amber | ナノ


「次の連休はいつだ」

 彼の考えはいつも分かりやすいようで分かりにくく、それから突然であった。
 そんな疑問がXANXUSの口から滑りでた時には既に響はほろ酔い状態になっており特に深く考えずに「そうですねえ」と鞄から手帳を取り出し覚束ない手つきでページを捲る。

 土日の休みは毎週やってくるがXANXUSの言っている連休とはまた別のものだろう。暫くそんな、日にちもあったっけなんて思いながらも一枚一枚ゆっくりと指で確認するその速度に元々気が長い方ではないXANXUSが苛立つのは時間の問題であった。寄越せとばかりに響の手ごと手帳を己の前へ持っていくと何倍もの速さでぺらぺらと捲っていく。赤い瞳が左から右へ、忙しなく動いていくをじっと見ながらどうせならこの手を離した方が早いのにと思いつつそのままXANXUSの思うままにさせているのはやはり響とて触れていたいと感じているからだ。
 それに以前まではこうやって響のプライベートなものなどに興味も無さそうであったのに最近はこういう無遠慮な所が垣間見えるところも出てきて寧ろ喜ばしいようにも感じていた。
 勿論、大事にされていることは分かっているのだ。だけどやはり行動に示されると嬉しいもので。

「ここか」

 ようやく彼の手が止まりそのまま手帳を覗き込むと開いていたのは五月の大型連休。暦通りの休みである響もそこは休みにあたる。その頃には今の業務も落ち着いているだろうし突然の出勤もないだろう。比較的、確約の出来る日にちと言えた。
 だけどこの日はXANXUSも休みなのだろうか?と聞こうとも思ったがそういえばスクアーロにボスと呼ばれていた事を思い出しきっと固定の休みはあってないようなものなのだろうと何となく思っていた。初めて会ったあの時だって平日だったのだし。
 手帳に付随しているボールペンを手に取りXANXUSがそこに何か書き付けていく。ぼんやりとしながら、だけど響の手を離すことはなくその少しの振動と愛しい人間の温もりに響は少しずつ襲いかかる眠気に抗えることはど出来やせず。

 気が付けば布団の中でぐっすりと眠っていた。
 仕事が一番忙しい月末、花の金曜日。酒に飲まれたというよりはただの仕事疲れによる疲弊が原因だろう。
 しかし昨日はまた連絡もなく突然訪問したXANXUSと隣のリビングで呑んでいた筈だった。なのに、これは。

「…!」

 逞しい腕が自分に巻きついている。
 一瞬ぎくりと身体を強ばらせたがその相手がXANXUSであるとすぐに分かり力を抜いた。まだ寝ていろと耳元で囁かれる掠れた声はやけに色気を帯びていて思わず身を捩るとフ、と笑ったのが目を瞑っているこの状態でもよくわかる。
そのまま彼の指が触れるのは響の、目の下。
 隈でも出来ていたのだろうか。化粧を落とさなくてはならないというのにその手は響を布団から出すことを良しとしなかった。隠しているつもりはなかったけれど疲れていた事なんてきっと気付いていたに違いない。

 どれぐらい時間が経っただろうか。
 響を包み込んでいた温もりがのそりと動き、スプリングがギシリと軋む。目をうっすらと開くとコートに袖を通しXANXUSが帰ろうとする様子が伺える。
 ああ起きなきゃ。
 そう身体を起こし、珍しく自分から腕を伸ばしそのコートに触れる。開かれる赤い瞳。気の所為でなければほんの僅かに彼は笑った気もした。屈み込まれ、それから撫ぜられる頭。自分の頬に感じられるのはXANXUSの髪なのか、それとも瞳と同じ色をしたあの羽なのか。
 触れられる項。重なる唇。寝かしつけるようにまた響の髪を梳くその様子は響の見送りを必要としているものではなかった。それも恐らく、響の事を案じているのだと分かるのはきっと自惚れではない。「また来る」それだけ言い残して、そしてまたうつらうつらと微睡む自分の、睡眠に対する執着とは恐ろしい。

 なんと幸せなことか。

 カチャン、と鍵の閉められる音。XANXUSは自分の家の鍵を持たないのだという。職場と住居が兼用となっているとは聞いたことがあるが、最初は鍵の使い方を教えるところから始まったのだからそう考えれば随分と慣れたものだろう。ふわふわと眠気に襲われながらもそれでも手を伸ばし、ベッドの傍に置いていた手帳を手に取った。
 五月のゴールデンウィーク、今年は五連休。
 何故彼がそこを聞いてきたのか。そんなことすぐにわかる。一緒に過ごそうとしてくれているのだ、喜ばないわけがない。

「ふふ、」

 思わずそこを指でなぞりながら笑みが零れるのも仕方ないだろう。
 夢じゃなかった。
 眠っていろと言われたけれどそれでも喜びがじわじわと侵食し、眠気が少しずつ薄れていく。そこには初めて見るXANXUSの文字。響が普段使っているペンであるはずなのに筆圧が濃いのかガリガリと書かれそこだけが異様に目立っていた。
しかし本当にこれであっているのだろうか。日本語があれだけ達者なXANXUSが誤字などをするとは到底思えない。何処へ行くとは書いていないし連れていってくれるのだから勿論、文句だって言うつもりはないけれど。
 何度も何度も読み直しそれが間違いではないと確認するために最後に手帳を持ち上げ目の前まで引き寄せるとそれを読み上げる。

