ぼくだけのきみ



「シャルレ、悪いけど頼めるかな」
「もちろんですよ沢田さん」

目の前でずずずと温かいお茶を啜るようにして飲む沢田さんは正直本当に私と同じくらいの年代なのか心配になるぐらい年老いて…いや間違えた大人びて見える。

此処はボンゴレ本部、沢田さんの執務室。クラリッサの皆が元気にしているかどうか聞きに来てのんびりしていたらそんな突然の発言。とはいえいつもお世話になりっぱなしの沢田さんに言われてたから何も聞かず是と答えるとどうやらそれすら分かっていたらしい。やや疲れたような笑みで「助かるよ」と返しドアを開くとその部屋には一人の少女が椅子にぽつんと座っていた。
彼女が沢田さんの頼みごとの人。まさか恋人…いや流石にないか。あまりにも幼い。

「……」
「こんにちは」

沢田さんに許可を得て視線を合わせるために床に膝をつく。お人形さんのような子だ。
人見知りなのだろうか、怖々とした様子が見えるものの何の反応もなく青い目が静かに私を見返す。
束の間の静寂。
ゆっくりとした動作で小さな手がこちらに伸ばされる。ひたりと触れる冷たい指。隣で沢田さんが嬉しそうに笑ったのが分かる。どうやらこの場において沢田さんの手を煩わせていた張本人であり、その彼女に少なくとも嫌われた訳ではないということを悟る。そりゃそうでしょうこの本部だときっと子どもの扱いに慣れたような綺麗なお姉さんなんてそんなに居ないに違「お兄さま!」

……え。


シャルレが本部から帰ってこない。
スクアーロは苛立ちを隠すこともなくこんな事だったら外に出るのを許可しない方が良かったと本日何度目かになるだろうか時計を見てハアとため息をつく。

任務から帰ってきた後、自分とシャルレとで共有している生活スペースである部屋に入るのが一番の楽しみだったと言っても良い。少なからず彼女はスクアーロの言い付け通りこのヴァリアー邸から出たこともなかったが今日に限ってはそれを許していた。

クラリッサファミリー。

情報の扱いを主とするそのファミリーは彼女の所属しているところである。
好きで抜けた訳ではない。しかし例のファミリーに再度戻ることはない。だからこそそのクラリッサと交友のあるボンゴレ…否、沢田綱吉と会うことを許可しているのは確かだ。しかしスクアーロの帰る時間になっても戻ってこなかったことはない。まさかあの男に限って人の女に手をだすような人間ではないと思っていたが…。

「ああクソ」

シャルレが居なければ元来気が長い訳ではないスクアーロも本性をすぐに曝け出す。明日の任務が無いことを確認すると身一つで車に乗り込み、アクセルを踏み込む。それはもう全力で。


果たして、シャルレはそこに居た。
ボンゴレ本部前に堂々と車を停めるとすぐさま守衛の人間が近付いてきたものの般若のようなスクアーロの表情にヒィッと情けない声をあげ誰も呼び止めることすらできずあっさりと侵入を許してしまった。

「シャルレさまー!」
「あんまり走ると転ぶよ」
「へへへ、でもシャルレさまが守ってくれるから!」

さてどこへ行けば会えるだろうか。そう思っていた矢先に愛しい彼女の声。
「シャルレ」しかしながら彼女の名前を呼びかけようとしたもののその声は、喉の奥に消えていく。会いたくて仕方のなかった恋人の様子が少々おかしいことに気付き気配を隠し近くの木へと姿を忍ばせる。

花が咲きこぼれる庭園でシャルレの姿は発見した。
が、何故か彼女は黒のスーツを着て幼い子どもを後ろからゆったりとした足取りで追いかけているのだ。
しかもスクアーロほどに長かった髪が無い。ショートというよりは学生時代の自分のようなあの短髪で、歩く度に銀の髪がふわりと揺れる。
間違いなく、見間違いなどするはずもなく一見男にも見えるがシャルレだった。意図して男装をしているとは見て分かるが何故彼女がそんな事をしなければらないのだろうか。そもそも彼女は自分のものだというのに。

「…ねえあの方、素敵じゃない?」

よくよく見ればそこにいるのは子どもとシャルレだけではなかった。
本部で働いているメイドであろうか、女性が数名スクアーロが近くにいることなんて気付くはずもなくひそひそと話しながら熱い視線をシャルレに対して送っている。
恐らく彼女たちは男だと信じてやまないのだろうがそれでも面白くないと思ったのは確かだ。
そう考えればどうして自分が隠れていなければならないのかと自分の行動自体にも腹が立ってくる有様で、隠れることもすぐに止め、シャルレに向かって腕を伸ばす。

「!」
「シャルレ」

驚きに目を見開くシャルレを見るのは気分のいいものであったがそれでもこの胸の奥で感じたものは晴れることはない。

「スクアーロさん?え、何で」

素っ頓狂なシャルレの声に、ちょっと来いと近くの一室に連れ込み鍵をかける。

――…ガチャン!

