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『シャルレって意外と役者だよな』
『あんたからそんな話振ってくるなんてね』
『……怒ってる?』
『…シャルレ、この子だって悪気があったわけじゃ』
『わかってるわよそんなこと』
『ねえシャルレ、もう半分過ぎたんだよなあ?』
『ええ』
『…長かったなあ。早く終わりたいなあ』
『待ってなさい、私が必ず無事に終わらせてみせるから』
『シャルレ』

 ―――カツンッ

『……ごめん、私もう寝るね。あんた達も迎えに行くまで元気でいなさい』
『…、分かった。また、明日』
『ええ、明日』

 ”CDI”とはある意味、電話に近いのかもしれない。
 送信者と受信者の片方が脳内でこの受信もしくは送信モードを切り替え途絶えさせてしまえば彼らに私の声は届かないし、聞こえない。

 彼らにとっては初めての任務だ、緊張もあっただろう。私だってこんな長期任務に押し込められたことはなかったから厳しいところはあった。けれどもうすぐ、終わる。

 この残された期間上手くやっていけるか否か。依頼されたことぐらいは上手くやらなくちゃならない。ここへ送り込まれた私達のファミリーの人間はさっき話していた術士の子達2人と私の3人だけであって、他の人達が失敗をしたとしても連帯責任ではない。我々はただ我々に課せられた依頼を全うする。ヘマをする訳には絶対にいかない。

 ”CDI”の切り替えが確実に行われているかもう1度脳内で確認すると自身に施していた幻術を解き、左手の中指に嵌るリングを確認した。
 もちろん術者である私は解くこともなく目で見る事が可能だけど、厄介なことに力を使う場合は幻術は解けてしまうのだ。こればっかりは欠点だけどこのスーパーレアアイテムに文句も言ってられやしない。呪われちゃう。

 ―――カツンッ

 どうやらその音は気のせいではなかったらしい。
 音が鳴っているのは私に用意された部屋の中にある、バルコニーへと続くガラス窓。一番狙われやすいといえば狙われやすい、鍵もそこまで丈夫ではないことは知っていた。
敵襲であれば人を呼ばなくちゃならないけど、どちらにせよセキュリティ万全の此処に忍び込んでくるぐらいだから間違いなく実力はあるに違いない。
 そしてここで夜警までしてくれているボディーガードたちに、そんな強敵には歯が立たないことも私は知っている。

 恐れるなシャルレ。私は守られるべきユーリアじゃない、シャルレだ。
 ファミリー随一の守銭奴で、事務員で、あの子達と一緒に帰る場所がある。こんなところで死ぬわけにもいかない。
 落ち着かせるために大きく息を吸って、吐いて。それから、指先に力を込めた。その炎を灯すに必要なのは覚悟。私の、力の源は死なない覚悟。負けない覚悟。
やがて湧き上がるインディゴの炎をじんわりとリングに通し気配を絶つ。壁に身をくっつけ、ゆっくりと歩み寄り外の様子をちらり。

「…へ」

 間抜けな声は聞こえたのだろうか。
 下から堂々と私の部屋にコツンコツンと石を容赦なくぶつけていたのはまさかまさかの、


「よお」

 目眩がした。
 私の部屋は2階にあてがわれていて、スクアーロさんは下の階から見上げている。
何で彼が、こんな時間に。
 窓を開けて手すりから身を乗り出して彼の姿が本物であることを確認するとさっきより少しだけ表情が和らいだようなそんな気がした。

「…まだ任務の時間には何時間も早いですけど」
「お前に会いに来たんだぁ。わかるだろ」

 まずいなあ、今日のことが誤魔化しきれないと分かってたからこそ休憩時間にもスクアーロさんのところへ行かないようにしていたというのに。
 結局彼は違和感に気がついてしまった。私のこの口先だけでどうにかできるような人ではないということぐらいは十分、理解していたけど。どうしたものだか。

 無言でいると「ちょっと待ってろぉ」と珍しくも小さいスクアーロさんの声。え、ちょっと待ってまさか。
 嫌な予感がして後ろに下がろうとすると、さっきまで下にいたはずのスクアーロさんがいつの間にかバルコニーに躍り出て私の腕をつかんだ。この近くに木やら建物やらはない。何っていう跳躍力なのだ。開いた口が塞がらないとはこのことだ、人間離れにも程がある。

「…何があった」

 腕を掴まれたその力は痛みを感じるほどに強いわけではないけど振りほどくには如何せん非戦闘員の私にはあまりにも非力だ。

 ああ、もう何で。

 いつも通りのスクアーロさんでいてくれたなら私だってどうにかやり過ごせたかもしれないのに。「何も無いです」なんてたった一言返すことにどれだけ気力を振り絞っただろう。声だって震えてしまっている。…情けない。真っ直ぐ射抜かれるような視線で見られれば嘘だって演技だって自信がなくなってしまう。

「お前が心配で来た、シャルレ」
「!」

 笑ってかわせ、シャルレ。何も無いんですよともう一度笑ってみせればいい。そうすれば優しい彼の事だ、気がつかない振りをしてくれるかもしれない。
 そう言い聞かせても頬が引き攣るだけで自分の思ったような声も、言葉も出なかった。それどころかブルリと身体を震わせてしまった。スクアーロさんの瞳にうつる私はなんて滑稽な表情を浮かべているのだろう。

「なん、で…私はただの」
「理由が欲しいなら教えてやる」

 嫌だ。その先は聞きたくない。だって、その先を聞いてしまえば、その目に捕まれば、囚われれば。
 いやいやと子供みたいに頭を振っても彼の行動をとめることはできない。腕を掴まれたその手はそのままに、するりともう片方の手が私の腰へと伸びて身動きをとることが完全に出来なくなった。
 ならば最後に私が出来ることなんていえば目を逸らし耳を塞ぐことだというのにスクアーロさんと目が合ってしまってから、逸らすことなんて、出来なくなってしまっていた。……だって、

「…お前が好きだ」

 もうとっくに囚われていたのに、違いないのだ。


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