15



 揺れる眼差しは何に怯えているのだ。
 不安げに細められるその双眸の奥に何を隠しているのだ。

 全て話してくれさえすれば彼女をその枷から外してやれるかもしれないのに。真っ直ぐ相対してくれさえすれば今すぐその細い両肩に乗る責から少しでも逃してやれるのに。直接的な言葉でなくてもいい、ただ自分に対し一言でも救いの言葉を漏らしてくれればその細い身体を抱いて、この場から離れてやれるのに。
 しかしそれすらもシャルレは望んでいない事ぐらいスクアーロも知っていた。昼間見た彼女から感じられた決意は、そんな軽々しく変わるものではないのだと。唇をぎゅっと噛み締めるシャルレに、誰が何を決意させてしまったのだろう。

「今は、何も応えられません」
「シャルレ」
「…ごめんなさい、でも言いたくないんじゃ、ないんですよこれは本当」

 言いたくないのではなく言えないと。その言い回しでそういう事だと気がつき、そしてそれは彼女が彼女の意思ではない何か問題ごとに巻き込まれているのだと理解してしまった。
 困ったように目を伏せるシャルレはそれ以上話すつもりは無いらしい。そのまま口をつぐみ無言が訪れた。

 ――応えられない、なんて言う割りに彼女は、何故、どうして。

「…ちょっとだけ」

 ぽふり、とシャルレの身体がスクアーロの腕の中へと入り込んだのはその時だった。
 何事かと目を見開きその行動の意味を考えようにも突然のことに頭が回らない。ただ分かるのは己の腕の中で身じろぐ薄手の白いワンピースを着た彼女の、その柔らかさ。
確かにそれはスクアーロにとって待ち望んだ行動ではあったが、それが先程の自分の言葉への答えではないことぐらいは理解できる。
 そうでなければ、シャルレの身体が震えてる訳がないのだ。

「シャルレ」
「ちょっとだけ、勇気をくださいスクアーロさん」

 泣いているのかと思ったが、顔をあげ寂しげに微笑むシャルレの目には涙一つ見られない。これがシャルレの決意。これこそが彼女の強さなのだと思うと、月明かりに照らされた彼女が何と神々しく見えることか。
 さらりとシャルレの艶やかな銀髪を撫でるとシャルレは安堵したかのようにもう一度スクアーロに微笑みかけ胸へと額を押し付けてきたのだった。

「…スクアーロさんにもう少し早く会えたら、良かったな」

 独り言にしては大きなそれ。
 彼女からは生きようとする意志が強く感じられる。だからこそ、はたしてどういう意味でそう呟かれたのか分かったものではないが聞き逃すにしては少し不吉すぎる。

「う゛お゛ぉい、死ぬみてぇに言うなよ」
「ふふ、嘘ですよ。私、まだ死にたくないですし、いっぱい夢ありますからね」
「夢?」

 ええそうです。と、そう嬉しそうに声をあげた彼女からは先程までの憂いた様子はまったく見られない。彼女の奥底に仕舞われてしまったのかもしれないがそれでも少しだけであってもシャルレの内にある心情が少しでも吐露されたとなれば先程とは違い苦い気持ちにはならなかった。
 そんなスクアーロの思惑なんて知る訳もないシャルレは夢という何とも今この場に合わない単語に対し素直に反応し、言葉を続ける。

「とにかく金を集めて世界旅行だとか、美味しいもの毎日食べたりとか…あと犬を部屋で飼えるような大きな家に引越ししたりとかです。どうです、雄大でしょう」
「…おお」

 霧の人間というのは何かに付けて、やはり強欲な者が多いのかと疑惑を抱く。といってもスクアーロの周りの霧属性の人間といえば限られてはいるのだが。

「だからね、こんなところで負けるわけにはいかないんです」

 そういって、シャルレは穏やかに微笑んだ。
 己と酷似した色彩の彼女は何故こうも自分とは違って儚く見えるのだろうか。

 腕から離れるその熱を惜しいと思ったが今日はもう、これで良いと。想いを告げた勢いはすっかりと大人しくなり、それでいて彼女からは決まった返答はなかったものの否定も拒絶もなく、そして彼女の心情の一端を知れただけでも大収穫だと思えるほどに。
 ――らしくもなく、本気なのだと今、思い知らされたのだ。もちろん諦めるつもりなど毛頭なかったのだが。

「ありがとうございました。依頼内容でちょっと、不安なところがあっただけなんです。スクアーロさんも依頼を受けている身なのに、すいません」
「気にすんなぁ」

 しゅるりと生身の方の手袋を外し、シャルレの頬へと軽く触れる。
 他意はなさそうだと避けないシャルレのその無防備さを愛しく感じながら胸のポケットから用意していたものを彼女の手へと巻きつけた。

「…何ですかコレ」

 シャルレだけの為…とはいえないが、必要物資を調達する為に今日は任務後に違う街へと走った際に手に入れたものだ。それを見た時、何故だかシャルレの手首に嵌まるビジョンが見え気がつけば購入し持ち帰っていた。
 案の定、不思議そうに小首を傾げる彼女のその白い肌に、黒水晶のブレスレットはよく映えた。ただの自己満足になるだろうとは思ったがスクアーロは自分の目利きに狂いは無かったと笑う。

「お前の不安が、焦燥が和らぐ魔除けのモンだぁ」

 ポカンとした彼女の顔は、そういえば初めて見たような気がする。
 シャルレの手をとると恭しくそこへと唇を押し付け、目を丸くしたシャルレの姿をこの目でしっかりと収めれば今度こそ満足気な表情を浮かべてバルコニーから身を躍らせた。

「…勝手な人」

 そう困惑気味に彼女から呟かれた声は残念ながらスクアーロの耳に届くことは無かったのだが。


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