「で、お前は沢田に頼まれたと」
「まあ断れないじゃないですか、この場合」

いやまさかここにスクアーロさんがくるなんて思ってもみなかった訳で。
呆れた顔のスクアーロさんの目の前にはスーツ姿の私が立っていた。この姿を見られるとは思わず、ポリポリと頭をかくもののそれは私の本来の髪ではなくウィッグであった所為で全然掻いた感覚がない。

『ごめんシャルレ!ちょっとの間だけだから』
『ああいいですよ沢田さん。私子ども好きですし』

沢田さんから頼まれた用事。それは彼女のお守りをすることだった。
彼女の父親であるとあるマフィアのボスと沢田さんの会合の間だけという簡単なお願い事で、だけどなかなか酷い人見知りを発揮する彼女を誰も寄せ付けず困っていたというところだったらしい。

だけどあらかじめ用意されていたそれはいつのまに私のサイズをはかったのだろうかというぐらいぴったりの大きさだった。
沢田さんの超直感ってそこまですごいのかそれとも…いや、怖いから色々深く考えるのは止めておこう。
そこでどうして男装を、というところだったけど私は彼女のお兄さんに似ているらしい。確かに色彩は私と彼女はよく似ているから有り得ないこともなかったのだろう。
結局そのまま流されに流されて男装することになり、今に至る。

「――…ハア、お前は」
「すいません。そっちに帰るの夜になると思うのでスクアーロさんも先に戻っておいてください」
「そういう訳にはいかねえよ」

スクアーロさんと話すのは昨日ぶりだったけど随分久しぶりのようにも感じられるのは今日が充実していたからなのかもしれない。
私は妹なんて存在もいなかったしやっぱり懐かれると可愛い訳で。時計を見るとあともう少しでその会合も終わるだろうし彼女と残り時間も一緒に過ごしてあげたいと思うのは悪いことじゃない、…はずなのに。
ぶすっとした表情をしたスクアーロさんはカチャカチャと車のキーを弄りながら私のことをずっと見ていた。
機嫌が直る様子も全く見られず、色々と気に入らないことがあるらしい。

「女が」
「ん?」
「他の奴等がお前のことをずっと見ていた」

肩に落とされる手。
それがゆっくりと滑り落ち私の手に触れる。指を絡められると最早反射に近いレベルで私も手に力を込め握り返す。
機嫌の悪い原因が分かってしまえば湧き上がるのはこの目の前の人に対する愛しさだけだ。この人はどうして、こんなに素直で、可愛らしいのだろう。言ったらきっと怒られるだろうから言わないけど。

「お前は俺のモンだろ」

私のものではないその銀髪に口付けられれば吐息が額にかかる。
何てことだろう、この人は私が彼女と並び楽しんでいるその間、後ろから見ていただけじゃなく通り過ぎるメイド達に嫉妬していたのだ。
彼女と手を繋いでいたのもきっと面白くなかったのだろう。リップ音を鳴らしながら指にも口付けるのはきっとそれの消毒の儀式とでもいうものなのだろうか。

ふふ、と思わず笑ってしまうと何だと言わんばかりのスクアーロさんのムッとした顔。
だけど今日は私もあのご令嬢から随分と元気を貰ったらしい。
自分から少し背伸びをしてスクアーロさんの唇をカプリと噛み付くとすかさず背中に腕を回される。逃すまいと言わんばかりに激しい口付けの応酬、これが彼の今日募らせた嫉妬の結果であるのであれば可愛いものだ。

…絵面的にこれ男性同士だけど誰も見てないし良いか。

「あらあらスクアーロさん、こちらの姿の方がお好きで?」
「バカ言うんじゃねえ」

体重を乗せられ、気が付けばベッドの上に。私の身体の上にのし上がるスクアーロさんの長い銀の髪が私の頬を擽った。
相変わらず溢れる色気は見習いたいものだ。いつもであれば同じ色の髪が混ざるところだけどウィッグを被っている今、そんなことはなく。こんな状態であってもドキンと心臓が高鳴るのは重症であるとは分かってはいるもののこればかりはどうにもならない。
結局のところ迎えに来てくれたことも、何もかも。触れられるのも、全部全部が嬉しいのだから。

「どんな姿でもシャルレはシャルレだぜぇ」

嬉しいと素直に喜ぶべきなのだろうけどやっぱりその言葉が恥ずかしくつい浮かべてしまった私の笑みにつられたようにようやくスクアーロさんは口元を緩めた。深く繋がる唇。そのまま2人の身体はゆっくりベッドに沈み込み、――…

ぼくだけのきみ
「……」
「機嫌直してくださいよちょっとビンタされたぐらいで。男前が台無しですよ」

そんな世の中甘くはない。さあ沢田さんのお願い事を遂げましょう。続きはそれから、ね。


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