう浮かばせたくはないというのに。
 諦めたような、何も考えていないような、…スクアーロには測り知れないその表情に何も話しかけることはできなかった。それでもシャルレはちらりと目を動かし、僅かながらスクアーロを見た。その目は、不思議と落ち着いていた。そう、まるでいつもの任務終わりにスクアーロを見送るような普段と変わらない目だった。

 その目は何を意味しているのか。クラリッサの人質の安否を不安がっているのものなのか、これから何かあることを示しているのか、…それとも、スクアーロが悔いぬようにと案じているのか。
 「シャルレ」そう小さく呼んだ声が聞こえたか否か。彼女の表情が動いたのは一瞬だった。柔らかな笑みを一瞬、見せたかと思うとまた前を向いた。それと同時に動き始める檻。

 伸ばそうとした手は当然、届くわけがなかった。前へと、死へと進む檻を止める術をスクアーロは持っていなかったのだから。

「………っ、」

 何故なら第二部は、既に開催されているのだから。


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