スクアーロさんが大人しく座っていることを確認してから今日は何を食べようかと冷蔵庫を開く。あれ、昨日行ってないだけで中身こんなスッカスカだったっけ。
残り物も用意してた筈なのに何故かそれもなく、代わりにアルコールの缶が所狭しと並べられていた。…まさか。
ぎろりと睨みつけるとその視線に気がついたのか不思議そうな表情でこっちを見るスクアーロさん。「ん?」なんて首を傾げる彼がちょっと可愛いと思ったのは秘密だ。
「……何もないです」
犯人、きっとこの人だろうなあ。というかこの人以外だったら逆にマズいんだけどさ。
しっかしスクアーロさん、やっぱり昨日もここへ来て残りを全部食べちゃった上に酒を並べたのか。天下のボンゴレファミリーの、それも暗殺なんかを主にするヴァリアーの作戦隊長様として、また噂で聞いた剣帝としての彼の血塗れた歴史を聞いていた私は最初彼が”ユーリア”の護衛だと聞いたときにどれほど恐れたことか。
殺されるかもなぁ、なんて思いながら、とっとと任務を降りればいいのにと邪魔をしていたあの時の事を思い出すと気を張っていたのがとんでもなく馬鹿らしく感じてしまう。
彼は人間だった。想像していたよりもずっと。
初めて会った時と比べると色々私の中でも変化はある。
――私はこの人の事が好きなのだ、きっと、多分。
釣り橋効果? …それもあったのかもしれない。秘密の共有者という不思議な関係が助長させたのかもしれない。
それでも結局、私は彼という人間に出会ってしまったら惹かれていたのだと思う。多分ね。
(お腹、…すいたのだろうか)
気が付くと向こうで座っていたスクアーロさんが此方へと移動していて、冷蔵庫を覗いていた。子供かとうっかり笑いそうになったけど取り出したものがビールで、悪いけどある意味オッサ…大人なんだなと感心した。プシュッと良い音を聞きながらまた調理の方に意識を向けているとカコン、と一本早速飲み干したソレを置いたのが視界の端で見えた。
小腹でも満たされて向こうへと戻るかと思っていればドッカリと私の背中に重み。さらりと混じる私のものではない、銀髪。後ろから抱きついてきていることに一瞬動きが止まった。…アレ、後ろにいるの本当にスクアーロさん?
「申し訳ないですが非常に邪魔です」
「るせぇ」
…うわ、何だこれ酒くっさ。
この人もしかして私が来るまでにも何本か飲んでいたのかもしれない。
右にすすすと寄れば一緒についてくるし、しゃがめば一緒にしゃがんでくるし、…上にあるものを取ろうとすればすりすりと首筋に擦り寄ってくるし。
何だこの人、いつのまにこんな動物紛いなスキンシップをとるようになったんだ。包丁を持とうが火をつけようがお構いなし。これは酔っ払っているとはいえ、一度怒らねばならない。
「っ、ちょっと怪我しま…っ」
とうとう包丁を置いて怒るべく振り向いた。…が。
思ったよりも近い位置にスクアーロさんの整った顔があって息を飲んだ。
別に酔っ払って適当にじゃれついているのではないということに、やっと気付く。
任務中はつけていなかったブレスレットを触れる大きな、かさついた手。
やっとこっちを見たとばかりに嬉しそうな表情を浮かべる彼のその笑みは、私と目が合ったことで一気に男の顔へと変貌する。
――色気にあてられ、ごくりと喉が鳴ったのはどちらのものか。
ブレスレットに触れる手はそっと私の頬へと移動し、触れられ近付く彼の整った、顔。
話しているときもずっと思っていた。私と同じ色素を持っている彼は、どうしてこうも私とは違った逞しさも、強さも持ち得ているのだろう。生命力に溢れている彼に、惹かれない訳がなかった。
目を逸らそうにも逸らせない。これはもう昨夜にかけられた彼の魔法にやられてしまったにちがいない。
「逃げねえってことは、…そういう事で良いんだなぁ?」
いつもより低く、かすれた声で紡がれ身体を震わせた。
楽しげに笑んでいたはずのその眼差しの奥がちらりと欲情の色が滲んでいる。
ここまできて逃げさせてくれる訳もないことは知っている。知っていた。
そして私が逃げることがないのも、逃げる気がないことも彼は知っているのだろうと何も根拠もなくそう思った。
返事をする間もなく唇が触れる。
その温もりを感じたと思えば頬に手を添えられ、深く深く。くちゅりという水音が聴覚を刺激した。…こうなることは予想していなかったといえば嘘になる。私はそれを拒否せず、ねっとりと口の中に入ってくるその舌をも受け入れた。出し入れされるその獰猛に動く舌に酸素という酸素、そして理性を奪われていく。
「ん、っぅ」
短く情けない、喘ぎ声にも近いそれが喉から漏れる。
頬に触れていた手はいつのまにか私の腰へと回され身体のラインをなぞるようなその動きに抗おうも壁へと追い込まれている今私に出来ることといえばスクアーロさんの服をぎゅうと握り締めることだけだった。
…負けたのは私。
激しい口付けとゾクゾクとするその触れ方にとうとうガクンと身体から力という力が抜ける。「おっと」なんて楽しげに笑みながらそれでも私の身体を支えゆっくりと床へと座らせてくれる、大人の余裕さえ感じられるスクアーロさんが小憎たらしい。
それでもじろりと睨めつけると僅かに動揺したような表情を浮かべた。
「怒んねーのかぁ?」
「…泣きわめいて構わないなら今すぐそうしましょうか」
「ベッド以外で泣かせるつもりはねーよ」
もうダメだこの人。
気障な台詞だって下的な話だって似合ってしまうのは本当不思議な話。…ああ、私が彼の認識を変えたからか。そうだ、そうだよね。
「…ああ、でも」
むにっとスクアーロさんの頬を抓る。無表情でやっているものだから一応反省はして私からの攻撃は潔く受け入れるつもりであるらしい。
それに気分を良くして頬へと口付けた。
「スクアーロさんのおかげで悩んでたのも馬鹿らしくなりましたよ。その点は感謝です。…ありがとう」
さっきまでの雰囲気にモヤモヤとしていたものが全て吹っ飛んでしまったらしい。いや、吹っ飛んだというよりはものすごい羞恥によりそれどころじゃないという方が正しいのか。
それでも珍しくもそう素直に思えたから感謝の言葉を述べたというのに肝心のスクアーロさんはポカンとした後、すぐにまたぷいっと顔を私から逸らしてしまった。
その赤く染まった頬は、耳は、さっきまでだったら仕方ないなあと突っ込まなかったけれど仕返しはまだちょっとだけ続く。
「あなたからあんな情熱的にキスしてきたくせに逆には弱いんですねえ」
「くそったれ!」
噛み付くように言い返されて、一瞬あれこれ本当にスクアーロさんだろうかと思ったけどこれこそが本当の彼なんだと分かると無償に安堵した。それと同時に、
「…ふふっ」
久々に声を出して笑った。
スクアーロさんはそんな私の様子を見て少しだけ困った表情を浮かべていたけどそれから、一緒に笑った。