「午前十一時、並盛中学校運動場」



 果たしてその日はすぐにやってきた。
 いつぞやにも使ったキャリケースを一つをお供に電車に揺られ三十分。決して遠い場所ではなかったが確実に都会からは離れていき山が、長閑な風景が見えてくるその風景にXANXUSは自然が好きなのだろうかとふと思った。温泉街で会ったのも仕事の一環だとは聞いていたが、彼自身こういう物静かなところを好んでいるのかもしれない。
 此処には日本人である響の目では気付かない何か魅力的なものがあるのだろうか。それとも思い入れのある場所なのだろうか。そんな風に考えていると間もなくやって来た目的の駅に降り立ち、改札を出る。

「ちわーっす!」
「こんにちは」
「ちゃおっス。見ねえ顔だな」
「ええちょっと、旅行で」

 爽やかな風の吹く快晴であった。
 あらかじめ用意していた地図を広げ並盛商店街を歩き続ける。部活帰りなのだろうか学生服を着た生徒とすれ違い様に挨拶をされたり、黒の帽子を被ったやけに紳士的な子どもと少しだけ会話をしたりと余所者にも優しい土地らしい。行く前に調べてあった商店街にある人気らしいチョコレートドリンクを片手に意気揚々と目的地に近付いていく。今回の旅行の、出発地点へ。

 並盛中学校。

 当然、特に目立ったところもない普通の中学校である。
 残念ながら門は閉まっていてここからではXANXUSの姿を見ることは出来なかった。朝から彼と連絡をとり、ここで間違いないことは確認してあるもののやはり本人が見えないと不安なところはある。もう一度連絡をしてみよう。約束の時間よりは少し早く着いてしまったがもしも、万が一がある。

「日曜日にそんな荷物持って入ろうなんて大胆な不法侵入だね」
「!」

 携帯を取り出そうと鞄に手を入れたその状態で、響は固まった。
 いつの間にか後ろに少年が立っている。ここの学生なのだろうか。休みの日に制服を着ているがどうにも…失礼ながら先ほどの体育会系の学生とはまた違ったタイプにも見える。中学生にしては随分と大人びた、学ランの袖に風紀の腕章をつけた少年は不敵な笑みを浮かべていた。

「一宮響といいます、こんにちは。知人に言われここの運動場へ来るように言われたので、…あのう、出来ればこの学校の敷地内に入る手続きをさせて欲しいんですけど」

 確かに学校前でこんな大荷物を持ってウロウロしている自分は不審者に見えるだろうと納得するところはある。
 だからといってこの少年に言ってそれが通じるとは思ってもみなかったが、それでも門が閉まっている以上、関係者らしい大人に取り次いでもらわなければ話すら出来やしない。こんな休みの日に学生服を着ているのだから恐らくきっとそういう人と連絡が取れるだろうと思ったが故だった。
 ふぅん、と一瞥。無遠慮な視線ではあったが自分の発言と言い荷物といい受けても仕方あるまい。

「猿山のボス猿が選んだにしては普通の人だね」
「え?」

 堅く閉じられていた門が重い音で呻りながら開いていく。今、この少年は懐から鍵を出さなかったか。一体何者なのだ。呆気に取られながら早くおいでとばかりに少年はこちらを見、慌てて響もキャリーを引き連れ門の内側へと入る。
 第一関門は一応、突破された。だけどこの少年はXANXUSと知り合いなのだろうか。猿山とは、ボス猿とは彼のことなのだろうか。開かれた門を再度閉めているその後ろ姿に声をかけようと思ったものの、不意に振り向かれ手首を掴まれる。

「!」

 そのまま、響が持っているチョコレートドリンクをグッと飲む。こくりと嚥下される白い喉。「甘い」その直後、眉間に皺が寄る。どうやら喉が渇いていたようだが学生とは思えないその色気に響も思わず少年の顔をじっと見た。
 人形と称されても可笑しくない造形の少年である。だけど、何と言葉にすればいいのか分からなかったがXANXUSと似たようなものを感じ取っていた。例えばそれは普通の人間が持っていないような。平凡という言葉に縁の無さそうな。少年はそんな響の視線なんて気にすることもなく、静かに目を細め口を開く。

「君を迎えに来る為に運動場の貸出料を結構もらえたからね。助かるよ」
「? あの、言っている意味が」
「じゃ、僕はここまでだから」

 肩に羽織った学ランを翻し、そのまま校舎の中へ入っていく。ついていくべきではないということはその背中で分かった。それに、XANXUSとはこの学校の運動場で待ち合わせなのだ。

「う゛お゛ぉい!」

 そんな考えを肯定する随分久しぶりではあるが一度聞けば忘れられない声。
 パッと振り向けばそこにはあの日、あの旅行以来の彼の姿がそこにあった。ではここでやはり間違いはなかったのだ。先ほどまでの自信のなさは何処へやら、XANXUSの部下である長い銀の髪の男を見て響はにっこりといつもの笑みを浮かべ手を挙げる。

「スクアーロさん、お久しぶりです!」
「良いから早く乗れぇ!」

 ここで、どこか近くのホテルを取っていると思っていた。
 なのに運動場なんてどうしてだろうと思っても、いた。その答えがようやく目の前に現れる。
何に乗れと言っているのか。思わず何の反応もとれなかった響に対しくつくつと喉を鳴らし笑ったその先にあったものは。

「………はい?」

 響は勿論その実態を知ることはなかったがそれはヴァリアー専用、ひいては幹部専用のジェット機。
 獅子の紋様が描かれたそのジェットを見て流石の響もあんぐりと、口を開かずを得なかったのである。スクアーロはその顔を満足気に見た後、ようやく彼女に行き先を告げる。

「ボスがお待ちかねだぜぇ。イタリアで、な」
(2018.3.29)

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